ものづくり白書は金属加工会社の経営に使える

執筆者 | 6月 12, 2023 | ブログ

ものづくり

金属加工会社の経営者が、自社が置かれている状況を正確に把握したいと思ったら、経済産業省が発行している、ものづくり白書が参考になります。以下のURLから無料で読むことができます。

●ものづくり白書(経済産業省)

https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/index_mono.html

企業が経営改革に乗り出すとき、まずは現状を知る必要がありますが、ものづくり白書は金属加工会社が属する製造業の今をエビデンスを示しながら解説しています。ただ、ものづくり白書はA4判で300ページ近くあるので、忙しい金属加工会社の経営者がすべてに目をとおすことは難しいはずです。そこで、金属加工会社の経営者に有益になると思われる情報を、ものづくり白書のなかからピックアップして紹介します。

ものづくり白書とは

ものづくり基盤技術振興基本法は、日本のものづくりの水準を向上させるための法律です。この第8条に、政府はものづくり基盤技術の振興施策に関する報告書を作成しなければならない、と記載されています(*1)。この報告書の名称が「製造基盤白書」であり、その通称が「ものづくり白書」です。毎年1回作成し、2023年6月時点の最新版は2022年版で、これが22号(22冊目)です(*2)。

*1:https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=411AC0100000002

*2:https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2022/pdf/all.pdf

2022年版の概要と構成

2022年版ものづくり白書はPDF版で274ページあり、第1部「ものづくり基盤技術の現状と課題」と第2部「令和3年度においてものづくり基盤技術の振興に関して講じた施策」の2部構成となっています。第1部は以下の8章構成になっています。

  • 第1章 業況
  • 第2章 生産
  • 第3章 資金調達
  • 第4章 人材確保・育成
  • 第5章 設備投資
  • 第6章 休廃業・倒産、開業
  • 第7章 事業環境の変化
  • 第8章 教育・研究開発

第2部は、国がものづくり振興のために何をしたかが書かれています。例えば、AIチップ開発を加速させるために20億円の支援を行った、電気自動車用の蓄電池開発に23億円の支援を行った、下請けなどの中小企業の取引条件の改善に努めた、といったことを紹介しています。金属加工会社の経営者の参考になるのは第1部でしょう。

ものづくり白書の使い方~金属加工会社の経営にどう活かすのか

ものづくり白書に掲載されている情報が金属加工会社の経営にプラスになるのは、これがエビデンスに基づいて書かれているからです。エビデンスとは科学的根拠のことで、具体的には調査データや実験結果、観察結果などのことです。エビデンスに基づいた経営の対極にあるのが、勘や経験による経営です。かつては勘経営や経験経営でも結果を出すことができましたが、これだけIT化、インターネット化、データ化、情報拡散が進むと、勘と経験では現状や課題や将来を正確につかむことが難しくなります。

エビデンスを使えば現状と課題と将来を正確につかむことができます。この正確な現状・課題・将来分析をベースに経営戦略を練ったり課題解決に取り組んだりすれば正解に到達する確率が高くなります。

大企業も政府もエビデンスを重視している

金属加工会社の経営者に、エビデンス・ベースで書かれたものづくり白書をおすすめするのは、大企業も政府もエビデンスを重視しているからです。大企業や政府がエビデンスを集めて事業を進めているので、金属加工会社もものづくり白書からエビデンスを集めて経営の参考にしたほうがよい、といえるはずです(*3、4、5)。

*3:https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-20806.html

*4:https://www.env.go.jp/content/900497443.pdf

*5:https://www.stat.go.jp/dstart/point/lecture/01.html

「ものづくり白書からわかること」を考えていく

ものづくり白書は製造業の現状を解説していますが、製造業企業に経営に関するアドバイスをしているわけではありません。そこでこの記事では、「ものづくり白書からわかること」として、ものづくり白書から金属加工会社の経営に使える要素を抽出して紹介していきます。

製造業は意外にコロナ禍に強かったという事実

それでは、2022年版ものづくり白書の内容を確認していきます。第1部第1章「業況」で示されたデータは、製造業が意外にコロナ禍に強かったことを示しています。

コロナ禍元年の2020年こそ急落したが2021年には回復傾向

コロナ禍は2020年初頭から始まり、すぐに製造業に打撃を与えました。製造業の業況も製造業企業の営業利益も2020年前半は大幅に落ち込みました。具体的な数字を確認していきます。

■中小製造業の業況判断DI

  • 2019年はマイナス10%ポイント
  • 2020年はマイナス40%ポイント(急落)
  • 2021年はプラスマイナスゼロ付近(コロナ前を上回る)

■製造業の直近1年の営業利益の「減少+やや減少」の割合

  • 2019年は46.4%
  • 2020年は68.0%(急激に悪化)

■製造業の今後3年間の営業利益の見通しの「増加+やや増加」の割合

  • 2020年は28.1%
  • 2021年は46.3%(急速に改善)

