金属加工業の資金繰りと経営戦略

執筆者 | 7月 20, 2023 | ブログ

事業計画

金属加工会社で働いていると、モノづくりが楽しくなってくることがあります。つまり、給与を得るための労働として金属を削るのではなく、材料からモノを生み出すことに魅了されるゾーンに入る人がいます。その域に達すると「一作業者で終わりたくない」「自分で工場を持ちたい」「金属加工で独立したい」という気持ちが芽生えてきます。

しかし現在は製造業の先行きがなかなか見通せない状況にあります。これだけ厳しい経済環境のなかで、金属加工会社の従業員が金属加工で独立することはできるのでしょうか。その答えは、相当難しいが不可能ではない、となるでしょう。この記事では、金属加工で独立するときに必要になる資金繰りと経営戦略について解説します。

「相当難しい」と「不可能ではない」について

ここでは、金属加工会社で一定期間以上働いていて一定水準以上のスキルを持っている作業者が独立する、という前提で解説していきます。その場合の、1)相当難しい点と、2)不可能ではないこと、を解説します。

ライバルは国内にも中国にもいる

金属加工での独立を難しくするのはライバルの存在です。独立を検討している人が今、金属加工会社で働いていたら、自分が独立した途端にその金属加工会社がライバルになります。また、現在の勤務先の金属加工会社のライバル企業も、独立後の自分のライバルになります。また、日本の金属加工業界が苦戦を強いられているのは、中国や台湾などのアジア勢に価格でなかなか勝てないからです。また、中国の金属加工の技術は年々向上していて、日本企業よりも優れた製品をつくることも増えています。つまり、独立後の自分のライバルは国内にも中国にもいるわけです。

現在、金属加工会社で働いている人は、自分の会社の社長の様子を観察してみてください。苦労して経営していることがわかると思います。独立すると、自分の会社は金属加工業界の最後発組になるので、その社長よりもはるかに大きな苦労を抱えることになるでしょう。だから金属加工で独立することは相当難しいのです。

やれることはまだあるはず

金属加工会社で働きながら「独立したい」と思っている人の多くは、「自分が経営者ならこうするのに」と感じているのではないでしょうか。金属加工会社は小規模なことが多く、営業もマーケティングも、IT化もDX化も、経営戦略も不十分なことが少なくありません。特にマーケティングをしていないと、顧客の要望に応えることも時代の流れにのることもできないので、仕事の取りこぼしが発生します。

今、金属加工会社で働きながら「自分ならこうする」「こうやればもっと生産性を上げることができる」「この製品をつくれば顧客を増やすことができるはずだ」というビジョンがみえていれば独立する価値はあるでしょう。さらにいえば、金属加工会社の社員である今すでに、独立後の自分にすぐに発注してくれそうな顧客を1、2社持っていれば、独立して成功する確率はさらに高くなります。

「1,000万円は必要」という根拠

独立のために必要なものはたくさんありますが、最も確保が難しいものは資金でしょう。必要な資金の額はケースによってかなり異なりますが、1つの目安が1,000万円です。

1,000万円くらい持っていないと覚悟が疑われる?

現金1,000万円はあくまで目安なのですが、しかしこれくらい持っていないと、つまりこれくらい自分の事業(金属加工での独立)に投資できないと、独立の覚悟が疑われます。誰がそれを疑うのかというと、金融機関です。

金融機関は事業計画書で起業の成功確率を見極める

金属加工で独立するには、株式会社などの法人を設立して、工場を借りて、工作機械を買って、水道光熱費を支払って、従業員を雇って、自分の給料を支払う必要があります。その費用をまかなうには1,000万円ではまったく足りません。したがって手元資金の現金1,000万円の一部を、金融機関から融資を受けるための担保に使います。

金融機関は、起業を考えている人に融資をするかどうか決めるとき、その人の本気度や覚悟を見極めようとします。本気度、覚悟という言葉は精神論のように聞こえるかもしれませんが、金融機関はそれを事業計画書や資金計画書のなかで確認します。金融機関は融資を申し込む起業家に、事業計画書や資金計画書などの提出を求めます。金融機関の融資担当者は事業計画書などを読んで、その起業が成功するかどうか判定します。金融機関は、融資したお金に利子をプラスしたお金を回収しなければならないので、起業が成功しそうなら融資をして、起業が失敗しそうなら融資をしません。

事業計画書や資金計画書などに書かれてある自己資金の額が大きいと、融資担当者は「リスクを減らせる投資を行うことができそうだ」と推測できます。さらに、金属加工会社に勤めている人が起業資金として現金1,000万円を確保することは相当大変なことなので、「独立にかける想いは相当強い」と判断できます。起業(ここでは金属加工での独立)の成功確率は、起業家(ここでは金属加工で独立しようとしている人)の本気度で上下することを金融機関は知っています。

