
工場跡地は一定の広さがあるので、賃貸住宅や商業施設などを建てることができます。したがって工場が建っていた土地の所有者である、元・ものづくり企業経営者は、跡地を使って不動産ビジネスを始めることができるわけです。その方法を解説します。ただし、元・ものづくり企業経営者に不動産ビジネスの経験がないとリスクが大きくなる可能性があるので、注意点も紹介します。
自ら不動産ビジネスを手がけるメリット・デメリット
本稿では、元・ものづくり企業経営者が、自ら工場跡地を活用する方法について解説します。したがって、工場を解体・撤去したあとの更地を売却するケースや、高齢を理由に引退し、不動産ビジネスに関心を持たない状況は想定していません。
いうまでもなく、不動産ビジネスの性質は、ものづくりのそれとまったく異なります。部品や製品を製造するノウハウを工場跡地の利活用に使えるわけではないので、長年不動産ビジネスに携わっている人より不利です。そのため元・ものづくり企業経営者は、不動産ビジネスを始める前に、メリットとデメリットを比較したほうがよいでしょう。
メリット1:新しい収入源が得られる
元・ものづくり経営者が不動産ビジネスを始めるメリットは、新しい仕事と新しい収入源を手に入れられることです。人生百年時代といわれて久しいのですが、例えば65歳で工場を閉めた場合、残りの人生は35年もあります。しかも現代の65歳はとても若いので、頭も体もよく働きます。その状態のときに、元・ものづくり企業経営者の手元には広大な土地があるわけです。
広い土地は貴重なビジネス資源なので、これを使って収入を得ない理由はない、といえるでしょう。年金額に不安がある人は特に、この新たな収入は生活の糧になります。
日本人の平均年収は65~69歳で354万円で、これは25~29歳の394万円よりも少ない額です。70歳以上になると293万円まで下がります(*1)。さらに、大卒者が22歳で大企業に入り、定年退職まで務めあげたときの平均退職金額は男性で2,140万円です(*2)。これだけの大金が一気に入ってくるので、大卒の大企業定年退職者は豊かな老後を送れるわけですが、元・ものづくり企業経営者には退職金がありません。これらの状況を勘案すると、高齢者と呼ばれる年齢になっても新しい収入源は魅力的でしょう。
*1「日本人の平均年収は」(三菱UJF銀行)
https://www.bk.mufg.jp/column/others/b0077.html
*2「退職金の相場はどれくらい」(りそなグループ)
https://www.resonabank.co.jp/kojin/column/taishoku_unyo/column_0002.html?gaParam=typeC
メリット2:経営の経験はアドバンテージ
先ほど「不動産ビジネスはものづくりビジネスとまったく異なる」と説明しましたが、その一方で経営の経験はプラスに働くでしょう。例えば元・ものづくり経営者がこれまで培ってきた投資の判断、資金調達のノウハウ、取引先との交渉力、利益の出し方、コストダウンの方法、地域経済内の人脈は、不動産ビジネスでも有利に働きます。
メリット3:すでに商材を持っている
元・ものづくり企業経営者がすでに土地を持っていることは、不動産ビジネスにおいて大きなアドバンテージです。一般的な不動産会社は土地や建物を仕入れてから賃貸事業などを開始するわけですが、元・ものづくり企業経営者はその必要がないので、早く、コスト安に不動産ビジネスを始めることができます。
デメリット:リスクは決して小さくない
元・ものづくり経営者が不動産ビジネスを始めるデメリットは失敗リスクが大きいことです。つまり、例えば不動産ビジネスに挑戦して3年が経ち、「あのとき更地のまま売っておけばよかった」と後悔する可能性があるということです。
入居者や利用者に不動産を貸して賃料収入を得る物件を収益不動産と呼びます。この市場規模は300兆円を超え(*3)、不動産会社などの事業者数は37万社に及びます(*4)。不動産ビジネスは数多(あまた)のプレイヤーがひしめく典型的なレッドオーシャンであり、そのなかに未経験者が飛び込むのですから、覚悟と戦略が必要になります。
*3「わが国の不動産投資市場規模」(ニッセイ基礎研究所)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=80603?site=nli
