半導体の話1 – 熊本のTSMC

執筆者 | 2月 14, 2025 | ブログ

半導体

金属加工会社にとって、半導体業界は重要な顧客です。半導体製造装置に使用される精密金属部品は加工が難しいため、金属加工会社には高単価のビッグ・ビジネスになる可能性があるからです。この【半導体の話】では、金属加工会社の経営者が押さえておきたい、世界と日本の半導体の現状をわかりやすくお届けします。

今回は、台湾のTSMCの熊本進出について解説します。熊本工場はもう動き始めています。

なぜTSMCは世界最強といえるのか

熊本に目を向ける前に、まずはTSMCの正体に迫ってみます。正式名称はTaiwan Semiconductor Manufacturing Companyといい、漢字表記すると台湾積体電路製造となます。台湾で1987年に創業した会社です。なぜこの会社が半導体業界のなかで世界最強といわれているのでしょうか。

受託生産で世界最大だから

半導体とは何か、の問いに対する答えはいくつもありますが、最も理解しやすい回答は、スマホ、自動車、AI、電動歯ブラシなどに使われている部品、ではないでしょうか。つまり世界中のほぼすべてのものづくり企業やIT企業などが、半導体を使っています。TSMCは、工場で半導体をつくって企業に売っています。

TSMCは半導体をつくることに特化していて、半導体を設計・開発するわけではありません。半導体設計・開発会社がTSMCに「こういう半導体をつくって」と依頼するわけです。このビジネス形態を受託生産、またはファウンドリといいます。したがってTSMCは、正確には「半導体世界最強」ではなく、「半導体受託生産世界最強」です。

2ナノ半導体をつくって世界シェア60%だから

TSMCの企業規模(時価総額)は62兆円で、トヨタ自動車のおよそ2倍、ソニーグループの4倍に達し、アジアで最も大きな会社です。日経ビジネスがTSMCのことを「化け物のような会社」と評したほどです。半導体の受託生産企業は世界にいくつか存在しますが、TSMCがここまで大きくなった理由は、他社では製造できない半導体をつくる技術を持っているからです。

半導体に描かれる回路が細くなり、製造が難しくなりました。TSMCは回路の幅を2ナノメートルまで縮小する技術を有していますが、日本の受託生産企業が製造できるのはせいぜい40ナノメートルです。TSMCの技術力は群を抜いています。回路には電流が流れており、幅が細くなるほど半導体は高性能化、小型化、省電力化が進みます。ものづくり企業やIT企業は高性能半導体を使わないと競争力を維持できないので、「否が応でも」TSMCの半導体を使わざるをえません。その結果、TSMCの世界シェアは60%にもなったのです。

TSMCの日本法人はJASM。そのトップはソニー出身者

「こんなにすごい企業が日本に来たのか」という驚きが、TSMCの熊本工場にはあります。この熊本進出プロジェクトを担うのが、TSMCの子会社であり日本法人でもあるJapan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社(以下、JASM)です。JASMは2021年に設立され、株式の過半数をTSMCが保有し、残りを日本の3社が保有します。3社はソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社、株式会社デンソー、トヨタ自動車株式会社。

JASMの取締役社長の堀田祐一氏は、佐世保工業高等専門学校を卒業したのち、アメリカの半導体企業のフェアチャイルド社やソニーセミコンダクタ株式会社に籍を置き現在に至ります。つまりJASMの社長は、地元九州にゆかりのある、半導体に精通した、半導体系ソニーの出身者ということになります。

なおTSMCの日本進出にはさらに歴史があり、最初の日本法人は1997年に設立されました。また横浜市(神奈川県)と大阪市にはTSMC本社直属のTSMCデザインテクノロジージャパン株式会社の拠点があり、つくば市(茨城県)にはTSMCジャパン3DIC研究開発センター株式会社があります。

世界中で半導体をつくっているから

TSMCにとって熊本工場は、複数ある世界戦略の1つです。TSMCは半導体の超先進国であるアメリカと中国にも工場を持ち、2024年8月にはヨーロッパ初進出となるドイツの工場が起工しました。化け物という表現が大袈裟でないことがわかります。

なぜTSMCは熊本に進出したのか

なぜ化け物企業が日本の熊本に工場をつくるのか。その理由は4つあります。

■TSMCが日本・熊本に進出する理由

  • 台湾有事の懸念があるから
  • それでも日本は半導体に強く、熊本は半導体の街だから
  • 日本に顧客がたくさんいるから
  • 日本にも都合がよいから

台湾有事の懸念があるから

半導体は物理的には小さな部品なので、TSMCが台湾国内の工場でつくって世界中の顧客に輸出することも十分可能です。それでもTSMCが日本を含む複数の外国に自社工場をつくるのは台湾有事が懸念されるからです。

日本政府は台湾有事を「中国による武力行使」や「軍事的緊張」「台湾海峡の平和への懸念」などと表現しています。台湾有事が現実のものとなれば、TSMCは台湾国内で半導体をつくれなくなるかもしれません。そのリスクを減らすために、TSMCは海外に生産拠点や開発拠点を設けているのです。

それでも日本は半導体に強く、熊本は半導体の街だから

日本はかつて半導体業界のトップランナーでしたが、今はそうではありません。しかし今なお半導体に強い国ということができます。

TSMCは特殊な装置を使って半導体を製造しているわけですが、日本にはその半導体製造装置に関わるメーカーがたくさんあります。例えば、現像装置の東京エレクトロン、検査装置のアドバンテスト、洗浄装置のSCREEN、エッチング装置の日立ハイテクなどです。半導体を使う日本のものづくり企業にとってTSMCは「命綱」ですが、TSMCにとっても自分たちが使う半導体製造装置をつくる日本のものづくり企業は「命綱」です。