日本政策金融公庫は「無担保でもよい」としているのだが…

金属加工で独立するときの資金調達で頼りになるのが、日本政策金融公庫です(*1、2、3)。ここはいわゆる政府系金融機関なので、三菱や三井住友などの民間金融機関より有利な条件で融資を受けられることがあります。「有利」とは、無担保や低めの金利などのことです。無担保ならば自己資金は1,000万円も要らないのではないか、と感じるかもしれませんが、一概にそうとはいえない事情があります。

*1:https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/index_k.html

*2:https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/01_sinkikaigyou_m.html

*3:https://www.jfc.go.jp/n/rate/index.html

小規模事業者向け新規開業資金について

日本政策金融公庫にはさまざまな融資メニューがありますが、金属加工で独立する人に向いているのは「国民生活事業の小規模事業者・個人事業主向け新規開業資金」(以下、新規開業資金)という融資になるでしょう。この新規開業資金は、1)創業を考えている女性、若者、シニア、2)創業に再チャレンジする廃業経験のある人、3)中小会計を適用して創業する人、を対象に通常よりも有利な条件で融資するものです。

その内容は以下のとおり。

■新規開業資金の内容

  • 対象者:新たに事業を始める人、または事業開始後おおむね7年以内の人
  • 資金の使いみち:設備資金、または運転資金
  • 融資限度額:7,200万円(うち運転資金は4,800万円)
  • 返済期間:設備資金は20年以内、運転資金は7年以内(いずれも据置期間は2年以内)

最大7,200万円を借りることができ、そのお金は設備投資にも運転資金にも使うことができます。据置期間とは返済を開始するまでの期間のことであり、例えば据置期間を2年に設定すれば、借り入れ時から2年間は返済が猶予され、3年目から返済を開始できます。起業した当初は資金繰りに苦労することが想定されます。そのなかで新規開業資金の返済を始めてしまうと資金が枯渇して別の融資を受けることになりかねません。そこで事業が軌道にのるまで返済を猶予してくれるわけです。

ただし据置期間の仕組みは返済の始まりが遅れるだけで返済額は変わりません。返済額は「借り入れた金額+利息」になるわけですが、この利息に注意しなければなりません。利息が存在するので、自己資金が重要になってくるのです。

担保のある・なしで利息がこんなに違う

新規開業資金は担保を差し出すこと(担保あり)も、差し出さないこと(担保なし)も可能です。担保ありの利息(利率)は低くなり、担保なしだと高くなります。新規開業資金の利率には借りるときの条件によっていくつか種類があり、以下のようになっています。

  • 担保なしの利率:年1.04~2.50%
  • 担保ありの利率:年0.30~2.15%

担保なしの最高利率である年2.50%は、担保あり最低利率年0.30%の8.3倍(≒2.50%÷0.30%)にもなります。つまり次のことがいえます。「担保なしで借りると、担保ありで借りたときより、利息の支払い総額が8倍以上になる可能性がある」

利息の支払い額は、そのまま利益の額を減らします。売上高を増やして利益を増やすことは簡単ではありませんが、利息の支払い額を減らせばその分だけ自動的に利益が増えます。そのため、新規開業資金を借りるときに担保を差し出すことができれば、それだけ金属加工会社の経営を黒字化しやすくなるわけです。

金属加工での独立はとにかくお金がかかる

手元に現金1,000万円があったとしても、そのすべてを融資の担保に使う必要はありません。なぜなら金属加工で独立するには、とにかく現金が必要になるからです。先ほど紹介しましたが独立の経費には、法人の設立費用、工場の賃料、工作機械の購入費、水道光熱費、従業員の賃金、自分の給料などがかかります。

また、金属加工会社のビジネスモデルは、材料や設備を買って製品を売る、という内容になっていますが、新しい会社は信用がないので、材料や設備を売る会社は早期の支払いを求めますし、製品を買う会社は支払いを遅らせようとします。つまり、出て行くお金は素早く出て行くのに、入ってくるお金はゆっくり入ってくるので、油断しているとすぐに資金ショートしてしまうでしょう。そのとき手元に現金がないと帳簿上は利益が出ているのに倒産することがあり、これを黒字倒産といいます。

新しい金属加工会社の経営戦略

新しく立ち上げる金属加工会社を成功させる方法は2つあると思います。1つ目は、以前勤めていた金属加工会社でやっていたことをより効率的に行い、これまでつくってきた製品と同じものをより安く販売する方法です。これができると安い製品は競争力がありますし、以前勤めていた金属加工会社の下請けになることもできます。

