自動車は金属加工の宝庫(2)エンジン編

執筆者 | 5月 21, 2024 | ブログ

車

金属加工を自動車づくりから学ぶ「自動車は金属加工の宝庫」の2回目はエンジン編です。エンジンをつくるときに使われる金属加工を紹介します。

1回目で紹介したボディは人間に例えるなら骨格で、今回紹介するエンジンはエネルギー源に該当します。よく「エンジンは自動車の心臓」といわれますが、実際のエンジンの仕事は、ガソリンを爆発させてエネルギーをつくり、1トン以上もある自動車を時速100kmで走らせることです。

エンジンづくりに高度な金属加工が必要になるのは、危険なガソリンの爆発を制御して膨大なエネルギーをつくっているからです。なお本稿で紹介するエンジンはガソリンエンジンです。

鋳造

今はほとんどの自動車のエンジンはアルミ合金でつくられています。自動車は軽いほどよいと考えられています。軽いほうが軽快に走ることができて、燃費が良くなるからです。エンジンは自動車部品のなかで最も重いものの一つなので、鉄ではなくアルミで軽量化します。ただアルミだけでは剛性が足りないので、そのほかの金属を加えたアルミ合金を使います。

シリンダーやクランクシャフトが収まるシリンダーブロック(エンジンの本体、エンジンロックともいう)は鋳造でつくります。鋳造は、溶かした金属を型に流し込んで金属の形を変える金属加工法です。鋳造を使うのは複雑な形のものを一体でつくれるからです。

ただ形が複雑になると、溶かした金属を流し込んだだけでは型の隅々にまで行き届かないことがあります。そのため押し込む必要があるのですが、空気圧で押し込む低圧鋳造と、特殊な部品で溶かした金属を押していくダイカスト法があります。

鍛造

ピストンはエンジン内部の部品でシリンダー内に配置されます。シリンダーは筒状になっていて、ピストンはそのなかにすっぽり収まって上下運動をします。ピストンの役割は、ガソリンを圧縮させて爆発を助けることと、爆発によってピストン自身が勢いよく下がる運動を行うことです。この上下運動を回転運動に変えることで自動車のタイヤが回ります。

ピストンは鍛造でつくられることも、鋳造でつくられることもあります。鍛造は金属の塊にプレス機などで力を加えて形を変える金属加工法です。

鋳造ピストンは安価に製造でき、熱膨張率が低いというメリットがあります。熱膨張率が低いと高熱にさらされても形が変わらないため性能が安定します。ただし、強度では鍛造ピストンより劣ります。そのため鋳造ピストンは、強度を出すために肉厚にする必要があり重量が増えてしまいます。鍛造ピストンは製造コストが高く、熱膨張率が高いというデメリットがありますが、強度が高いので肉薄にできて軽量化できます。

精度を出す加工(熱処理、切削、表面処理)

ピストン製造を深掘りしていきます。鋳造ピストンも鍛造ピストンも「金属を流しておしまい」あるいは「プレス機で力を加えておしまい」とはなりません。なぜならピストンはミクロン単位の正確さが求められる高精密部品だからです。「金属を流しただけ」あるいは「プレス機で力を加えただけ」では精度が出ないのです。

そのためピストンは、鋳造後、または鍛造後に精度を出す加工が必要になります。まず熱処理をします。ピストンを加熱したり冷却したりして、金属の性質を変えて強度や硬さを出します。次に旋盤を使ってピストンを削っていきミクロン単位まで精度を上げていきます(切削)。続いてスズでピストンの表面をコーティングします(表面処理)。

ピストンにこれほど高い性能が求められるのは、爆発にも耐えられる力と、シリンダー内をスムーズに動いて爆発のパワーを漏れなくタイヤを回すエネルギーにする役割と、シリンダーに極限まで近づく必要があるからです。ピストンとシリンダーの距離は、ゼロではピストンが動けなくなってしまいますが、空きすぎるとガソリンが漏れて爆発力が落ちたり運動性能が低下したりしてしまいます。

