金属加工の手作業

執筆者 | 9月 26, 2023 | ブログ

旋盤加工

金属加工の歴史は機械化と自動化の歴史といってもよいでしょう。金属加工から人の手を極力排除することによってより確かな製品をより多くより安くつくることができます。

しかし、NC(数値制御)やCNC(コンピュータ数値制御)の工作機械が普及しても工場から手作業がなくなりません。手作業が生き残っている理由と、どのような手作業が活躍しているのかを解説します。さらに、残った手作業も機械化・自動化していく取り組みもあるのであわせてみていきましょう。

手作業のポジション

芸術や工芸の領域では手作業が味わいになって価値を生み出すことがありますが、工業製品をつくる金属加工の領域では、機械化こそ是であり、機械化できないから手作業が必要になるという構図になっています。つまり金属加工においては、手作業はなくしたい存在です。

なぜ金属加工の機械化が必要なのか(なぜ手作業を廃そうとしているのか)

なぜ金属加工では、本来は、手作業を廃して機械化したしたほうがよいのか。その理由は以下のとおりです。

■金属加工で機械化したしたほうがよい理由

  • 高生産性、高効率
  • 高度化
  • 作業者の安全確保
  • 非属人化

機械は休まず稼働させることができますが、手作業では作業者を休ませる必要があります。そのため機械化したほうが生産性が上がり効率化できます。金属加工を行う工作機械は最早、人がつくれないものをつくれるようになりました。したがってより高度な製品をつくるとき、機械の一択になることがあります。金属は硬くて重い危険物です。金属加工を機械化すれば人が危険物に接触する機会が減るので安全性が高まります。

そして非属人化は、最も重要な機械化ニーズかもしれません。手作業で高度な製品をつくる場合、ベテラン作業者にはできても経験が浅い作業者ではできないことがあります。この場合、そのベテラン作業者がいなくなったら高度製品をつくれなくなってしまい、これが属人化です。しかし機械化できれば、機械を動かす人がいれば誰でも同じ製品をつくることができるので非属人化を実現できます。

だから手作業はすごい

上記で紹介した機械化したほうがよい理由は、そのまま手作業の欠点になります。つまり手作業には低生産性、低効率、高度化が難しい、作業者を危険にさらす、属人的であるという欠点があります。それでもいまだに金属加工の現場で手作業が必要なるということは、それだけ手作業が「すごい」ということです。それではすごい手作業をみていきましょう。

こだわりたいなら手作業一択

金属加工で本当は採用したくない手作業が必要になるのは、こだわらなければならないときがあるからです。工作機械でつくった製品の完成度を100%とみなすか99%とみなすかは、製品の発注者次第です。発注者が許容誤差を大きく取れば、工作機械がつくった製品のほとんどは合格し、許容誤差が小さいと不合格が多くなります。工作機械がつくって不合格になった製品を合格にするために、手作業が必要になります。つまり、工作機械が到達できない残り1%の部分を人の手でクリアするわけです。こだわりが生む手作業をみていきましょう。

こだわり1:複雑なカーブをつくる打ち出し加工

手作業が必要になりやすいこだわりの1つに、複雑なカーブがあります。工業製品においてカーブはとても魅力的です。カーブがあることで美しく、かわいらしくなりますし、製品に柔らかみを与えます。また高速で移動する物体では、ボディにカーブ形状を施すことによって空気抵抗が減り高性能化、省エネ化を実現できます。工作機械でも金属にかなり複雑なカーブ形状を与えることができますが、発注者がより美しいカーブやより正確なカーブを求めると、工作機械で99%までつくり、最後の1%を手作業で仕上げることになります。

打ち出し加工は、カーブをつくる手作業です。打ち出し加工は、金属の板をハンマーで叩いて形状をつくっていきます。驚くべきことに新幹線などの鉄道車両ですら、いまだにボディのカーブをつくるのに打ち出し加工が欠かせません。

