自動車のエンジンは金属でできている――このことは直感的に理解できると思います。エンジンは、ガソリンが爆発して高温になったり、1分間に1万回転する部品があったりするので、金属以外の素材では耐えきれないからです。
しかし、エンジンに使われているプラスチックがあります。それが、簡単には溶けることも割れることもないプラスチック、エンジニアリングプラスチック(以下、エンプラ)です。「プラ加工の超基礎解説」ではプラスチック加工の現場で登場する専門用語を、プラスチック加工をほとんど知らない人でも理解できる言葉を使って紹介します。今回はエンプラです。
エンプラと普通のプラの違い
エンプラもプラスチックの一種なので、エンプラを知るにはプラスチックの基礎知識が必要になるでしょう。プラスチックの正式名称は鎖状高分子といいます。
プラの正式名称は鎖状高分子
プラスチックが軽くて強く、加工しやすいのは、高分子でできているからです。高分子とは、分子が何万個も鎖のようにつながった巨大な分子のことを指します。一般的に高分子というとこの鎖状高分子を意味するため、以下では高分子と呼びます。
例えば、ビーズ1粒を分子とすると、ビーズに紐を通してつなげたネックレスが高分子のイメージです。鎖がある程度伸び縮みして自由に曲がるように、高分子もぐにゃぐにゃに曲がります。この動きが、プラスチックの柔らかく曲がる性質のもとになっています。
一方で、プラスチックは冷えると硬く固まる性質も持っています。高分子の鎖は無数に存在し、互いに複雑に絡み合っていますが、ここで重要なのは「絡み合っているだけ」であって、化学的にはつながっているわけではない点です。そのため、プラスチックに熱を加えない状態では絡み合いが強くなり硬く固まっていますが、加熱すると分子の動きが活発になり絡み合いが緩み、柔らかくなり曲がりやすくなるのです。
エンプラは普通のプラスチックには使われない原子を使っている
鎖状高分子(プラスチック)は、その名のとおり分子であり、原子によって構成されています。プラスチックに使われる原子は炭素と水素などで、これらが骨格を形成します。高性能プラスチックであるエンプラでは、さらに窒素や硫黄などの異種原子が骨格に含まれることで、分子運動が抑制され、融点が高くなります。つまり、溶けにくいプラスチックになるのです。
また、分子構造に環状構造や剛直な結合を含むことで、分子どうしが動きにくくなり硬さが増します。例えば、炭素の鎖の途中に窒素を含むアミド結合や、ベンゼン環のような強固な構造が入ると、より高い耐熱性と剛性を示すようになります。つまりエンプラは、普通のプラスチックにあまり使われない原子を使うことで性能を高めているのです。
エンプラの能力
エンプラの能力の高さは、耐熱性や強度などの数値を、ポリエチレンやポリプロピレンなどの一般的なプラスチックと比較すれば一目瞭然です。
| 代表的なエンプラ | 一般的なプラスチック | 数値の意味 | |
| 耐熱性(連続使用温度) (単位:度) | 150~260 | 80~110 | 大きいほど高温下で連続使用できる |
| 引張強さ(強度) (単位:MPa) | 60~100 | 20~35 | 大きいほど引張に強い |
| 剛性(曲げ弾性率) (単位:MPa) | 2,000~3,500 | 1,000~1,500 | 大きいほど曲げに強い |
| 耐衝撃性 (単位:J/m²) | 60~90 | 20 | 大きいほど衝撃に強い |
| 寸法安定性(吸水率) (単位:%) | 0.1 | 0.01 | 小さいほど吸水率が低く水分による膨張が少なく寸法が安定する |
唯一、寸法安定性(吸水率)は一般的なプラスチックのほうがよい数値が出ていますが、そのほかの4項目はエンプラが圧倒しています。なおここでは「代表的なエンプラ」として「大体の数値」を記載しましたが、次章では5大エンプラと呼ばれている5つのエンプラの詳細を紹介します。
5大エンプラを一挙紹介
5大に数えられるエンプラは次のとおりです。
- ポリアセタール(以下、POM)
- ポリアミド(以下、PA)
- ポリブチレンテレフタレート(以下、PBT)
- ポリカーボネート(以下、PC)
- ポリフェニレンエーテル(以下、PPE)
これらのエンプラの能力を具体的に紹介していきます。なお、これらのエンプラにもそれぞれ種類がありますが、ここでは代表的な数値を記載します。
数値が証明する能力
