「日本のモノづくりは大丈夫なのか」と聞かれたら、「日本はモノづくり立国なのだから大丈夫に決まっている」と答えたいところです。しかしそのような見方は楽観的すぎるかもしれません。
トヨタやホンダなどは電気自動車(EV)の製造で後れを取り、ソニーは銀行とエンタメの会社になり、日立製作所はITの会社になろうとしているからです。いずれも世界に冠たるメガ・モノづくり企業なのに、優位性が低下したり、製造業色を薄めようとしていたりしています。
金属加工会社がつくる製品や部品のなかには、最終的に製造業の大企業に納入されるものもあるはずです。したがって金属加工会社は、製造業の大企業の変化を他人事とみなすことはできないはずです。
EVでアメリカと中国にかなわない日本車
「自動車といえば日本」という考え方は、EVの世界ではもう通用しません。今は「EVといえばアメリカと中国」が新たな常識になっています。
日本はEVが売れない国、EVをつくらない国
2022年の世界のEV新車販売台数は1,020万台で、そのうち中国は58%の590万台、アメリカは10%の99万台です。日本でのEV新車販売台数は、2020年の数字なのですが、わずか3万台で、1,020万台の0.3%でしかありません(*1、2)。日本がいかにEVが売れない国であるかがわかります。
さらに日本は、ほとんどEVをつくっていない国です。2022年の世界のEVシェア1位のメーカーはテスラ(アメリカ)の17.5%で、以下、2位BYD(中国)、3位GM(アメリカ)、4位フォルクスワーゲン(ドイツ)、5位浙江吉利控股集団(中国)でした(*3)。日本勢では、日産・三菱自動車・ルノーの3社連合がなんとか7位に入りました。つまり日本の自動車メーカーは1社ではベスト10にすら入れず、しかもルノーはフランスの自動車メーカーです。
*1:https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/04/7df2bb89c5499e35.html
*2:https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mobility_kozo_henka/pdf/004_03_00.pdf
*3:https://www.jiji.com/jc/article?k=2023021600830&g=eco
日本車は世界から取り残される?
日産の元COO(最高執行責任者)の志賀俊之氏は2023年4月、経済誌のインタビューで「日本車全体のEV施策の遅れによって、日本は世界から取り残されることになる」と警鐘を鳴らしています(*4)。つまり日本の自動車メーカーは、EVで出遅れたことがきっかけとなり、世界の自動車業界のなかで埋没してしまうだろう、と予測しているのです。
なぜそのようなことが起きるのかというとEVが自動車の主流になる可能性があるからです。EUは2030年までに、新車で販売できる自動車をEVとFCV(燃料電池自動車)だけにしようとしています。EUはその後例外を設けたのですが、しかしEVが主流になるのは間違いないようです。アメリカはもう少し緩いのですが、それでも2030年までにEVやFCVなどの新車販売を全体の50%にしていきます(*2、5)。もちろん日本の自動車メーカーがこれから巻き返しを図ればよいのですが、それは簡単なことではないようです。
*4:https://diamond.jp/articles/-/321435
*5:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00122/033000166/
今「EV化は本当に起きるのか」と心配するレベル
志賀氏は、自動車の部品メーカーの社長から「これからどうなっていくんですか。EVシフトやEV化は本当に起きるんですか」と聞かれるそうです(*6)。EVはエンジン車より部品点数が減りますし、エンジン車に使っていた部品のなかにはEVで使わないものもあります。またEVで新たに必要になる部品もあります。そのためエンジン車の部品メーカーの社長にとってEV化は死活問題になります。それで部品メーカーの社長たちは、自動車業界のご意見番的な存在である志賀氏に「EV化は本当に起きるのか」と尋ねているわけです。
ところがEV化はすでに起きていますし、今後ますますEV化が強まることが確実視されています。それなのに日本の自動車業界の最前線にいる人たちですらいまだに「EV化は本当に起きるのか」と心配しているレベルなのです。志賀氏は「私が心配しているのは、本当にEVシフトが起きた際に、これだけ大きなピラミッド構造を抱える日本の自動車産業の構造転換が間に合いますか」と懸念しています。世界中でEVシフトが起きているのに日本の自動車メーカーと部品メーカーがEVシフトできなければ、日本車の優位性は低下するでしょう。