*4「2023不動産業統計集」(公益財団法人不動産流通推進センター)
https://www.retpc.jp/wp-content/uploads/toukei/202303/202303_1gaikyo.pdf
工場跡地に「何を」建てるのか
工場跡地の利活用とは、その土地に「何か」を建ててビジネスをすることです。「何か」には住宅、商業施設、産業に役立つ施設などがあります。
住宅や商業施設を建てる
工場跡地の特徴は、人がいるところ、あるいは、人が通えるところにある広い土地です。そのため工場跡地では、住宅や商業施設を建てる不動産ビジネスが可能になります。住宅関連では、複数の戸建住宅をまとめて建てるための住宅用地、マンションやアパートなどの集合住宅の建設、高齢者向け集合住宅や介護施設が該当します。
商業施設には、土地が広ければ複合商業施設が、それほど広くなければコンビニや飲食店があります。なお、工場跡地に住宅や商業施設を建てるには、都市計画法に基づく用途地域の変更が必要になる場合があります。この点については後段の「工場跡地の利活用の『やることメモ』」の章で解説します。
産業に役立つ施設を建てる
用途地域を変更する手続きは手間がかかりますが、産業に役立つ施設であればその手続きが不要なので、すぐに工場跡地に建てることができます。産業に役立つ施設には例えば、倉庫、工房、駐車場、太陽光発電所です。またオフィスビルも条件次第で用途地域の変更をせずに建てることができます。
(参考)トヨタのウーブン・シティの紹介
トヨタのウーブン・シティは、国内最大規模の工場跡地利活用です。本稿のメインテーマである中小工場とは次元が異なる話になりますが、工場跡地利活用の究極の形、あるいは理想の姿として紹介します。
ウーブン・シティは静岡県裾野市にある、トヨタのグループ企業、トヨタ自動車東日本株式会社の東富士工場跡地に建設されました。総面積71万平方メートルは東京ドーム15個分に相当します。ウーブン・シティを建設、運営するのは、トヨタ自動車株式会社の100%子会社であるウーブン・バイ・トヨタ株式会社です。
ウーブン・シティの第1期(フェーズ1)工事は2025年10月に完成し、そのなかの住宅に約360人が住み始めます。ここの特徴は実験都市であることです。なかには研究室やオフィスが建ち、製品やサービスの開発が行われます。さらに街全体が実験施設になっていて、自動運転専用の道路があったり、人流を計測できる信号機が立っていたり、水素ステーションがあったりします。さらに地下道が張り巡らされていて、すべての建物がこれでつながり自動配送ロボットが宅配を行います。ウーブン・シティは、工場跡地が未来をつくる資産になりうることを示しています。
パートナー企業の力を借りる
元・ものづくり企業経営者が、不動産ビジネスに興味をもちつつも不安がある場合は、不動産開発会社などの力を借りることもできます。つまり土地の所有者(元・ものづくり企業経営者)が自ら、企画立案、資金調達、建物の建設、入居者やテナントの募集、建物の管理を行うのではなく、これらの業務の一部、あるいはすべてをパートナー企業に任せるわけです。その方式は複数あるので紹介します。
■等価交換方式は、土地所有者が土地を提供し、パートナー企業である不動産開発会社が建物の建設費を提供し、共同で不動産ビジネスを行う方法です。土地と建物の権利は、それぞれが提供した額に応じて取得します。
■事業委託方式は、土地所有者が不動産開発会社に、不動産ビジネスの全般を委託する形態です。「この土地を使って自由に不動産ビジネスを展開してください」と依頼するわけです。土地所有者は利益の一部を受け取ります。
■土地信託方式では、土地所有者が信託銀行に土地を信託し、運用を任せます。信託とは、土地の名義を信託銀行(受託者)に移して、土地を管理、運用してもらうことです。
信託銀行は、工場跡地の活用方法を企画したり、建物を建ててテナントを募集したりして不動産ビジネスを行なって利益を得ます。土地所有者は、その利益から信託配当を受け取ります。
なお、元・ものづくり企業経営者はこれらの方式を使うことで不動産ビジネスのリスクを大幅に減らすことができますが、パートナー企業も果実を取るで、自身の利益は減ります。また、リスクは大幅に減りますが完全になくなることはなく、例えば土地信託方式ですら、信託銀行が不動産ビジネスに失敗すれば、土地所有者は信託配当を受け取ることはできません。さらに、パートナー企業は工場跡地で不動産ビジネスを展開しているので、土地所有者は簡単には土地を売ることができなくなります。
