マーケティングとは、1)売れる仕組みをつくること、2)顧客に価値を伝えること、3)顧客から望む行動を引き出すこと、です(*1)。したがって、すべての企業経営者がマーケティングを実施したほうがよい、といえます。
では、金属加工会社の経営者はいかがでしょうか。「金属加工は技術が命であり、マーケティングなんて二の次三の次」と思っていないでしょうか。もしくは、マーケティングを習ったが自社で使える内容ではなかった、と感じた金属加工会社経営者もいるかもしれません。それでもこのようにいうことができます。
- 金属加工会社にもマーケティングは必要
- 売上減や値下げ要請に悩んでいる金属加工会社こそマーケティングが必要
- 成功している金属加工会社の経営者は間違いなくマーケティングを実践している
金属加工会社のマーケティングを紹介します。
*1:https://mba.globis.ac.jp/knowledge/detail-21445.html
マーケティングを誤解している経営者がいる
マーケティングはすべての企業に通用する経営ツール、ビジネス・ツールなので、もし金属加工会社の経営者のなかにこれを軽視している人がいたら、それはマーケティングのことを誤解しているかもしれません。誤解の一例は、金属加工技術を向上させる取り組みとマーケティングを別物と考えることです。実は、金属加工技術を向上させる取り組みは、マーケティングのなかに取り組むことができます。
マーケティング3項目(1、売れる仕組みをつくること、2、顧客に価値を伝えること、3、顧客から望む行動を引き出すこと)を金属加工会社経営の視点から1つずつ確認していきます。
金属加工会社にとっての「売れる仕組みをつくること」とは
「金属加工会社にとっての売れる仕組みをつくること」と聞くと、高い技術を持つ職人を育成して、高度な加工機械を導入して精密部品をつくること、をイメージするかもしれません。しかしベテラン職人が高度加工機械で精密部品をつくることは、売れる仕組みづくりの1コマでしかありません。なぜなら見込み客が、ベテラン職人が高度加工機械で精密部品をつくっている金属加工会社のことを知らなければ、発注も受注も存在しないからです。
したがって金属加工会社が製品を売って売り上げを伸ばすには、「ベテラン職人が高度加工機械で精密部品をつくること」に加えて「ベテラン職人が高度加工機械で精密部品をつくることを知ってもらうこと」が必要になり、これこそマーケティングです。
金属加工会社にとっての「顧客に価値を伝えること」とは
金属加工会社の経営者は今一度、自社が広告や広報、営業、販売に力を入れているかどうか点検したほうがよいかもしれません。なぜなら広告や営業などの活動は、自社の価値を顧客や見込み客に伝えるほとんど唯一の手段だからです。まずは自社の技術や知見を総点検して、自社の価値を明確にします。それを広告や営業の活動にのせれば顧客や見込み客に伝わります。
顧客は価値を認めたものしか購入しません。そして金属加工会社が持つ価値は、高い技術力だけではありません。短納期、少量生産、試作品づくり、安価なども顧客企業が求めるものであり、金属加工会社の価値になります。これらを漏れなく伝えていくことがマーケティングです。
金属加工会社にとっての「顧客から望む行動を引き出すこと」とは
「望むこと」と聞くと、顧客が自社に望むことをイメージするかもしれません。しかしマーケティングでは逆の発想をします。自社が顧客に望むことを考えていきます。顧客が自社製品を買ってくれることや、高い金額で買ってくれることは、金属加工会社が顧客に望む行動です。その逆に、顧客が自社製品を買わなくなることや、値下げしないともう買わないと通告することは、金属加工会社が顧客に望まない行動です。
もし自社の顧客が望まないことばかりをするのであれば、望む行動を取らせたり、望む行動を取ってくれる顧客を新たに探したりする必要があります。なぜなら、望まない行動ばかり取る顧客と取り引きを続けていても成長できないからです。例えば金属加工会社が顧客から「もう御社からは製品は買わない」と言われたとします。このとき、なぜ買わない決断をしたのかを探り、継続して買ってもらえるような施策を考えて実行することがマーケティングです。
まずはマーケティングの教科書とおりに動いてみる
マーケティングの概念は拡大の一途で、その内容は複雑化して難解なこともあります。大学の商学部の教授が研究対象にすることもありますし、大企業は多額の費用をマーケティングに割いています。しかし、これまでマーケティングに取り組んでいなかった金属加工会社が、一足飛びに高度なマーケティングを実施する必要はありません。まずはマーケティングの教科書とおりに進めていくとよいでしょう。
1)市場、2)顧客、3)差別化、4)4つのP、5)検証の5項目で進める
マーケティングは次の5項目で構成されています。この5項目はこの順番に進めていきます。
- 環境を分析して市場をみつける
- セグメンテーションとターゲティング(顧客を定める)
- ポジショニング(差別化して顧客ニーズをとらえる)
- 4つのP(製品、価格、流通、販売促進)に関する施策を実行する
- 検証して次につなげる
この5項目を金属加工業にあてはめながら確認していきます。
環境を分析して市場をみつける
自社の立ち位置や置かれている環境を確認することがマーケティングのスタート地点になります。例えば、自動車部品をつくっている金属加工会社であれば、自社が何次下請けになっているか確認します。その結果、自社が3次下請けであることが判明したとします。
自社が3次下請けなら、自社の顧客(発注元)は2次下請けになります。もし自社でも2次下請け会社がつくっている製品をつくることができれば、1次下請けと直接取り引きができるので、2次下請けにステップアップできるかもしれません。また、例えば、家電の部品をつくっている金属加工会社であれば、家電市場をリサーチすることで今後の受注予測を正確に立てることができます。