*6:https://diamond.jp/articles/-/321435?page=2
なぜソニーはソニーグループになったのか
ソニー株式会社は2021年4月、ソニーグループ株式会社に社名を変更しました。そしてソニーグループ株式会社の業務を、グループ会社の本社機能に特化しました。ただ「ソニー株式会社」という社名は残ることになりました。それはソニーエレクトロニクス株式会社という会社の社名をソニー株式会社に変えたからです。つまり新・ソニー株式会社は、たくさんあるグループ会社の1社になりました(*7、8)。
旧 | → | 新 |
ソニー株式会社 | ソニーグループ株式会社:グループ会社の本社機能 | |
ソニーエレクトロニクス株式会社 | ソニー株式会社:グループ会社の1社 |
なぜ「グループ」という言葉が必要だったのか。ソニーグループは社名を変更した理由について「各事業の進化をリードし、ポートフォリオの多様性を更なる強みとしていくため」と説明しています(*9)。「ソニー」という名称はエレクトロニクス(モノづくり)の代名詞のような存在でしたが、「現代のソニー」はむしろモノづくり以外の事業で成り立っています。それで「現代のソニー」を「ソニー」でくくることができなくなって、「ソニーグループ」という新しい社名が必要になった、といえそうです。
*7:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ270FN0X20C21A3000000/
*8:https://www.sony.co.jp/corporate/
*9:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/News/Press/202005/20-039/
非モノづくりが65%の会社になったから
ソニーグループは依然としてモノづくりをしていますが、しかし非モノづくり事業のほうが大きくなっています。以下の表は、ソニーグループの2022年度の連結従業員数と連結売上高構成比です(*10、11)。
事業名称 | 連結従業員数(人) | 比率 | 連結売上高構成比 | |||
エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション | モノづくり | 40,200 | 37% | 54% | - | 36% |
エンタテイメント・テクノロジー&サービス | - | - | 24% | |||
イメージング&センシング・ソリューション | 18,100 | 17% | 12% | |||
ゲーム&ネットワークサービス | 非モノづくり | 10,200 | 9% | 46% | 26% | 65% |
音楽 | 10,800 | 10% | 13% | |||
映画 | 8,100 | 7% | 13% | |||
金融 | 13,200 | 12% | 12% | |||
その他 | 2,300 | 2% | 1% | |||
全社(共通) | 6,000 | 6% | 0% | |||
計 | 108,900 | 100% | 100% | 100% | 100% |
連結従業員数と連結売上高構成比では事業名称が少し異なりますが、ここでは「エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション」「エンタテイメント・テクノロジー&サービス」「イメージング&センシング・ソリューション」の3事業をモノづくり事業としました。それ以外のゲーム、音楽、映画、金融などを非モノづくり事業としました。
連結従業員数ではモノづくり54%、非モノづくり46%とモノづくりのほうが多いのですが、連結売上高構成比ではモノづくり36%、非モノづくり65%と逆転しています。ここからわかるのは、1)ソニーグループは非モノづくりが優勢な会社であり、2)非モノづくりのほうが効率よく儲けている、の2点です。
*10:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/IR/library/r3_q4.pdf
*11:https://www.sony.com/ja/SonyInfo/IR/library/report/
日立はIT企業になりたい!?
