「金属加工の超基礎解説」は金属加工の現場で登場する専門用語を、金属加工をほとんど知らない人でも理解できる言葉を使って紹介します。今回は、へら絞り、です。へら絞りは、金属板を回転させて、そこに棒(以下、へら)を当てて、金属板を伸ばして曲げる加工法です。
へら絞りとは
へら絞りは「ずっとみていられる」金属加工でしょう。ぜひユーチューブで「へら絞り」で検索して作業の様子を見てみてください。平らな金属板がみるみるうちに筒状になり、それが次第に波打ってきます。ろくろの上の粘土がお椀になっていくのと似ています。金属加工には、削る、叩く、溶かす、くっつける、穴を開ける、磨く、硬くする、軟らかくする、などがありますが、へら絞りは「伸ばす」と「曲げる」になります。
軟らかくて硬いという矛盾した性質の塑性(そせい)を使う
金属加工に携わったことがない多くの人は、金属は硬いもの、という印象を持っているのではないでしょうか。金属がビルや橋の骨組み、自動車のボディやエンジンに使われていることから、丈夫=硬いというイメージができたのでしょう。しかし金属加工に関わる人たちは、金属は軟らかいと考えています。
金属には軟らかさと硬さという矛盾した性質があり、この性質は塑性という特性によってもたらされます。塑性とは、力を加えると形が変わり、その力を取り除いたあともその形が維持される特性のことです。へら絞りは、金属の塑性の特性を活用した加工法です。金属が便利なのは、形を自由自在に変えることができるのに、変形した形で丈夫さを維持できるからです。
例えば、ガラスや石炭のように硬い物質は力を加えると割れてしまいますし、紙や木材で同じ形をつくってももろく、金属の代わりにはなりません。へら絞りは金属の良いところを最大限引き出しているといえます。
矛盾を解消する特殊な加工法
ここまでの説明で、軟らかさと硬さという矛盾した2つの性質がなぜ両立するのか、という疑問が湧くと思います。へら絞りは、この矛盾を解消できる特殊な加工法なのです。へら絞りは次の3つの方法を組み合わせることで、軟らかさと硬さの両方の「おいしいとこ取り」をしているのです。
■へら絞りの方法
- 平らな金属(金属板)を加工する
- 加工対象物(金属板)を回転させる
- へらを強い力で、かつ、ゆっくりと、回転する金属板に押しつける
ゆっくりであることが重要で、へら絞りは急いで作業をすると金属が切れたり割れたりしてしまいます。押し当てる方法は機械式(機械絞り)もありますが、今でも人の手で行われること(手絞り)が多いでしょう。
オス型は必要だが仕組みはシンプル
へら絞りに使われる器具は次のとおりです。
■へら絞りに使われる器具
- へら絞り機:加工する金属板を固定して回転させる装置
- へら:金属板に押し当てる棒。先端にローラーがついているへらもある。へら棒、ローラーと呼ばれることもある。
- オス型:加工品の完成形をした型
へら絞りでも型が必要になるのですが、それでもオス型だけで足ります。オス型とへらの間に金属板を入れて、オス型とへらで挟むことで金属板をオス型と同じ形にします。ちなみにプレス加工では、オス型とメス型が必要になります。凸の形状の型をオス型、凹形状をメス型といいます。プレス加工と比べると、へら絞りの仕組みはとてもシンプルです。
対応可能な金属
へら絞りに対応する金属は、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真ちゅう、チタンなどです。高炭素鋼や鋳鉄など一部の特別に硬い金属はへら絞り加工できません。
へら絞りの限界:断面が円のものしかつくれない
へら絞りの大きな欠点は2つあり、金属板しか加工できないことと、筒状のものしかつくれないことです。へら絞りでは、例えば立方体の金属は加工できません。つまり、一定以上の厚みがある金属は加工できません。そして、へら絞りでつくれるものは、円柱、円錐、半球などの輪切りにしたときに円になっているものだけです。
さらに、へら絞りでつくれる製品の大きさは、数ミリメートルから数メートルに限られます。小さすぎたり大きすぎたりすると、材料(金属板)を回転させることも、へらを押し当てることもできないからです。
へら絞りで何をつくっているのか
へら絞り製品の形状は限られるわけですが、しかし世の中には、輪切りにしたときに円になっている形状の部品は数多く存在します。へら絞りでつくられている部品・製品には次のものがあります。
■へら絞りでつくっている部品・製品
調理器具(鍋、やかんなど)、パラボラアンテナ、音が鳴るもの(シンバル、鈴、おりんなど)、照明器具、高圧ガス容器(ボンベ)、自動車・航空機・ロケット・プラント・医療機器・真空機器の部品など
へら絞り製品はバラエティーが豊富で、人々の生活を支えていることがわかります。0系と呼ばれる昔の新幹線の先頭車両の鼻先の半球も、へら絞りでつくりました。重要な部品・製品をつくるときにへら絞りを使うのは、メリットがたくさんあるからです。
へら絞りのメリットとデメリット
金属を加工するときにへら絞りを使うメリットとデメリットを、箇条書きで紹介します。
■メリット
- オス型だけでつくれる(メス型が不要)
- 加工方法がシンプル(回して押すだけ)
- 短納期(加工法がシンプルだから)
- 強度が出る(金属に大きな力が加わり組織が密になる)
- 高い精度が出る(ただし、作業者にスキルによる)
- 数ミリメートルから数メートルまでの間なら、どの大きさでも対応可能
- バリ取りが要らない(仕上げの手間が少ない)
- 継ぎ目がなく壊れにくい(継ぎ目は壊れるきっかけになるから)
- 表面が滑らか(加工跡が残らない)
- てこの原理を使うので大きな力が要らない(省エネ)
■デメリット
- 大量生産が難しい
- 高度な技術が必要
- 材料が限られる
- 製品の形状と大きさが限られる
デメリットで致命的なのは、高度な技術が必要になることでしょう。へら絞りは誰でもできる金属加工法ではありません。
プレス加工との違い:へら絞りとは補完関係にある
プレス加工は、へら絞り製品とほぼ同じ製品をつくることができます。プレス加工もへら絞りと同じように、金属を伸ばして曲げる方法だからです。プレス加工とへら絞りは、お互いに欠点を補完し合う関係にあります。つまり、プレス加工に適さないときはへら絞りを使い、へら絞りに適さないときはプレス加工が使えます。
■プレス加工とへら絞りの補完関係
- プレス加工は大量生産に向いている:へら絞りは少量生産向き
- プレス加工は大がかりな機械が必要:へら絞りの器具はシンプル
- プレス加工製品はしわや割れのリスクが大きい:へら絞りはそのリスクは小さい
- プレス加工はセッティングが完了すればあとは比較的容易:へら絞りは常に高度な技術が必要
1,000年以上生き残っている技術
へら絞りは、金属の性質を巧みに利用した加工法といえるでしょう。金属板を回転させて力を加えれば思い通りに曲げられることを発見したのは、1,000年以上前のヨーロッパ人です。シンプルな仕組みでありながら、効率よく精巧な製品をつくれるため、多品種少量生産や高強度部品の製造に適しています。それで今もなお、高い価値を持ち続けているのです。