先ほど確認した5つの項目(耐熱性、引張強さ、剛性、耐衝撃性、吸水率)について5大エンプラの数値を紹介します。比較のため、先ほど確認した一般的なプラスチックの数値も再掲しました。
| エンプラ | 耐熱性 (度) | 引張強さ (MPa) | 剛性 (MPa) | 耐衝撃性 (J/m²) | 吸水率 (%) |
| POM | 85~150 | 60~70 | 2,700~3,200 | 60~123 | 0.3 |
| PA | 80~150 | 40~160 | 2,000~4,000 | 30~120 | 1.3~1.9 |
| PBT | 120~140 | 50~60 | 3,000~10,000 | 40~50 | 0.1 |
| PC | 120 | 60~70 | 2,200~2,600 | 90~160 | 0.15~0.3 |
| PPE | 150以上 | 60~70 | 3,000~3,500 | 10~20 | 0.1~0.3 |
| (再掲)一般的なプラスチック | 80~110 | 20~35 | 1,000~1,500 | 20 | 0.01 |
5大エンプラの特徴
POMは機械的強度に優れ、耐摩耗性がよいことから機械の回転部品を受ける軸受けに使われます。プラスチック製のファスナーに使われることもあります。PAの別名はナイロンで、繊維素材によく使われています。ガソリンやオイルなどの有機溶剤に耐性があることも大きなメリットです。
PBTは長時間の高温環境下でも耐える力を持ち、有機溶剤にも耐性があります。ヘアドライヤーの外装に使われることがあります。PCは透明度が高く光学機器に用いられるほどです。例えばメガネのレンズに使われます。低温特性にも優れマイナス100度でも安定的です。PPEは各項目の数値が平均的に高いという特徴があります。バランスがよいエンプラといえるでしょう。プリンターやコピー機の筐体(ボディ)に使われます。
エンプラを超えたスーパー・エンプラとは
エンプラも相当優れた素材ですが、これを超えるのがスーパー・エンプラです。その代表的なものを紹介します。
PEEK
ポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEK)の耐熱性(連続使用温度)は240度と驚異的なレベルで、溶融温度に至っては334度です。濃硫酸に触れるとさすがに溶けてしまいますが、そのほかの酸、アルカリ、有機溶剤には耐性があります。燃えにくさも兼ね備え、また燃えたとしても刺激性のガスを発することはなく煙も少ししか出ません。放射線による劣化が起こりにくいため、原子力発電所で使われる機器や設備の部品にも使われています。PEEKは「先端分野を支える重要材料」と呼ばれることもあります。
PPS
ポリフェニレンサルファイド(以下、PPS)の溶融温度は約290度で、PEEK(約343℃)には及ばないものの、エンプラとしては非常に高い水準です。連続使用温度は240度程度でこれはPEEKにも匹敵します。機械的強度に優れており、幅広い温度帯で高い引張強さと剛性を維持します。そのため、寸法安定性や構造材としての信頼性が求められる用途に適しています。
耐薬品性においてもPPSは傑出しており、200度以下の環境でPPSを著しく劣化・溶解させる薬品は極めて限られるとされています。実際、酸・アルカリ・多くの有機溶媒に対して優れた耐性を持ち、金属すら腐食するような環境下でも使用実績があります。この特性を活かし、自動車の燃料系部品や化学機械の部品素材として広く使用されています。また、フッ化水素酸などの強力な薬剤を使用する半導体製造工程においても、それらを保管・供給する容器にPPSが使用されるなど、過酷な化学環境への対応材料として高く評価されています。
エンプラとスーパー・エンプラの欠点
一般的なプラスチックと比較した場合のエンプラ、並びにスーパー・エンプラ(以下、エンプラ等)の欠点は、コスト高であることです。エンプラ等の製造には高価な原料や高度な合成技術が必要なため製造コストがかさみます。また、壊れると多大な損害が生じうる重要部品に使われるため品質要求が厳しく、歩留まりが低下したり検査工程が増えたりすることもコスト・アップ要因です。さらにエンプラ等には加工性が悪かったり、低温で性能が低下するエンプラがあったりと、やはり「完全無欠」というわけではありません。