機械加工

話をシリンダーブロック(エンジン本体)に戻します。鋳造でつくったシリンダーブロックに機械加工を施していきます。鋳造は複雑な形状にすることができるのですが、それでもどうしてもつくれない形があります。そのため鋳造で大まかな形をつくり、機械加工で調整していくという工程を踏みます。この工程はピストンの製造と同じです。

シリンダーブロックの機械加工では穴を空けたり、不要な部分を削ったりします。ここでも精度の問題が発生します。ピストンほどではないのですが、シリンダーブロックも高い精度が求められ、機械加工中に発生する熱で形状が変わってしまうことは許されません。そのためシリンダーブロックに切削油をジャブジャブかけて冷ましながら削っていきます。

熱処理

熱処理の一種である浸炭を紹介します。金属を硬くしたいとき、炭素を使って焼き入れします。これにより炭素が金属に加わるので硬くなります。究極の炭素であるダイヤモンドがものすごく硬いのは炭素のお陰です。エンジンはガソリンの爆発に耐えたり、内部の金属部品が高速または高回転で動いたりするので硬くなければなりません。そのため多くのエンジン部品は形ができたあとに炭素を使った焼き入れが行われます。

しかし硬いものは衝撃に弱い欠点があります。自動車は数百万円以上する商品であり、10万km以上走ることが期待されているので、例えば時速20kmで電柱にぶつかったぐらいでエンジンが割れてしまっては困ります。それでエンジンには粘り強さも必要になりのです。金属を硬くすることも、粘り強くすることもそれほど難しくはないのですが、1カ所を硬くして粘り強くすることはできません。なぜなら硬さと粘り強さは相反する性質だからです。

そこでエンジンづくりで浸炭が使われているのです。硬いのに粘り強いエンジンは、表面部分を硬くして内部を粘り強くして実現します。1カ所を硬くして粘り強くすることができないのなら、ある場所を硬くして、別の場所を粘り強くすればよいのです。浸炭によってエンジン部品の表面にだけ炭素を入れ、内部には炭素に入らないようにします。

エンジン部品の種類

ここまでエンジン部品の名称として、シリンダーブロック、ピストン、シリンダー、クランクシャフトが登場しましたが、もちろんこれだけでエンジンができているわけではありません。ネジも含めると、エンジンは約1万個の部品でできています。いずれの部品も鋳造、鍛造、熱処理、機械加工(切削)、表面処理などの金属加工でつくられているわけですが、それぞれの金属加工にはさらにいくつも種類があり「適金属加工適所」で製造されています。

1万個の部品はいくつかのグループにわかれて、それぞれのグループで組み立てられて「部品の集合体」ができます。「部品の集合体」には、カムシャフト、バルブ、スターター、クランクシャフト、ベアリングキャップ、コンロッド、ピストン、タイミングベルト、タイミングギアなどがあります。エンジンはこの「部品の集合体」をさらに組み立ててつくるので、さしずめ「部品の集合体の集合体」です。

部品や「部品の集合体」は自動車メーカーの下請け部品メーカーがつくり、自動車メーカーはそれらを買い集めて自社工場で組み立てるわけです。下請け部品メーカーがどのような部品をつくるかは、自動車メーカーの設計者が指示します。このときに部品に使う金属加工が決まります。

コストダウンという「裏の最重要命題」

自動車製造に使われる金属加工はかなり高度なものです。削るときはミクロン単位の精度を追求し、硬くするときは金属の内部まで調べます。したがってどの金属加工会社でも自動車部品を自動車メーカーに納品できるわけではなく、自動車メーカーの厳格な審査に合格しなければなりません。

そのため自動車部品メーカーは(もちろん自動車メーカー自体も)、常に金属加工技術を磨いていき新技術にアップトゥデイトしていかなければなりません。

高度であることが、自動車づくりの金属加工の最重要命題であるとしたら、コストダウンは「裏の最重要命題」といえるでしょう。自動車メーカーや自動車部品メーカーは、金属加工を高度化させたら、すぐにコストダウンに取りかからないといけないのです。 高級料理も高級バッグも高度になるほど値段を上げることができますが、自動車の金属加工は高度にしても値下げしなければなりません。過酷な世界です。