内閣府は2024年2月に、2023年の日本の名目GDPが4.2兆ドルだったと公表しました。ドイツは4.5兆ドルだったので、ドイツが世界3位に浮上して、日本は4位に後退しました。日本は1968年にアメリカに次ぐ2位になり、その42年後の2010年に中国に抜かれて3位に落ち、そのわずか13年後の2023年に4位に落ちたわけです。
このピンチを、日本の金属加工会社がドイツの製造業に学ぶきっかけにしませんか。日本と同じ製造立国であるドイツには、参考になることが多くあります。ドイツの中小製造業企業の取り組みを紹介します。
参照:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240215/k10014358471000.html
ちょっと上がちょうどよい
人が自身の成長のために誰かを参考にするとき、その誰かは自分と似ていながら、ちょっと上の人がよいでしょう。自分と同じ領域にいない人では真似する意味がありませんし、すごい上の人だと真似する気が失せてしまうからです。
ドイツの製造業はまさに、日本の金属加工会社にとって自分と似たちょっと上の存在です。東洋大学経済学部と大同生命保険が2023年に共同で作成した論文「日本・ドイツの比較研究によるドイツ中小企業からの示唆の獲得~調査研究報告書」が示唆に富むので紹介します。
参照:https://www.daido-life.co.jp/knowledge/joint_research/pdf/toyo_report.pdf
どちらも中小企業が支えている
ドイツ経済には隠れたチャンピオンが多い、という特徴があります。隠れたチャンピオンとは、世間の認知度は高くないものの、ニッチな領域で世界で活躍している中小・中堅企業のことです。ドイツには約335万社の中小企業があり、企業数ではドイツ全体の99.3%、売上高ではドイツ全体の33.7%になります(2020年)。
日本の中小企業の数は約358万社で、企業数は日本全体の99.7%、売上高は36.4%になります(2016年、2021年)。とても似た数字であり、両国とも中小企業が経済を支えていることがわかります。
参照:
https://www.smrj.go.jp/recruit/environment.html
https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/195.pdf
高性能金属切削型工作機械の生産でも日独は似ている
それでは金属加工に焦点を当ててみましょう。
マーケティング・リサーチ会社の株式会社ジャマス(本社・神奈川県横浜市)によると、2020年の金属切削型工作機械の生産トップ3は、1位中国(148億ドル)、2位日本(80億ドル)、3位ドイツ(76億ドル)となっています。中国がダントツで多いわけですが、中国では低性能な金属切削型工作機械を地場企業がつくり、高性能な金属切削型工作機械を外資系企業と有力地場企業がつくるという二極化が進んでいます。
一方の日本とドイツは輸出需要がある高性能な金属切削型工作機械を多く手がけていて、金属切削型工作機械の輸出割合は日本が62%、ドイツが72%です。日独で異なるのは輸入です。金属切削型工作機械の輸入割合は日本7%、ドイツ22%となっていて、日本の金属加工会社は日本製を使うことが多いことがわかります。
そしてコンピュータ制御の金属切削型工作機械であるマシニングセンタの世界の輸出量は、日本とドイツで60%を占めます。ジャマスはマシニングセンタの輸出について「ドイツは2016年以降、日本の支配的地位を脅かし始めている」と指摘しています。この領域でも日独はとてもよく似ています。
参照:
学べること1:製造業中小企業は輸出が強い
ここからは、日本の金属加工会社が具体的に何をドイツの製造業から学べばよいのか、をみていきます。まず着目したいのが、ドイツの中小製造業企業が輸出に力を入れている点です。
7.5億円と2.7億円、つまり3倍
中小製造業企業の1社当たりの輸出額は、ドイツは年7億5,100万円、日本は年2億6,900万円です。ドイツの中小製造業企業は日本より3倍近く多く輸出しています。また、日本の中小製造業企業が直接輸出をする割合は3%ですが、ドイツは19%にもなります。
先ほど確認したとおり、日独では国の経済力も製造業のパワーも似ているので、日独の中小製造業企業はともに国内需要を頼りにすることができます。「だから」日本の中小製造業企業は日本にとどまり、「それでも」ドイツの中小製造業企業は海外に打って出ているのです。
輸出は先細りの心配がない(国内は先細りの心配がある)
輸出のメリットは先細りの心配がないことです。なぜなら輸出は世界を相手に商売できるからです。国内向けの商売は自国民しか顧客にできないので、その国が経済的に成長しているときは企業も潤いますが、成長が止まると企業の売上も頭打ちになります。