工場跡地の利活用の「やることメモ」
工場跡地を使って不動産ビジネスをやろう、と思い立ったときに着手すべきことを紹介します。なお「事業性の検討」については「やることメモ」のなかでも特に重要になるので、ここでは紹介せず、章をあらためて詳しく解説しています。
行政手続き「用途地域の変更」
用途地域とは都市計画法に基づいて土地利用の目的を定めた区分のことで、住居系、商業系、工業系など13種類があります。
工場跡地が、住宅や商業施設の建設が認められていない工業専用地域にある場合は、現状では住宅も商業施設も建てることができません。それらのものを建てるには、用途地域を住居系や商業系に変更する必要があり、これを用途地域の変更です。用途地域を変更するには、土地の所有者が自治体(市区町村)に要望を出し、都市計画審議会に決定してもらう必要があります。
土地の安全性の調査
工場跡地の土壌や地下水は、潤滑油や化学薬品によって汚染されていることがあります。住宅や飲食店などを建てる場合は土地が安全であることを証明する必要があります。
地歴調査は、過去の土地利用の状況などから土壌汚染の可能性を評価するものです。表層土壌汚染調査は、表層の土地の汚染状況を分析します。掘削除去は、汚染された土壌、または汚染の可能性がある土壌を掘削して廃棄して、新たに健全な土壌で埋め戻します。工場は一般的に「軽い建築物」ですが、マンションや複合商業施設は「重い建築物」です。そのため工場には問題がない地盤でも、マンションなど支えるには地盤改良工事が必要になることがあります。
地域への対応
工場が住宅や商業施設に変われば、地域の人々や地域経済に少なからぬ影響を与えることになります。そのため地域の理解を得ることは、不動産ビジネスを円滑に進めるうえで重要になります。また工場の解体と新しい建物の建設は、騒音や振動を出すことになるので地域に迷惑をかけることは必至です。こうしたことから周辺住民への説明や、地域経済界との連携が必要になります。
事業性の検討
工場跡地を使った不動産ビジネスの成否を握るのは事業性です。事業性とはつまり、利益を生みだす力です。事業性を検討することで、高ければ不動産ビジネスに乗り出す、低ければあきらめる、といった選択ができます。
需要分析
事業性の検討で最初に行うのは需要分析です。つまり、これから工場跡地に建てる建物に需要があるのかどうか調べます。需要調査の結果次第で、住宅を建てるのか商業施設にするのか決めてもよいのです。
需要分析は専門性が高いので、リサーチ会社に依頼ほうがよいでしょう。例えば住宅を建てる場合、戸建用分譲地と賃貸マンションではどちらのほうがニーズが強いかは、一般の人では知ることができません。さらにいえば、需要分析によって賃貸マンションを5階建てにするのか、15階建てにしたほうがよいのか決めることができます。
シミュレーション
需要分析で建物の種類や規模を決めたら、次に収支のシミュレーションを行います。建設費や土地改良費、運営コスト、賃料収入などをもとに、将来的にどれくらいの利益が見込めるかを計算するわけです。例えば、同じ敷地に5階建てと15階建ての賃貸マンションを建てた場合の収益性の違いや、地盤改良が必要な場合の追加コストの影響も事前に評価しておきます。
撤退の検討
事業を始める前に撤退について検討することは、元・ものづくり企業経営者による工場跡地地活用ビジネスならではといえます。元・ものづくり企業経営者による不動産ビジネスは失敗リスクが大きいので、「ここまで状況が悪化したら撤退する」と決めておくことが大切です。
まとめに代えて~意欲の強さを確認して
ビジネスをするうえで欠かせない人・もの・カネのうち、工場跡地は「もの」に該当します。したがって元・ものづくり企業経営者は、不動産ビジネスに欠かせない「もの」をもった状態から始めることができるので、これは好条件といえます。元・ものづくり企業経営者にとって不動産ビジネスは、次にやる仕事としてうってつけといえます。
しかし競争が激しい不動産ビジネスで成功することは簡単なことではなく「不動産素人」の元・ものづくり企業経営者には不利です。工場跡地の利活用に乗り出すかどうかの第一次審査は、自分に意欲があるかどうか、かもしれません。