株式会社日立製作所の公式サイトのグループ会社一覧に、日立建機株式会社の名前がありません。なぜなら日立製作所は、連結子会社だった日立建機の株式の大半を伊藤忠商事や投資ファンドなどに売却してしまったからです。日立建機は、日立製作所の持分法適用会社となり連結対象から外れました(*12)。
日立建機は元は、日立製作所(以下、単に日立)の機械事業部でした。つまり建設機械(建機)はモノづくりの日立の象徴的な商品だったのに、日立はそれを手離しただけでなく、連結対象からも外してしまったのです(*13、14、15)。日立がこのような選択をしたのは、ITに集中するためだと考えられます。
*12:https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2022/01/f_0114.pdf
*13:https://www.hitachi.co.jp/about/corporate/group/index.html
*14:https://www.hitachicm.com/global/ja/corporate/profile/
*15:https://www.hitachicm.com/global/ja/corporate/top-message/
ソフトやクラウドなどのITで4割を稼ぐ
日立の2021年の売上高構成比は以下のとおりです(*16、17)。
- IT:39%
- モビリティ:15%
- ライフ:13%
- インダストリー:12%
- エネルギー:7%
- その他:14%
ITの売上が4割を占め、すでに日立の主力製品・サービスになっていることがわかります。IT事業の内容は、コンサルティング、ソフトウェア、クラウドサービス、システムインテグレーション、ストレージ、サーバーなどです。まるでシステム開発会社のような業務内容です。モノづくり事業といえるのは、モビリティ、ライフ、インダストリー、エネルギーの各事業で具体的なビジネスは以下のとおりです。
- モビリティ:エレベーターやエスカレータ、鉄道など
- ライフ:家電や空調など
- インダストリー:産業用機器など
- エネルギー:原子力発電所や火力発電所など
*16:https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2022/04/0428/2021_Anpre.pdf
*17:https://www.hitachi.co.jp/IR/library/stock/hit_sr_fy2021_4_ja.pdf
合言葉はルマーダ
日立は自社のIT重点化政策をLumada(ルマーダ)と名づけています。ルマーダの定義は「DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた社会イノベーションに取り組み、予測不能な変化のきざしをとらえて素早くアクションを起こし、さらに、協創によってエコシステムをつくりあげて次の社会に向けた新しい価値を創出する」取り組みです(*18)。これを要約すると、日立の顧客が持つデータを分析して新しい価値をつくりデジタル・イノベーションを生み出す取り組み、となります(*17)。そしてルマーダ関連事業の売上高は2021年度実績で1兆6,090億円に達し、これは日立の連結売上高10兆2,646億円の16%になります。
ルマーダ関連事業は、日立のあらゆる事業に入り込む形で進んでいます。つまりIT事業はもちろんのこと、エネルギー事業でもインダストリー事業などでも、ルマーダ関連事業が展開されています。日立のIT化の本気度を示すイベントが2023年3月に開催されました。日立と日本IBMがデータサイエンスに関連する技術交流会を開きました(*19)。データサイエンスとはビッグデータなどのデータから洞察や知見を得るITの手法です。日立のライバルは今、IBMなどの巨大IT企業なのです。
*18:https://www.hitachi.co.jp/products/it/lumada/about/index.html
*19:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC236RN0T20C23A3000000/
まとめ~「安泰とはいえない」というしかない
家電世界1もスマホ世界1も半導体世界1も奪われた日本のモノづくりが、自動車世界1まで失ったら、それは大事件といえるでしょう。それがEVでの劣勢で現実味を帯びてきました。企業は利益を重視しなければならない組織なので、ソニーが利益率が高いエンタメと金融に走るのは仕方がないことなのでしょう。
モノが世界を変えるスピードより、ITが世界を進化させるスピードのほうが圧倒的に速いので、日立のIT化は懸命な経営判断といえるかもしれません。日本のモノづくりがすぐに頓挫することはないにしても、安泰ではないのは確実です。したがって「日本のモノづくりは大丈夫か」の質問の答えは「大丈夫とは言い切れない」となります。金属加工会社が生き残るには、品質と生産性の向上に加えて、変化が必要になるはずです。