参照:

https://kyowa-giken.jp/blog/column/20210511174327-8738

こだわり2:品質の最後の砦、バリ取り

工作機械で金属製品をつくるとどうしてもバリができてしまいます。金属製品にバリが残っていると、バリは鋭利なのでそれに触れるとケガをしたり、金属製品を本体に設置したあとにバリが落ちて故障の原因になったりします。バリの除去を機械化することも不可能ではありませんが、むしろ非効率になるでしょう。なぜならバリは、金属製品のどこに発生するかわからないからです。したがってバリ取りを機械化しようとすると金属製品のすべて角に刃ややすりを当てなければならず、このアクションを工作機械にさせるには高度な技術が必要になります。

金属製品のメインの性能を決める本加工であれば高度な技術を使ってでも機械化する意味がありますが、バリ取りはいわば副次的作業になるのでよりコスト安に実施しなければなりません。それならば、バリ取りを手作業に任せたほうが合理的です。ハイレベルな精度が求められる金属製品をつくっている金属加工会社には、バリ取り職人と呼ばれるバリ取り専門の作業者がいます。高度なバリ取り技術によって、確実にバリを取り、余計に金属製品を削らないようにすることができます。高精度金属製品づくりにおいては、バリが残ってしまっては重大な欠点になるので、副次的作業とはいえバリ取りは品質保証の最後の砦になります。

参照:http://www.fujimoto-deburring.co.jp/policy/

こだわり3:ナノ技術を支える「きさげ」加工

北海道千歳市に近く世界最高峰の半導体工場ができます。そうです、最先端半導体の受託製造のラピダスです。ラピダスは世界1の半導体をつくろうと、これから「兆円」規模の投資をしていくわけですが、では何で世界1と目指しているのかというと、半導体に描かれる回路線の細さです。ラピダスが目指すのは2ナノメートルです。1ナノメートルは10億分の1メートルという小ささなので、2ナノメートルの半導体を手作業でつくることはできず、超精密な製造装置が必要になります。したがってその製造装置はナノ・レベルの精度でつくる必要があり、そこに手作業が必要になります。

「きさげ」加工は、スクレーパーという先端に刃物がついた棒状の工具で、人の手で金属の表面を削る金属加工法です。「きさげ」加工は真っ平らな状態をつくるのに適していて、例えば1平方の平面の凹凸を10マイクロメートル(1マイクロメートル=100万分の1メートル)以下に抑えることができます。もちろん半導体製造装置のすべての部品に「きさげ」加工を施す必要はないのですが、一部の部品に「きさげ」加工が使われています。機械で「きさげ」加工ほどの精度を出せないは、機械を使った加工では摩擦熱が発生したり強い力を製品に与えたりしてしまうからです。「きさげ」加工は手作業なので高い摩擦熱が出ず、人の力程度の力しか製品に与えません。

参照:

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO74115530R00C23A9EA4000/

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04942/

http://www.fujitass.co.jp/gijutu_kisage.html

こだわり4:トヨタですら恐くて手作業をゼロにできない

製造の機械化・自動化を最も進めている企業にトヨタ自動車がありますが、世界のトヨタでも金属加工において手作業を完全に廃することができていません。金属加工の工作機械には、ほぼ全自動といってよいCNC工作機械があります。そして昔ながらの、人の手で機械を動かす工作機械もあり、それを手動加工機といいます。手動加工機で金属製品をつくることも機械化といえますが、しかしCNC工作機械でつくるよりは「手作業」です。

トヨタは「手作業」が必要な手動加工機はほとんど使っていません。しかしトヨタには、手動加工機に取り付ける切削工具を手作業でメンテナンスする職人がいます。その人たちを、切削工具研削職人といいます。トヨタが、ほとんど使わない手動加工機を正確に動かすための切削工具研削職人を置いているのは、CNC工作機械などが動かなくなったときに手動加工機で部品をつくる必要があるかもしれないからです。