中小製造業の業況判断DIは、2019年はマイナス10%ポイントでしたが、2020年の中盤にかけてマイナス40%ポイントまで急落しました。

製造業の直近1年の営業利益のうち「減少+やや減少」は、2019年は46.4%でしたが、2020年は68.0%にまで悪化しました。多くの人が「コロナ禍は経済に深い傷を残した」という印象を持っていると思いますが、これらの数字はその印象が正しかったことを示しています。ただし意外な傾向もみられます。2021年にかけて復調してきました。

2021年といえばまだまだ新型コロナウイルスが猛威をふるっていた時期なので「日本の製造業はそんなに早く持ち直していたのか」と感じるのではないでしょうか。中小製造業の業況判断DIは、2020年中盤のマイナス40%ポイント程度から、2021年後半にはプラスマイナスゼロ付近まで改善しました。これはコロナ禍前の水準を上回っています。また、製造業の今後3年間の見通しのうち、「増加+やや増加」は、2020年は28.1%でしたが、2021年には46.3%まで急速に回復しています。

ものづくり白書からわかること

上記の数字からわかることは、「製造業もコロナ禍で大打撃を受けた」という印象は半分正しかったが半分間違っていた、ということでしょう。製造業はコロナ禍で急速に悪化したものの、1年程度で急回復しました。つまりコロナ禍にあってもビジネスチャンスをがっちりつかんでいた製造業企業があったわけです。金属加工会社のなかにも、生産は2021年にはもうコロナ禍前の水準に戻っていた、という会社があったかもしれません。

不安材料が変わった

製造業が抱える不安は、2020年度から2021年度へのわずか1年間で、劇的といってよいほど変わりました。製造業の「事業に影響を及ぼす社会情勢変化」のトップ3は、2020年度は1位新型コロナ、2位米中貿易摩擦、3位大規模自然災害でしたが、2021年度は1位原材料価格の高騰、2位新型コロナ、3位人手不足でした。

■事業に影響を及ぼす社会情勢変化トップ3

●2020年度

1位:新型コロナ

2位:米中貿易摩擦

3位:大規模自然災害

●2021年度

1位:原材料価格の高騰

2位:新型コロナ

3位:人手不足

新型コロナを不安に感じることは当然なのでこれを除外して考察してみます。2020年度の米中貿易摩擦と大規模自然災害は「自分たちではいかんともしがたいこと」である点が共通しています。そして2021年度の原材料価格の高騰と人手不足は「自分たちにダイレクトに襲いかかるもの」という点が共通しています。

ものづくり白書からわかること

経営の不安材料が変化していれば、対策も変えていかなければなりません。不安材料が米中貿易摩擦から原材料価格の高騰に変わったのであれば、例えば製造業企業がこれまでサプライチェーン対策を講じていたら、これからは自社製品の値上げを検討しなければならない、と判断できます。

営業利益率を高めるための投資

ものづくり白書は、企業の営業利益率が企業行動に大きな影響を与えている、と伝えています。どういうことでしょうか。営業利益率は「営業利益÷売上高×100」で算出する経営指標で、これでわかることは、キャッシュを手元に残す力です。営業利益率の数値が大きい企業ほど、売り上げれば売り上げるほどたくさんの利益を出すことができます。いわゆる儲け体質の企業です。ものづくり白書で示された数字は以下のとおりで、データは2017年度から2020年度の平均値です。営業利益率上位10%企業と下位10%企業を比較しています。

■有形固定資産増加率(設備投資関連)

  • 営業利益率上位10%企業:約8%アップ
  • 営業利益率下位10%企業:約3%ダウン

■無形固定資産増加率(設備投資関連)

  • 営業利益率上位10%企業:約10%アップ
  • 営業利益率下位10%企業:約4%アップ

■研究開発費増加率

  • 営業利益率上位10%企業:約4%アップ
  • 営業利益率下位10%企業:約1.5%アップ

営業利益率が高い企業は設備投資や研究開発投資に積極的で、営業利益率が低い企業はどちらも消極的でした。この傾向が意味することを考えていきます。

ものづくり白書からわかること

上記の数字をみて「キャッシュが手元に多く残っていれば設備投資や研究開発投資に積極的になり、キャッシュが少なければ設備投資や研究開発投資に消極的になるのは当然ではないか」と感じるかもしれません。しかし、この傾向は、設備投資や研究開発投資に積極的だと(あるいは消極的だと)、営業利益率が上がる(あるいは下がる)と理解することもできます。この仮説は、投資をすると儲けやすくなり、投資しないと儲からない、という原則と合致します。

金属加工業は機械によるところが大きく、金属加工会社が競争力をつけようとすればどうしても大型の設備投資が必要になります。しかし先行きが見通せないまま大型投資に踏み切ることは難しいでしょう。そこで重要になるのが、キャッシュを生み出す力と投資が密接に関係しているという事実です。金属加工会社の経営者がこの事実を頭の片隅に置いておけば、次に投資するときの判断材料になるはずです。