日本の人口減少と少子化は危機的状況にあり、国内需要の減少は確実に到来します。日本の2023年の出生率は1.39で世界215位、ドイツは1.58で191位です。日本のほうが先細りの危機が大きいのに、ドイツのほうが輸出に熱心であるといえます。しかも冒頭で確認したとおり、GDPで日本はドイツに追い抜かれました。したがって日本企業はドイツ企業よりも強く国内商売に危機感を持つべきであり、積極的に海外に打って出るべきであるといえます。
参照:
https://eleminist.com/article/2585
https://www.globalnote.jp/post-3758.html
ドイツはEUの一員だが、日本だってアジアの一員
ドイツ企業のほうが日本企業より輸出に熱心である、と説明すると、次のように反論されるかもしれません。
”ドイツは統一通貨を持つEUの一員だからドイツ企業はあたかも国内ビジネスのように輸出できるので、日本より輸出が強いのは当然である”
この反論は正しいでしょう。EU各国は結束が固く、経済的にも安全保障面でも団結しています。またドイツ以外のEUの国々はドイツの経済力に大きく依存しているので、ドイツは輸出しやすい環境にあります。一方の日本はというと、経済大国の中国は日本にとって地政学リスクであり、製造先進国の韓国との関係はうまくいったりいかなかったりを繰り返しています。
しかし日本は、この2カ国以外のアジアの国々とは長期的かつ安定的に友好関係を築くことができています。しかもアジアはまだまだ成長余地があります。東南アジアの成長率は2023年に4.7%、2024年には5.0%となる見通しです。ドイツ企業からすると、アジアの市場のど真ん中にいる日本企業のほうが有利であると映るでしょう。
参照:
https://www.dlri.co.jp/report/dlri/290286.html
https://www3.nhk.or.jp/news/special/german-election-2017/german-strength/
https://www.adb.org/ja/news/adb-forecasts-4-8-growth-asia-and-pacific-2023-and-2024
学べること2:生産性が高い
日本の製造業でたびたび問題になるのが生産性の低さです。生産性とは、労働や設備などに投じたことで得られる成果の量の割合です。生産性のうち特に重要になるのは労働生産性で、こちらは労働者一人当たりが生産する成果の数値です。2021年のOECD加盟国の労働生産性は、日本は38カ国中29位の81,510ドル/人(1ドル150円で1,223万円)で、ドイツは15位、117,047ドル/人(同1,756万円)でした。ドイツは日本の1.4倍の規模です。
ちなみにアメリカは4位で152,805ドル(同2,292万円)、1位はアイルランドの226,868ドル(同3,403万円)でした。このことから日本の金属加工会社は、とにかく生産性を上げなければならないことがわかると思います。もちろん日本の金属加工会社も日々、生産性を上げることに注力していることでしょう。しかしギアをもう一段上げなければならないわけです。
参照:https://www.jpc-net.jp/research/assets/pdf/report_2022.pdf
学べること3:安売りしない
生産性を上げるには何をすればよいのか。このように聞かれると、製造時間の短縮、効率化、コストダウンなどが思い浮かぶのではないでしょうか。もちろんこの3つは生産性を上げるために必要なことですが、いずれも「減らす」ことになります。ドイツの中小製造業企業は「増やす」ことに力を入れています。ドイツの中小製造業企業は安売りをしないポリシーを持っているといわれています。
日本の金属加工会社も好き好んで安売りをしているわけではなく、発注元企業のプレッシャーに抗えず仕方なく値下げしているはずです。しかしドイツの中小製造業企業は、自社の強みを高く評価してくれる顧客を探すことに労を惜しまない経営をしているのです。例えば中国向けの輸出では、日本企業は輸出量を増加させながら値下げするのに、ドイツ企業は輸出量を増やしながら値上げしています。
ここで効いてくるのが輸出です。日本の中小製造業企業が海外に顧客を持っていれば、日本の発注元企業から値下げを要求されても、「海外の顧客はもっと高い値段で買ってくれますが」と言うことができます。ドイツの経済専門家は「中小企業は他社が模倣できない製品を提供するほど、大企業と価格交渉できる立場を確保できる。独立した機関による品質テストを活用して、価格と品質の点で高い透明性を確保している」と指摘します。つまり品質を高めて、なおかつ品質の高さを証明することで、安く売らずに済むというわけです。「これほど良いものをなぜその値段で売らなければならないのか」と。
学べること4:インダストリー4.0とは
