金属加工会社を資源高とインフレが直撃、生き残り策は?

執筆者 | 11月 15, 2023 | ブログ

コスト

2023年の日本人の生活と日本経済を、資源高とインフレが襲っています。世界の政情不安が原油や液化天然ガスなどのエネルギー価格を押し上げ、それだけでもものの値段を上げるのに、インフレが円安を招き、円安がインフレを加速させる負のスパイラルが起きています。金属加工会社は多くのエネルギーを使い、多くの原材料を使うため、大きなダメージを受けていることと推察されます。

そこでこの記事では、金属加工会社を含む製造業企業が今、どのような状況に置かれているのか解説します。経営を圧迫している要因がみえてくるでしょう。そして金属加工会社がこの荒波のなかで生き残るには、やはりコストダウンと値上げは避けてとおれません。その方法も紹介します。

製造業企業の倒産急増

製造業企業の倒産が急増していて、さらに悪化の兆候すらあります。

2022年の製造業倒産は前年比8.7%増

経済産業省によると、2022年の製造業の倒産件数は722件で、前年の664件から8.7%も増えています。

 2021年2022年2021年比
倒産 (単位:件)製造業6647228.7%
非製造業5,3665,7066.3%
休廃業・解散 (単位:件)製造業4,9865,4799.9%
非製造業39,39144,14612.1%

非製造業の2022年の倒産件数は5,706件で、前年の5,366件から6.3%増なので、製造業に相当強い逆風が吹いていることがわかります。また、休廃業・解散件数は、非製造業(12.1%)のほうが悪化していますが、しかし製造業の増加率も9.9%と高い値になっています。

新型コロナの影響は最早1割にすぎない

製造業に吹く逆風がさらに勢いを増していると推測できる数字があります。東京商工リサーチによると、2023年9月の全国企業倒産件数は720件で、前年同月(2022年9月)の599件の20.2%増です。なお倒産件数は2022年4月から18カ月連続で前年同月を上回っています。そして負債総額は、2022年9月の約1,449億円から2023年9月の約6,919億円へと4.8倍になっています。

これは製造業を含む全産業の企業倒産の推移なので、製造業も厳しさを増していると推測できるわけです。これだけ倒産件数が多いと、新型コロナ関連倒産を疑いたくなりますが、実はその影響は1割程度で、残りの9割は新型コロナと関係ない倒産、つまり普通のビジネス上の倒産となります。

製造業に挑戦する人が減っている

さらに深刻な数字があります。以下は再び経済産業省のデータなのですが、製造業の開業事業者数の推移です。つまり1年の間に新しく誕生した製造業企業の数です。

 2021年2022年 
製造業の開業事業所数 (単位:件(社))5,2784,053-23.2%

2021年の5,278件(社)から2022年は4,053件へと2割以上減っています。製造業に挑戦する人が減っているわけです。

切削工具が最大25%値上げ

金属加工会社の現状にフォーカスしてみましょう。日刊工業新聞は2022年に、切削工具の値上げ状況をまとめた記事を公表しました。その内容は以下のとおり。

企業名対象値上げ率実施時期 (すべて2022年)
住友電気工業インサート、マルチドリル、ソリッドエンドミルなど15~20%7月1日受注分から
不二越超硬ドリル、超硬エンドミル、タップなど5~10%8月1日出荷分から
OSGタップ、ハイスドリル、ネジ切り工具など7~20%8月22日受注分から
三菱マテリアルインサート、ドリル、エンドミルなど5~25%10月1日受注分から
京セラ切削工具全製品10% 
ダイジェット工業切削工具、耐摩工具など10~20% 
タンガロイインサート、刃先交換式カッター、ドリルなど8% 
サンドビックホルダー、カッター、ソリッド工具など10% 
MOLDINO超硬エンドミル、インサート、ホルダーなど5~20%10月3日受注分から

主だった切削工具メーカーは軒並み製品価格を値上げして、なかには25%アップの製品もあります。切削工具が値上がりするのは、さまざまな金属の価格が上昇して材料費が値上がりして、電力料金が値上がりして製造コストが膨らみ、輸送費が値上がりして販売コストが上がったからです。この悪条件はすべての切削工具メーカーに等しく加わるので一律値上げが起きます。

切削工具の値上がりは、金属加工会社の製造コストを押し上げます。金属加工会社には自社の利益を減らすか、製品の販売価格に転嫁するかの選択が迫られます。製造コストの考え方については後段であらためて解説します。

アルミもステンレスもチタンも値上がり

金属製品の原料も値上がりしています。アルミニウムの価格は2020年1月は1,773ドル/トンでしたが、2023年9月は2,184ドル/トンと23%も値上がりしています。ステンレス鋼板の価格は、2020年の平均を100とすると、2023年9月は174と74%も値上がりしています。金属チタンの原料になる酸化チタンの輸入価格は、2020年10月は213円/kgでしたが、2023年5月に522円/kgと2.5倍に跳ね上がっています。その後少し落ち着きましたが、それでも2023年9月は422円/kgでした。