そしてTSMCが日本のなかでも特に熊本を選んだのは、ここが約200社もの半導体関連企業が集まる半導体の街だからです。ソニーグループも東京エレクトロンもTSMC熊本工場の近くに工場を持っています。日本・熊本は、TSMCにとって共存関係を築ける国・地域といえるのです。

日本に顧客がたくさんいるから

TSMCは大量につくった半導体を売らなければなりません。日本には半導体を必要とするものづくり企業やIT企業がたくさんあるので、TSMCにとっては顧客がたくさんいる国となります。顧客の近くで商品をつくれば、輸送コストを減らせ、営業がしやすく、トラブル対応も迅速に行えます。以上のことから、TSMCが日本・熊本に工場をつくらない理由はない、といえるでしょう。

日本・熊本にも都合がよいから

TSMCの熊本進出は日本にも都合がよいことでした。もし台湾有事が現実のものになって、日本企業がTSMCの台湾工場から半導体を入手できなくなれば、日本経済は大打撃を受けます。TSMCの熊本工場(第1工場)への投資額は1兆2,900億円とされていますが、その4割に当たる4,760億円を日本政府が補助します。つまり日本国民の税金で台湾の会社の工場の4割をつくるわけですが、それに見合う効果が見込まれているのです。

ちなみに、熊本で完成したのは第1工場であり、TSMCは第2工場も計画しています。2つの工場を合わせた投資額は計3兆円とされ、日本政府の補助額も計1兆2,000億円に膨れ上がる予定です。

熊本工場は今どうなっているのか

TSMCの(正確にはJASMの)熊本工場(第1工場)は2024年2月に開所式が開かれました。工場は動いています。熊本工場は人口43,807人(2024年11月)の菊陽町(熊本県)にあります。同町のゆるキャラであるキャロッピーはニンジンを模したもので、農業が盛んな町です。熊本工場の前はキャベツ畑が広がっているほど。熊本工場が今、どのようになっているのか紹介します。

地元も困惑「本格稼働したの?」

熊本工場の着工は2022年4月。TSMCは、2024年末までに稼働すると宣言していました。半導体製造装置は2023年10月から搬入されています。しかし木村敬・熊本県知事は2024年11月の段階でも「具体的にこの日をもって本格稼働した、とは聞いていない」と述べています。地元のテレビ局、熊本朝日放送も2024年12月4日に「製造や出荷が行われているかわからない」と報じました。

ただ、JASMの堀田社長は2024年11月に「(本格稼働の)正確な日にちはお客様との関係があるので決まっていないが、製造ラインで試作を行なって、台湾の兄弟工場と同じ性能が出ることを確認している。今はお客様の製品評価を行なっているところ」と述べています。つまり熊本工場は今、実際に半導体をつくってはいるが、大量生産するにはもう少し時間がかかる、という段階にあるようです。

なぜTSMCは熊本工場の本格稼働の日にちを公表しないのか。熊本大学工学部の鈴木裕巳特任教授(半導体デバイス工学課程)は、本格稼働日や出荷日を公表するとライバル会社に生産能力の指標が知られてしまうので、TSMCはそれを嫌がっているのだろうと推測しています。地元住民にも本格稼働日を知らせない秘密主義も、TSMCの強さの秘密なのかもしれません。

こんなことが起きている

熊本工場の現状の概要を箇条書きでまとめました。

  • 第1工場の敷地面積は23ヘクタールで、福岡ドームの3.3倍(東京ドームなら4.5倍)
  • 新たに菊陽町や周辺に進出・増設する企業は80社とされる
  • 第1工場本体と関連企業を含めて熊本県内に7,500人の雇用を生むとされている
  • 第1工場本体の従業員数は1,700人。内訳はTSMCからの出向300人、ソニーグループから200人、新規・中途採用が700人、外注が500人
  • 第2工場と合わせると、本体の従業員数は計3,400人になる模様
  • 熊本県は2032年度までの10年間で、県内の半導体関連産業の生産額が2.3倍の1兆9315億円になり、雇用者数が1.2倍の2万5490人に増えると見込む
  • 第1工場は年最大310万トンの地下水をくみ上げて、同量を排水する
  • 熊本空港と台湾桃園国際空港(台北)を結ぶ航空路線が週3便ある
  • JASMの初任給は大学学部卒で月28万円
  • 熊本大学は2022年から半導体を学べる学部、情報融合学環を創設した
  • 菊陽町の工業地の2022年の地価は、全国最高の前年比31.6%高いとなった
  • 熊本県は、菊陽町に隣接する合志市と菊池市に、新たに県営工業団地を整備する

TSMCが熊本県と菊陽町をガラリと変えていることがわかります。

大海に向かって進む

金属加工会社が、TSMC熊本工場から直接仕事を請けることはないかもしれません。しかし、ここが起点となって日本の半導体業界が盛り上がることは間違いないので、TSMCの周辺には金属加工の仕事が大量に発生するはずです。これまで半導体関連の仕事を請け負ったことがない金属加工会社がこの領域に挑戦すれば、いつかTSMCに到達するかもしれません。そこは大海であり大きな魚を釣り上げるチャンスが眠っています。