2つ目は、より付加価値が高い製品をつくり、よい高い価格で販売する方法です。「金属加工で独立したい」と強く思っている人は、2つ目の方法で成功したいと考えているのではないでしょうか。そのためには経営戦略が必要になります(*4)。

*4:https://www.murc.jp/wp-content/uploads/2015/05/201502-03_190.pdf

賃加工からプロフェッショナルへ

より付加価値が高い製品をつくり、より高い価格で販売できる金属加工会社をつくるには、賃加工フェーズからプロフェッショナル・フェーズに移行する必要があります。フェーズとは段階という意味です。

賃加工フェーズ●顧客が金属加工会社に図面と作業指示書を渡して、そのとおりにつくってもらう
●金属加工会社に価格決定権はない
プロフェッショナル・フェーズ●顧客は金属加工会社に製品コンセプトしか伝えられない状態にあり、金属加工会社はそれに応えることができる
●金属加工会社が価格決定権を持つ

賃加工フェーズとは、顧客から図面と作業指示書を受け取り、そのとおりの製品をつくる段階です。このフェーズで製品を高く売ることができないのは、顧客が複数の金属加工会社に発注できる状態にあるからです。顧客は複数の金属加工会社に素材(金属)の種類、形状、加工方法、サイズ、精度を伝え、見積もりの提出を求めます。そして最も安い価格を提示した金属加工会社に発注します。したがって金属加工会社側に価格決定権がないので、販売価格を高くすることはできません。

賃加工フェーズから脱却するには、顧客から製品コンセプトを告げられただけで製品をつくれるようにしなければなりません。これがプロフェッショナル・フェーズです。顧客が金属加工会社に「ここに入れるこんな感じの金属部品が欲しいのですがつくれますか」と伝えただけでそれをつくることができれば、金属加工会社は「それをつくるにはX円かかります」と回答することができます。

顧客が、そのほかの金属加工会社から断られていたら、それをつくることができる金属加工会社にX円で発注するしかありません。つまり価格決定権は金属加工会社にあります。自分の金属加工会社をプロフェッショナル・フェーズに引き上げるには、コンセプトだけで製品をつくる技術力や設計力、開発力が必要になります。

顧客と一緒につくりあげるフェーズへ

金属加工会社が、販売する製品の価格をさらに上げる方法があります。それは「顧客と一緒につくりあげる」フェーズに成長することです。課題を持っている顧客がすでに解決策を持っている場合、顧客は金属加工会社に「こういったものをつくることができますか」と尋ねます。これがプロフェッショナル・フェーズでした。

しかし、課題を持っている顧客のなかには、解決策がみつからず困っている場合があります。例えば、「この製品の性能を10%上げなければならないが、実際に10%上げると部品が壊れてしまう、どうしたらよいだろうか」という課題だけがある場合です。もしこの顧客が金属加工会社に「この製品の性能を10%上げなければならないが、実際に10%上げると部品が壊れてしまいます。何か解決策はありませんか」と尋ねたときに、金属加工会社が「いくつか方法があります」と答えることができれば、両者はその部品を共同開発することになります。これができる金属加工会社は価格決定権だけでなく、開発費も獲得できます。また、画期的な方法がみつかれば共同で特許を取得でき、それも利益を生みます。

したがって「顧客と一緒につくりあげる」フェーズに成長できた金属加工会社は、プロフェッショナル・フェーズの金属加工会社より経営が安定するはずです。ただし「顧客と一緒につくりあげる」フェーズに上がるには、金属加工会社は相当な実力を身につけなければなりません。そうでなければ顧客は深刻な相談を金属加工会社に持ちかけないでしょう。

まとめ~簡単なことではないから挑戦になる

この記事の内容を箇条書きでまとめます。

  • これから金属加工会社を立ち上げることは相当難しいが不可能ではない
  • 金属加工で独立するために必要な自己資金は、ケースによって異なるが1,000万円は1つの目安になる
  • 無担保でも融資を受けることができるが、担保を差し出したほうが利子の返済が少なくなり早く黒字化できる
  • 新しい金属加工会社には経営戦略が必要で、賃加工フェーズ→プロフェッショナル・フェーズ→「顧客と一緒につくりあげる」フェーズへと成長する必要がある

夢を実現させることは簡単なことではなく、しかももし失敗したら多額の借金を背負うことになります。

しかし金属加工の魅力を知ると、独立に挑戦したくなる気持ちが募ってくると思います。挑戦する手立ては存在します。