電気代の高騰は危機的状況

金属加工会社のなかでも鋳造製品をつくっている企業は電気炉を使うので膨大な量の電気を消費します。切削加工の会社も工作機械を動かすには大量の電気が必要です。東京電力エリアの法人向け特別高圧の電気販売価格は、2021年8月の11.78円/kWhから2023年7月の20.70円/kWhへと75%も値上がりしています。これほどの電気料金の値上げは、金属加工会社にとって死活問題になりかねません。

脱原発、円安、世界政情不安、脱炭素

電気料金の値上げは起こるべくして起きているといえます。日本は東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故以降、コスト安に電気をつくることができる原子力発電の大半を停止しています。原発の代替となる火力発電は石油や天然ガス、石炭などの燃料を燃やさないとなりませんが、円安で購入コストが上昇しています。またウクライナ戦争などによって燃料自体の価格が上がっているので、これも電気代上昇に直結します。

脱炭素の流れは、依然としてコスト高の風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー利用を促します。資源エネルギー庁の試算では、1kWhの電気をつくるコストは、石炭火力発電12.5円、LNG(液化天然ガス)火力発電10.7円、石油火力発電26.7円、原発11.5円であるのに対し、陸上風力発電19.8円、洋上風力発電30.0円、太陽光発電12.9円となっています。

人類の使命という大きな視点に立てば、再生可能エネルギーを推進していくべきかもしれませんが、金属加工会社の経営というミクロの視点に立つと、これ以上の電気代の高騰は受け入れられるものではありません。

電気代上昇対策は価格転嫁か、将来を削るか

IT企業のキャプテラ社が2022年に、中小企業の経営者と管理職に電気料金の上昇に関するアンケート調査を行いました。約8割が値上がりしていると回答し、値上がり率は「5~10%アップ」が最も多い42%で、次いで「11~20%アップ」の32%でした。

では中小企業は電気料金の上昇分をどのように処理しているのか。最も多かったのは、「自社製品の値上げ」で、63%の中小企業がこの策を採っていました。電気料金の上昇分は価格転嫁するのが近道のようです。なお、電気代の上昇によって投資額を削減した中小企業は14%にのぼり、人件費を削減した中小企業は5%でした。投資も人件費も未来のためにお金を使うことなので、中小企業が将来を少し削って今を乗り切ろうとしていることがわかります。

人件費の上昇は抑制しないほうがよいのだが

日本政府は賃上げキャンペーンを展開しています。例えば首相官邸は「成長の果実を従業員に分配する。未来への投資である賃上げが原動力となってさらなる成長につながる」というメッセージを国民に向けて発しています。もちろん賃上げは金属加工会社で働く人にとって朗報となりますが、経営者にとっては製造コスト押し上げ要因になります。

製造業企業は頑張って賃上げしている

厚生労働省の「2022年年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」によると、「賃金の改定を実施した、または予定している」と回答した企業の割合は、製造業で95.7%でした。この割合は建設業の95.4%とほぼ同じです。他産業では情報通信業89.3%、運送業・郵便業75.6%、生活関連サービス業・娯楽業69.8%となっていて、製造業企業の健闘ぶりが際立ちます。

製造業の賃上げ傾向は2022年以降も続いていて、東京商工リサーチによると2023年度の賃上げ状況では、実施した割合が最も高かったのは製造業の88.4%で、次いで建設業88.0%、卸売業86.9%でした。最低は不動産業の64.4%。ここまでみてきた切削工具の高騰、原材料の金属の高騰、電気代の高騰を考え合わせると、製造業企業が賃上げに熱心なのは儲かっているからではなく、従業員をつなぎとめるためにやむなく行っている面がある、と推測することができます。それでも製造業企業の倒産は増えているわけです。

製造コストの考え方

ここまで金属加工会社を含む製造業企業が経済的に厳しい状況に追い込まれている理由を紹介しました。ここからは対策を考えていきます。製造コストに着目してみます。

製造業の売上高はむしろ伸びている~だから今はコスト受難

対策を考えるには課題を明確にする必要があります。金属加工会社の現在の危機は、コスト押し上げ要因が原因になっています。すなわち需要が縮小して売上高が減って危機に陥っているのではなく、売上高の上昇よりコストの上昇が上回っているために経営を圧迫しているのです。実は製造業の売上高はむしろ増えています。以下の表は2022年の国内産業別売上高の前年同期比推移です。

2022年売上高、前年同期比全産業全産業のうち製造業全体製造業のうち金属製品
1~3月7.9%9%8.5%
4~6月7.2%6.1%2.3%
7~9月8.3%12.1%0.3%
10~12月6.1%9.2%15.4%

金属加工会社が関与する金属製品の売上高前年同期比は、10~12月で全産業より製造業全体よりが伸びています。金属製品のその他の期も、4~6月と7~9月こそふるいませんでしたが、1~3月は全産業を大きく上回り、製造業全体と遜色ありません。