もし市場リサーチで自社製品が使われている家電が売れなくなることがわかれば、別の家電の部品をつくらなければならない、という戦略を立てることができます。もしくは、家電部品だけでなく、自動車部品や半導体関連部品を手がけていこう、と考えることができます。このように、マーケティングの1つである環境分析と市場の発掘は、経営戦略に直接関わってきます。
セグメンテーションとターゲティング(顧客を定める)
セグメンテーションとは、不特定多数の客を小集団にわけることです。例えば「客」を「男性客」と「女性客」にわけることもセグメンテーションですし、「30、40代男性、年収800万~1,500万円、都内在住、妻子あり」とすることもセグメンテーションです。不特定多数の客をセグメンテーションできたら、自分の会社はどの顧客小集団を狙うのかを決めます。これがターゲティングです。
もし金属加工会社の経営者が、「顧客は当社が望む行動を取ってくれない」と感じていたら、それはターゲティングが間違っているのかもしれません。間違った顧客と取り引きしているのであれば、セグメンテーションからやり直す必要があります。金属加工会社がつくる金属製品を必要とするモノづくり企業は、数えきれないほど存在します。それらをセグメンテーションして(無数のモノづくり企業を小集団にわけて)、そのなかから自社がターゲットにするセグメントを選びます。
ポジショニング(差別化して顧客ニーズをとらえる)
ポジショニングとは、市場のなかで自社の居場所(ポジション)をみつけることです。例えば、ある金属加工会社が機械部品をつくっていれば、その会社は金属加工市場のなかの機械部品づくりというポジションにいることになります。
自社のポジションがわかると、同じポジションにいる競合他社の存在がみえてきます。そして自社も競合他社も似た金属加工製品をつくっていれば、価格競争に陥って消耗戦になることは明らかです。したがって消耗戦に陥らないポジショニングが重要になってきます。
機械部品づくりポジション:10社 (10社のうちミクロン加工ができないポジション:8社) | ||
10社のうちミクロン加工ができるポジション: 2社 |
例えばある工業地帯に「機械部品づくりポジション」に属す金属加工会社が10社あったとします。そしてそのうちの2社は、「機械部品づくりポジション」のなかの「ミクロン単位の精密加工ができるポジション」に属していたとします。したがって、ミクロン加工ができないポジションは8社になります。
このときミクロン加工ができる2社のポジションは安定していますが、残りの8社のポジションは不安定でしょう。それはミクロン加工の2社が他社と差別化できていて、ミクロン加工できない8社は差別化できていないからです。安定したポジションを探し、そのポジションに就くために必要な差別化対策を考え、それに取り組むことがマーケティングです。
4つのP(製品、価格、流通、販売促進)に関する施策を実行する
ここまでの段階で、市場がみつかり、セグメンテーションとターゲティングができ、ポジショニングができているので、いよいよ施策に入ります。施策は、プロダクト(製品)、プライス(価格)、プレイス(流通)、プロモーション(販売促進)の4つのPの領域に対して行います。マーケティングは全社的な取り組みになります。例えば他社製品と差別化できるプロダクトづくり施策は開発担当者の仕事になります。
プライス施策は経理担当者も加わって原価計算から行う必要があります。また、営業担当者は市場に受け入れられる販売価格を探さなければなりません。そしてプライスが決まった段階で工場がコストダウンを進めれば、その金額がそのまま利益を押し上げますし、次の値下げの原資にもなります。
プレイス施策の今日的意義は大きく、サプライチェーン(供給網)の強靭化や再構築が必要になるでしょう。また、材料調達、在庫管理、製造スピード、販路拡大といった課題にも取り組みます。プロモーション施策を苦手にする金属加工会社は少なくないでしょう。だからこそここを強化すれば競合他社を引き離すことができます。プロモーションは具体的には、営業活動の強化やホームページのリニューアル、広告・宣伝、展示会や技術展や見本市への出展などがあります。
検証して次につなげる
マーケティングに懐疑的な経営者のなかには「マーケティングには売上向上効果も利益向上効果もない」と感じている人がいると思います。残念ながらマーケティングは、手間とお金と時間をかけて取り組んでもすぐに効果が出るとは限りません。なぜなら、例えばターゲティングに失敗すれば、そのターゲティングをベースにしてつくった「4つのP」の施策が成功するわけがないからです。マーケティングの効果が出るのはすべてがうまくいったときで、それには試行錯誤が欠かせません。
マーケティングが「4つのP」の施策が終了したら、その効果や実施内容などを検証する必要があります。
\効果が出ていなかったら、なぜ効果を生まなかったのかを考えます。そして次のマーケティングでは効果を生まなかった要素を取り除き、効果を生むであろう取り組みを試します。効果が出ていても、それがまぐれ当たりかもしれないので、なぜ効果が出たのかを検証しなければなりません。マーケティングは継続した取り組みであり、1回やって終わりになるものではありません。
まとめ~マーケティングは経営者の基本行動
記事の内容を箇条書きでまとめます。
- 金属加工会社が売上高や取り引きに不満や課題があれば、マーケティングに取り組んだほうがよい
- マーケティングとは、売れる仕組みをつくって、顧客に価値を伝え、顧客から望む行動を引き出すこと
- マーケティングでやることは、1)市場、2)顧客、3)差別化、4)4つのP、5)検証、の5つ
- マーケティングは継続した取り組みであり、終わりがない
金属加工業界において、質の高い製品を大量につくってさえいればよい時代は過ぎ去りました。また、多品種少量生産に対応するだけで評価してくれる顧客も少なくなりました。金属加工会社が生き残るにはマーケティングは基本行動とみなしたほうがよいでしょう。そしてマーケティングは経営者が主導しないと社内に浸透しません。