どうした製造業のIT投資

製造業のIT投資が芳しくありません。生産性の向上と高効率化に欠かせないITは製造業企業の武器になるため、製造業企業こそ積極的にIT投資をしていくことが望ましいとされています。それなのに製造業のIT投資額は横ばい、または下落傾向にあります。非製造業の旺盛なIT投資と比べるとその差は歴然です。

非製造業のほうがIT投資に熱心

「製造業のIT投資が横ばい」「非製造業はIT投資に積極的」を裏づけるエビデンスは以下のとおりです。

■情報通信機器など有形ITへの投資の推移

 2000年ごろ2010年ごろ2020年ごろ
●製造業約3兆円約1兆円約1兆円
●非製造業約7兆円約4兆円約5兆円(製造業の5倍)

■ソフトウェアなど無形ITへの投資の推移

 2000年ごろ2010年ごろ2020年ごろ
●製造業約2兆円約2兆円約2兆円
●非製造業ろ約5兆円約6兆円約6.5兆円(製造業の3.25倍)

2020年ごろの数字で比較します。有形IT投資では、製造業の約1兆円に対し、非製造業はその5倍の約5兆円。無形IT投資では、製造業の約2兆円に対し、非製造業はその3.25倍の約6.5兆円です。製造業内での推移をみると、有形IT投資は2000年ごろの約3兆円から2020年ごろの約1兆円へとむしろ減っています。無形IT投資は、2000年ごろから2020年ごろまでずっと約2兆円です。

ものづくり白書からわかること

製造業企業がIT投資に(非製造業企業と比べると)熱心ではないという事実を、金属加工会社の経営者はどのようにとらえたらよいのでしょうか。考え方は2つあるでしょう。

  • 同業他社がIT投資に熱心でないのだから、自社も投資しなくてよい
  • 同業他社がIT投資に熱心でないからこそ、自社が投資をすれば差別化できる

IT投資には多額の資金が必要になるので一方が正しく他方が間違っているということにはならないでしょう。しかし、製造業で差別化を図るにはIT投資が有効である、という仮説は、金属加工会社の経営者が投資戦略や経営戦略をつくるときに参考になるはずです。

人手不足はエビデンスも裏づけている

求人を出しても応募がない、人手不足が深刻化している、といった悩みを抱えている金属加工会社の経営者は多いはずです。なぜこのようにいえるのかというと、製造業の人手不足現象が、ものづくり白書で確認されているからです。

製造業は若者に不人気で、高齢者は働き続けている

製造業の人手不足のデータは以下のとおりです。

  • データ1:製造業の就業者数は、2021年までの約20年間で157万人減った
  • データ2:全産業に占める製造業の就業者割合は、2021年までの約20年間で3.4ポイント低下した
  • データ3:製造業における若年就業者数は、2021年までの約20年間で121万人減った
  • データ4:製造業における高齢就業者数は、2021年までの約20年間で33万人増えた

データ1と2からは、製造業のパーソン・パワーが、絶対的にも相対的にも低下していることがわかります。つまり、日本の労働人口が減っているから製造業に人が集まらない事実と、製造業に人気がないから人手不足が深刻化している事実が共存している、と推定できます。データ3からは、製造業の不人気は若者に顕著であることがわかります。

ではデータ4は、製造業は高齢者(65歳以上)に人気である、といえるのかというと、必ずしもそうとはいえません。なぜなら、45歳の人が製造業に20年いれば自動的に高齢者になるからです。したがってデータ4が示すことは、製造業では高齢になっても働き続ける人が増えている、ということです。

ものづくり白書からわかること

人手不足が進行すれば、いつか企業が消滅します。ものづくり白書のデータは、金属加工会社に「会社を存続させるには具体的な雇用対策に着手しなければならない」ことを教えています。その具体的な雇用対策は、若者対策と高齢従業員対策になるでしょう。なぜなら製造業は若者に人気がなく、高齢従業員が働き続けてくれているからです。金属加工会社は若者を採用する策を講じるとともに、高齢の従業員に長く働いてもらう職場環境をつくっていくことが求められます。

まとめ~経営の参考書に

政府はさまざまな○○白書を発行していて、ものづくり白書もその1つです。政府がものづくり白書を発行するのは、日本のものづくりの水準を向上させるためです。つまり政府は、製造業の経営者に「これを読んで経営改革に役立ててください」といっているのです。なぜ政府は、製造業をそこまでサポートするのでしょうか。それは、製造業の発展が日本の経済の発展に寄与して、さらに国民生活の向上に貢献しているからです(ものづくり基盤技術振興基本法、前文)。金属加工会社の経営者はぜひ、ものづくり白書を「経営の参考書」にしてみてください。