したがって金属加工会社がこの危機を乗り切るには、コスト問題をクリアすればよいわけです。つまりコスト問題をクリアできた金属加工会社から先に、増収減益を増収増益に変えていくことができる、と期待できます。これが、金属加工会社が今、製造コストに着目すべき理由になります。

製造コスト=初期費用÷製造数量+材料費+加工費+管理費

「製造コストが現在の危機の原因である」といわれても、「切削工具も金属も電気代も人件費も高騰しているのだから当然だ」と感じる金属加工会社の経営者もいるでしょう。しかし現状をそのように大雑把にとらえてしまうと、「総じて悪化しているのだから対策の取りようがない」といったとあきらめムードに包まれてしまいます。そうではなく、製造コストを要素ごとに分解して、要素ごとに対策を検討していく必要があります。1個1個課題を解決していくことでしかこの難局は乗り切れないでしょう。

金属加工会社の製造コストは次の計算式で算出できます。

●製造コスト=初期費用÷製造数量+材料費+加工費+管理費

初期費用は金型製作費やNCプログラム費、工具や治具の費用などで構成されます。製造コストにおける初期費用の額は、製造数量が多くなるほど小さくなります。大量生産すればコスト安になるのはそのためです。材料費、加工費はそのまま製造コストに加わってきます。人件費などの管理費は、一部は製造数量が多くなるほど低下しますが、その一方で製造数量が多くなると金額が増える項目もあるため、ここではそのまま製造コストに加えています。

コストを構成する要素ごとにコストダウンを考えていく

製造コストを、コストを構成する要素に分解できたら、要素ごとにコストダウンを考えていきます。

例えば初期費用は製造数量が増えると減るので、発注者に発注量を増やしてもらうことができればコストダウンできます。材料費は大量購入することで減らすことができるので、例えば向こう3カ月にわたってチタン部品だけを製造すれば1回のチタンの購入量を増やすことができます。このように「当社は今は、この要素のコストダウンに集中する」といったような取り組みが有効になるでしょう。

これ以上のコストダウン「どうすれば」

金属加工会社の経営者はこれまで、嫌というほどコストダウンという言葉を耳にしたり口にしたりしてきたはずです。そのため「これ以上コストダウンできない」と思うかもしれません。しかし製造業企業の日本トップであるトヨタでさえいまだにコストダウンに取り組んでいるので、金属加工会社がコストダウンの歩みを止めることはできないはずです。(もちろん大企業は中小零細企業のコストダウンによって利益を上げている一面もあるのですが)

以下に、製造業企業ができるコストダウン手法を紹介します。いずれも専門家が提案しているものです。まだ試したことがないものがあったら積極的に取り組んでみてください。

  • 競合他社と協力して工具や原材料などの共同仕入れを行うことで1回の発注量を増やして価格交渉を行う
  • 発注元(顧客)に材料を支給してもらう
  • 総務、経理、営業などの業務を外注化する
  • 仕入先を変える、インターネット経由の購入を増やす
  • 切削工具に再研磨などを施して再利用を増やす

このなかに人件費のコストダウン策を入れなかったのは、従業員の給料を減らして離職につながってしまうと採用コストや新入社員教育コストがかかってしまうので、コストダウン効果が低いからです。また、製造業も人手不足業界なので、一度従業員を手離してしまうと補充が難しくなり余計に経営を悪化させます。

値上げをする~コストを構成する要素ごとに事情を説明する

コストダウンが限界を迎えたら、残る策は値上げです。ただし、金属加工会社が競争力のある製品をつくっていれば値上げは容易ですが、競合他社もつくることができる製品については、顧客に値上げ要請をした瞬間に他社に乗り換えられてしまうかもしれません。

そこで重要になるのが交渉の仕方になります。金属加工会社が「資源高とインフレのダブルパンチで製造コストが高騰したので値上げに応じて欲しい」と頼んでも、顧客に「当社も資源高とインフレの打撃を受けているので値上げは受け入れられない」と言われてしまうでしょう。コストを構成する要素ごとに購入価格の推移をつかんでいれば、説得力のある交渉を行うことができます。

例えば、毎月の電気代の支払いが30%アップしていたら、この上昇額が、製品1個当たりの製造コストを「何円」押し上げているか算出します。顧客にこの計算式を伝えることができれば、その「何円」分を値上げしても自社の利益が1円も増えないことを証明できます。この事実は顧客の納得につながり、値上げ要請を受理する動機になるでしょう。

恩恵は必ず届くと信じて

インフレには良いインフレと悪いインフレがあり、良いインフレは「ものの価格上昇→企業の利益アップ→労働者の賃金上昇→価格上昇しても買うことができる」というふうに起こります。しかし2023年秋の今のインフレは悪いインフレとされています。それは労働者の賃金上昇がものの価格上昇に追いついていないからです。それが金属加工会社の経営者と従業員を苦しめています。

しかし円安や世界情勢不安はいずれ鎮静化します。そうすれば、遅ればせながらその恩恵が金属加工会社にも届くはずなので、それまではこれまで同様、賢くコストダウンして乗り切っていきましょう。