ドイツ政府は2011年に経済政策「インダストリー4.0」を掲げました。和訳すると第4次産業革命となります。製造業にITを投入して改革していく取り組みで、その成果は2023年にGDPで日本を追い抜いたことからも明らかです。インダストリー4.0の取り組みは以下のとおりです。
■インダストリー4.0の取り組み
- 相互運用性:人とモノをシステムでつなぐ。センサーやデバイスでリアルタイムにデータを集め、自律的な意思決定を行う。
- 情報の透明性:集めたデータを製品開発や需要分析に使う。
- 技術的アシスト:センサーやデバイスを使ったデータ収集をサポートする。重労働や危険作業をロボットで代替するなど。
- 分散型意思決定:現実世界で集めたデータをサイバー空間に保管して分析する。さらに現実世界にフィードバックする。
難しいそうな用語が並んでいますが、インダストリー4.0で目指すものは工場の自動化です。工場の自動化こそ、究極の生産性向上策です。そしてより今日的にはITのメインストリートがAIになりつつあるので、工場にAIを導入する取り組みも重要課題になるでしょう。日本の中小製造業企業はインダストリー4.0をまるごと採用できます。「ドイツの国家戦略を日本の中小企業が真似できるわけがない」と思われるかもしれませんが「できます」。
参照:https://www.ntt.com/business/services/xmanaged/lp/column/industry-4-0.html
人手不足をロボットで補うドイツの中小製造業企業
2023年のロイターの記事「焦点:『団塊世代』退職で人手不足、ロボット導入急ぐドイツ中小企業」で紹介されたエピソードを紹介します。
ドイツの中小機械部品メーカーのA社は、研削加工部門の長が定年退職の時期を迎えていました。ドイツの製造業も深刻な人手不足で熟練工を探すことができず、さらに危険かつ汚れる作業があるため成り手がいない状況にあります。そこでA社では工場の自動化とデジタル化を進めてきました。その一つがロボットの導入でした。
ドイツの中小製造業企業でロボットの導入が進んでいるのは、ロボットの価格が低下して操作が容易になったことが大きいとされています。ドイツでは製造業だけでなく、パン製造、クリーニング、スーパーマーケットでもロボット化が進んでいます。日本のロボット大手ファナックのドイツ法人のマネージャーは、ドイツの中小企業にはロボット化で人手不足を乗り切ろうとする気運があり、同社のロボットの半数は中小企業向けといいます。
家族経営のB社はエレクトロニクス機器や制御装置の部品をつくっていて、2022年に初めてロボットを導入し、2台目も検討しているそうです。それはB社のCEOが「朝、工場に来て電気をつけると、加工済みの部品が保管コンテナに収まっているというのは素晴らしい」という経験をしたからです。A社とB社の取り組みこそインダストリー4.0の実例であり、A社やB社がしていることは日本の中小製造業企業でも可能なはずです。ファナックは日本企業ですし。
参照:
https://jp.reuters.com/markets/global-markets/VUQ7NGJIXBOVPD45RSSVKNULC4-2023-11-02/
ドイツに学んでいる日本企業は、もう近くにいる
ドイツの製造業に学ぶ取り組みは、実は日本の中小製造業企業で進んでいます。旅行大手のJTBは2023年に「ドイツ金型加工専門展『Moulding Expo』とドイツ金型・自動車関連事情視察7日間」というツアーを企画しました。Moulding Expoは、メルセデスベンツやポルシェの本社があるシュトゥットガルトで開催される金型加工技術の世界見本市です。この7日間ツアーの費用は、1人89万円で、ホテルは1人1室、飛行機の座席はエコノミーです。
神奈川県の竹内型材研究所は、精密部品に特化した金型部品メーカーで、1975年設立、資本金2,000万円、工場2棟、研削盤19台、ワイヤー放電加工機6台、マシニングセンタなど6台の中小企業です。同社は2017年に、やはりドイツのハノーバーで開かれた「エモ・ハノーバー国際金属加工見本市」に出展しています。また、若手技術者の海外派遣にも積極的に取り組んでいます。同社は自社ブランド商品、独自商品、差別化商品の開発・製造・販売に力を入れていて、この姿勢はドイツ企業の安売りしない精神に精通するところがあります。
ドイツ先生は良い教師
ドイツの製造業は常に日本の製造業の先輩でした。宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」でも、日本の飛行機メーカーの技術者がドイツに視察に行くシーンが描かれています。日本の金属加工会社の経営者が「成長したい」「輸出を増やしたい」「技術を磨きたい」と思っていたら、ドイツの中小製造業企業が教師になるでしょう。日本とドイツは似た部分が多く、ドイツには日本より優れたところが多くあるので、「ドイツ先生」の指導は身につきやすいはずです。