工場は会社にとっては生産拠点である一方、社会的には法務、税務、労務、環境など、多岐にわたる領域の仕組みに組み込まれた存在です。したがって工場を閉鎖するときも、会社を解散・清算するときにも、さまざまな行政機関とのやりとりが生じます。行政手続きを完了させてはじめて「工場を閉めた」と言えるのです。
工場を使わないことにともなう行政手続き
もう二度と使わない工場を、そのまま放置することがないようにしたいものです。放置して建物が朽ちて「迷惑な建物」になると自治体からペナルティを課されるかもしれません。また、工場を所有し続けると固定資産税を払い続けることになり、経営者の「損」になるからです。
ここでは工場の稼働を停止したあとの行政手続きについて紹介します。なお工場とその土地の売却方法については、別の記事で解説していますのでご参照ください。
解体したときは滅失登記と滅失届
工場の建屋を取り壊したときは、法務局に建物滅失登記を、市区町村に家屋滅失届を提出します。
まず建物滅失登記ですが、そもそも登記とは土地や建物などの不動産の情報を法務局の台帳に記録して公にする仕組みのことです。そして建物滅失登記とは、解体するなどして建物がなくなったとき(滅失したとき)に行う登記です。この手続きを行うことで、工場は法的に存在しなくなります。
建物滅失登記は工場(建物)がある場所を管轄する法務局で行ないます。さまざまな書類が必要ですが、重要なのは解体業者や市区町村が発行する建物滅失証明書と、解体工事完了報告書です。この2つの書類が滅失した証拠となります。なお、工場を使わなくても建物が残っている場合は建物滅失登記はできません。
市区町村には家屋滅失届を提出しますが、市区町村によっては建物滅失登記が済んでいればこの手続きは不要にしているところもあります。家屋滅失届を担当するのは市区町村の税務課家屋係ですので、問い合わせることをおすすめします。
使わない工場を残すなら市区町村役場と調整を
会社を解散・清算して、もう二度と工場を使わないものの、売却もせず解体もしないと「空き工場」となります。空き工場のまま長年放置すると迷惑物件になり、自治体からペナルティを課される可能性が出てくるので、放置はおすすめできません。
今、空き家問題が社会問題になっていることは周知のとおりですが、空き工場もその1つになりえます。そのため、再使用も売却も解体もしない場合は、市区町村役場に相談したほうがよいでしょう。
自治体によるペナルティとは、空き家等対策推進に関する特別措置法による、行政代執行のことです。これにより自治体が工場を解体して撤去できるようになり、その費用が所有者に請求されます。つまり結局は「自腹」で解体することになるので、工場を使わないことが決まったら解体を検討したほうがよいでしょう。
固定資産税を払い続けることがないように
会社のオーナー経営者が事業をやめ(廃業して)、会社が所有する工場とその土地を放置した場合でも、固定資産税の納付義務は引き続き会社にあります。工場・土地の所有名義が会社のままである限り、たとえ操業を停止していても課税対象であり納付義務が消えないからです。
ではオーナー経営者が会社を解散・清算したらどうなるのか。その場合は工場・土地を誰かに引き渡す(譲渡する)ことになります。もし買い手がみつからず、最終的にオーナー経営者自身が工場・土地を引き取る場合は、固定資産税の納付義務もその人に移ります。「使用停止しても課税は停止されない」というルールはとても重要です。
設備や機械などの償却資産の行政手続き
「使用停止しても課税は停止されない」ルールは、設備や機械などの償却資産にも適用されます。たとえ使用していなくても、現に事業用として存在している限り固定資産税の課税対象となるからです。
課税を停止したい場合は、まずは除却や売却などにより物理的に資産を処分します。そのうえで市区町村に償却資産申告書を提出し、内容を修正・更新します。これにより、その設備や機械に対する固定資産税の課税がなくなります。
「使用中止」と「除却」は別物
ここで注意したいのは、「使用中止」と「除却」は異なる概念であるという点です。
- 使用中止:単に使っていない状態であり、保有資産としては依然として存在する
- 除却:物理的にも存在せず、帳簿上でも資産から削除された状態
除却して初めて課税対象から外れます。
事業をしない会社は解散・清算したほうがよい、といえる理由
工場を閉めて生産をやめても、事業をすべてやめても、再開する予定がなくても、役員や従業員をすべて辞めさせても、オーナー経営者は会社を存続させることができます。しかしその場合、オーナー経営者に次のようなデメリットが生じるでしょう。
■事業を行わない会社を存続させることの、オーナー経営者のデメリット
●法人住民税の均等割分の納税義務が残る
- 会計や税務に手間とコストがかかる
- 法務局への届出義務を怠ることになる
- 「休眠会社」というレッテルを貼られる
- 金融機関や元の取引先から「なぜ解散しないのか」と疑念を持たれる
以上のことから、もう動かさない会社は解散・清算したほうがよい、と判断できるでしょう。
会社を解散する方法
会社の解散と清算は異なります。まず解散から解説します。会社の解散は、1)会社として「事業を終了する」ことを決定する、2)その意思を法的に示す、という2つのステップで行います。
1)の事業終了の決定は、株主総会で解散を決議し、解散日(=事業終了日)を定め、清算人を選任します。清算人は、オーナー経営者を含む代表取締役が兼任できます。清算人はいわゆる後処理をする人、と考えてください。
2)の法的に示す方法は、法務局で解散登記と清算人登記を行うことです。1)を済ませたら2週間以内にこの2つの登記の申請をします。また2)には税務上の重要な手続きがあり、それは税務署・都道府県・市区町村へ異動届出書を提出することです。この届出は法人事業税・法人住民税・消費税などの申告・納付を行うために必要であり、このあとに最終的な税金の精算を行います。