さらに切削工具研削職人は、定期的に若手社員に手動加工機の使い方や、切削工具のメンテナンス方法を指導しています。普段の生産作業で一切使うことがないスキルを教えるのは、手動加工機について知ることで工作機械の原理を理解できるようになるからです。製造に関わる人たちに手作業をさせることで、ものづくりの勘所やコツを体に染み込ませているわけです。これは精神論のように聞こえるかもしれませんが、究極の合理主義・効率主義で知られるトヨタで行われていることから考えると、手作業を全廃することは非合理的であり非効率的なのかもしれません。

参照:https://toyotatimes.jp/series/masters/054.html

手作業を極力なくす動き

手作業はややもすると美化されがちです。例えば「手作業はものづくりの原点ある」といったようにです。しかし金属加工においてはやはり手作業がなくなることが理想の姿といえ、合理化、効率化、生産性向上に欠かせません。つまり短期的な視点では必要不可欠な手作業スキルを継承していかなければなりませんが、長期的な視点では手作業レスを実現する技術革新が必要になります。手作業を極力なくす動きを紹介します。

鋳造工程の「けがき」加工の自動化

航空機に使われる金属部品は軽量化、高効率化を実現するために、薄肉形状と中空形状が必要になることがあります。厚さを薄くしたり、金属のなかをくり抜いたりすると軽くなるからです。しかし航空機部品が破損すると大事故につながる恐れがあるため、薄肉・中空形状の金属部品は、そうではない金属部品と同じ耐久性を持たなければなりません。そこで編み出された方法の1つに、鋳造工程の「けがき」加工の自動化があります。鋳造で金属製品をつくると、完成品の表面に酸化被膜や副産物が付着したり、表面が凸凹したりします。これを研削や砥石、研磨機械などで取り除くのが「けがき」加工です。

株式会社大日製作所は、多軸複合加工機や非接触3次元デジタイザといった機械を使って、「けがき」加工を自動化しました。「けがき」加工の自動化によって、次のようなメリットが生まれました。

■「けがき」加工の自動化によるメリット

  • 手作業によるミスを防止できる
  • 手作業で到達できなかった精度を達成した
  • 歩留率が工場した
  • 技能継承の課題を解消できた

このメリットはいうまでもなく、手作業のデメリットになります。

参照:

https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/senryaku/download/H22-23fyPj.pdf#page=123

https://www.chusho.meti.go.jp/sapoin/index.php/cooperation/project/detail/1290

バリ取りの自動化に成功した

セコ・ツールズ社は、スウェーデンに本社がある金属切削事業を展開する会社です。同社が開発した端面プロファイル加工(Mechanised Edge Profiling、以下MEP)は、工作機械による旋削加工やフライス加工、穴あけ加工で生じるバリを、同じ工作機械を使って自動で除去する技術です。つまりMEPを搭載した工作機械は、ワーク(切削対象の金属の塊)を削って製品をつくったら、そのままバリ取り作業に取りかかります。MEPは完成形の3Dデータによって、バリが「完成形に当てはまらない」ことを認識します。そのためバリだけを検知して除去できるのです。

MEPにはもう1つメリットがあり、それは本加工からバリ取り作業に移行するときに、ワークを工作機械から取り外さなくてよいことです。これにより公差がなくなります。

参照:

https://www.secotools.com/article/21495?language=ja

https://www.secotools.com/article/742

まとめ~必要性と不要性が同居した状態

AIに関する論議では、必ずといってよいほど人の仕事が奪われることがテーマになります。その是非はともかく、金属加工の領域では新しい技術が人の仕事を奪う現象が百年以上続いています。新技術の開発によりいくつもの手作業スキルが不要になりました。しかし少なくとも金属加工においては技術の進歩と手作業の減少は良いことといえ、なぜなら高性能の製品を安くつくることができるようになったからです。

これからも手作業は次々機械化・自動化されていくでしょう。しかし手作業が完全になくなるまでに、つまり機械にワークを投入するだけで完璧な製品ができるまでに、かなり時間がかかります。それまでは確実に手作業が必要になり、そのため技術の継承が重要になるわけです。