なお会社を解散しても清算が完了するまでは会社は法的に存続しているので注意してください。
会社を清算する方法
解散しても会社が残るのは、清算が完了していないからです。ここでは清算について説明します。清算とは、会社に残っている資産と負債を整理し、最終的に会社という法人格を消滅させる手続きです。
先ほど解散の手続きで清算人(≒オーナー経営者)を選任することを紹介しました。清算人は債権者に対し、官報で公告を行う義務があります。公告は「債権があれば申し出てください」と知らせるものです。また公告を見逃す債権者がいる可能性もあるため、個別通知も行うことが望ましいでしょう。
清算人は資産の売却、在庫の処分、売掛金の回収などによって現金をつくり、このお金で債権者への支払いを行います。銀行借入金の残高があれば返済し、未払い賃金があれば支給し、税金を精算します。これらの清算業務が終わったら、株主総会で清算結了の決議を行い、その後、法務局で清算結了登記を行います。これにより会社の法人格は消滅し、法的に存在しなくなります。
労働関連の行政手続き
経営者は、従業員に仕事とその手段を与え、給与を支払い、社会保険に加入させる義務があります。これは従業員を守ることにほかなりません。従業員がいるからこそ事業が成り立つため、経営者は従業員を守らなければならないのです。
工場を閉めると、逆のことが起こります。つまり、従業員は仕事と給与を失い、社会保険も失われる可能性があります。これは従業員の生活や人生に大きな影響を及ぼすため、経営者は従業員の損失を最小限に抑えるべく、労働関係の行政手続きを適切に行うことが極めて重要です。
労働基準監督署とハローワークへの届け出
会社が消えることになるので、会社と従業員との雇用契約は終了します。これは会社が従業員を解雇することにほかなりません。これを整理解雇=経営上の理由による解雇、といいます。
解雇するには30日以上前に従業員に解雇の予告を行い、平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払います。これは労働基準法で定められた義務です。この手続きを行えば、労働基準監督署への解雇予告届の提出は不要です。解雇予告や解雇予告手当の支払いを行わず即時解雇する場合は、解雇予告届を労基署に提出する必要があります。
労災保険の手続きは労基署で行ないます。労災保険と雇用保険の清算を行い、労災保険関係成立届の廃止届を提出してください。また、離職証明書をハローワークに提出して、雇用保険の資格喪失手続きを行います。この手続きにより従業員は雇用保険の給付を受けることができるようになります。
社会保険・厚生年金の廃止手続き
従業員に健康保険(医療保険)と厚生年金保険を適用している場合は、日本年金機構(いわゆる年金事務所)に届出を行います。書類名は「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」で、従業員ごとに提出が必要です。
さらに会社を解散・清算する場合は、同じく年金事務所に「健康保険・厚生年金保険適用事業所廃止届」を提出し、会社が社会保険の適用事業所でなくなったことを届け出ます。提出の順序は、資格喪失届→廃止届となります。
税務関連の手続きと届出
税務については上記でも少し触れましたが、ここであらためて整理しておきます。会社の解散・清算に関する税務の手続きは税務署と都道府県、市区町村の3者に対して行います。
税務署への届出
税務署での手続きを紹介します。異動届出書は、会社の事業所が廃止されたことを税務署に報告するための書類です。給与支払事務所等の廃止届出書は、給与の支払いを行う拠点を廃止したときに提出する書類で、これを出すと源泉所得税の納付義務が終了します。
税務署には解散した年度の法人税の確定申告書と、清算期間中の収支をまとめた清算申告書も提出します。これで法人税に関する手続きが完了します。さらに、消費税の申告や、源泉所得税の納付・申告も忘れずに行いましょう。
都道府県への届出
都道府県では法人事業税の申告・納付を行います。さらに法人住民税(法人税割・均等割)の申告・納付も必要になります。法人住民税は都道府県および市区町村に納める税金で、都道府県にも申告が必要になるわけです。解散・清算に伴う異動届出もあわせて行ってください。
市区町村への届出
市区町村では法人住民税(均等割)の申告・納付を行います。解散届出書も提出し、最終的な精算を行います。固定資産税の申告・納付は、会社が土地・建物・償却資産に対して行います。解散・清算によって資産の譲渡や廃止があれば、市区町村へその旨を申告してください。
司法書士、税理士、社労士などの専門家の活用
ここまでさまざまな行政手続きを紹介してきましたが、経営者が自身でこれらの作業を行うことが難しい場合は専門家が頼りになります。ただし専門家は、登記は司法書士、税務は税理士、社会保険は社会保険労務士といったようにわかれるので、さまざまな専門家が所属している会社(事務所)に依頼してもよいでしょう。「総合法務事務所」や「総合会計事務所」といった名称の会社であれば、ワンストップで一括処理してもらえます。
社内外への説明責任を果たす
工場を閉めるときの行政手続きは複雑かつ多種多様で、経営者は作業に忙殺されるでしょう。しかしそのなかでも経営者が忘れてはならないのは社内外への説明責任です。工場の運営と会社の経営では、経営者はさまざまな人に助けてもらったはずです。従業員、顧客、取引先、銀行、行政機関、地域の人々。これらの人々が、工場が閉鎖されることをよそから聞いて驚くことがないようにしたいものです。
もちろん工場の閉鎖を決めた当初は、秘密裏に作業を進める必要があるかもしれません。それでも、事が公になっても損失が発生しない段階まで進んだら速やかにステークホルダーたちに丁寧に説明したほうがよいでしょう。 工場を閉じたあとも経営者の人生は続くので、キレイに終わりたいものです。













