ドリブンは駆動という意味です。したがってデータドリブンとは、データ(D)で会社やモノづくりを前に進めていく(ドリブン=D)こと、という意味になります。データドリブン経営(以下、DD経営)とは、企業がデータを集めて、それを分析して経営判断などの意思決定を下す手法です。金属加工会社は今、さまざまな課題に直面しているはずです。それらを解決して再び成長軌道に乗せるにはKKD経営から脱却してDD経営に移行する必要があるかもしれません(*1)。
KKD経営から脱却してDD経営に移行したほうがよい理由
DD経営と対照をなすのが経験と勘と度胸による経営(KKD経営)です。
多品種少量生産が経験・勘・度胸を通用しにくくした
かつての少品種大量生産時代であれば、金属加工会社はKKD経営で十分対応できました。なぜなら経営判断を下す回数が少なかったからです。例えば、大企業メーカー1社から1種類の部品を受注できれば、長期にわたってそれなりに売上をつくることができた時代があったはずです。
しかし金属加工業界に多品種少量生産の波が押し寄せると、KKD経営では会社を回しにくくなりました。多品種少量生産になると経営判断も戦略判断も生産判断も下す回数が格段に増えます。そうなると少し前の経験がすぐに使い物にならなくなり、勘が働きにくくなります。また多品種が要望されるのは顧客や消費者のニーズが多様化しているからで、それをKKDでとらえることは至難の業です。DD経営は金属加工会社にこそ必要な経営スタイルといえるでしょう。
不確実な情勢がDD経営を迫る
金属加工業界は今、さらなる困難に立ち向かわなければなりません。エネルギー価格の高騰、原材料価格の高騰、原材料不足、人材不足、働き方改革、賃金上昇圧力、自然災害、感染症の拡大、ESGやSDGsへの対応、地政学リスクに無関係でいられる金属加工会社はないはずです(*2)。これらの課題はすべて利益の押し下げ要因になります。したがって金属加工会社は自ら利益を押し上げる力を持たなければならず、DD経営はその一助になるはずです。
*2:https://jpn.nec.com/manufacture/monozukuri/iot_mono/2023-03/01.html
DD経営の考え方
金属加工会社のDD経営とは、データを集めて、それを分析して、それに基づいて生産することです。
KKDが不要になるほどのデータが必要
DD経営に移行するうえで最初の課題になるのはデータ集めです。なぜならDD経営を導入できたと思っても、経営者や現場の責任者が「やっぱり最後は経験・勘・度胸だな」と感じてしまうようでは、それは真のDD経営とはいえないからです。
もちろんKKDがまったく不要になるわけではありません。しかしKKDを凌駕する経営判断材料が得られなければDD経営に移行する意味がありません。そのためには、良質なデータを大量に確保する必要があるわけです。
良質なデータを大量に確保できるようになったからこそのDD経営
なぜ今DD経営が必要になるのかというと、ようやく今データドリブンが可能になったからです。つまり今より前には良質なデータを大量に確保することも、それを効率よく分析することもできませんでした。しかし今は、クラウド、ストレージ、センシングなどのデジタル技術が格段に進化し、しかもそれらに比較的低コストでアクセスすることができるようになりました。分析手法も格段に進化しました。
つまり、かつては経験と勘でしか良質なデータを確保できませんでしたが、今は、デジタル技術やインターネット・ツールを使うことで、はるかに良質ではるかに大量のデータを入手できるようになったのです。
金属加工会社がDD経営に導入するデメリット
金属加工会社がDD経営を導入するデメリットは、メリットより少ないので、先にこちらを紹介します。
簡単でない、コストがかかる、考え方を変えなければならない、の3つのみ
金属加工会社がDD経営を導入するデメリットは、1)簡単な作業ではない、2)低コストとはいえコストがかかる、3)考え方を変える必要がある、の3点です。デジタルドリブンを実行するにはデジタル技術やデジタル・ツールを使いこなさないとならないのでスキルが必要です。その作業は簡単ではないでしょう。
そしてデジタル技術とデジタル・ツールの導入にはコストがかかります。そして最難関は経営者と従業員の考え方を変えることでしょう。「昔からこうやっているからこれが正しい」という手法はもう使えなくなります。何をするにもデータの裏づけが必要になります。「データがこのように示しているので、これを導入しよう」という考え方を会社の全員が持つ必要があります。金属加工会社がDD経営を導入するデメリットはこの3つくらいで、逆に、そのメリットはたくさんあります。
金属加工会社がDD経営に移行するメリットと、移行しないデメリット
金属加工会社がDD経営に移行するメリットと、移行しないデメリットを考えていきます。
経営や戦略や生産の確実性が増す
経営も戦略も生産も確率論的なところがあります。例えば経営者のなかには「10回失敗しても1回成功すればよい」と考えている人もいると思います。生産現場では試行錯誤が繰り返されていると思いますが、これも複数回の失敗を重ねて1回の成功を狙う方法です。
データドリブンは経営と戦略と生産の成功確率を高めるはずです。なぜなら金属加工では必ずデータが残るからです。したがって、データとおりに実行すれば必ず成功するはずです。もしデータとおりにやったのに失敗したら、データが少ないかデータが間違っていたか分析が間違っていたかのいずれか、またはすべてになります。成功に導くデータを集めることができれば、データ分析のとおりにやれば成功確率は高くなります。
顧客や消費者の多様なニーズに応えることができる
多品種少量生産が迫られるようになったのは、顧客や消費者のニーズが多様化してきたからです。データを集めればその多様化したニーズをデータでとらえることができるので、見える化できます。
以下のケースで解説します。
- 金属加工会社が部品をつくってA社に納入する
- A社はその部品でより大きな部品をつくってB社に納入する
- B社は最終製品をつくって消費者に販売する
例えば、ある金属加工会社がA社から部品製造を受注していたとします。A社は、その金属加工会社から部品を購入し、より大きな部品をつくってB社に納入していたとします。そしてB社は最終製品をつくって消費者に販売していたとします。金属会社はA社のニーズをつかむことで、正しい経営判断、戦略判断、生産判断ができます。同じ仕事が大量にあった時代はこれで経営は安泰していましたが、多品種少量生産時代ではこれでは売り上げを伸ばすことはできません。
もし金属加工会社が、B社のニーズを把握できたら、A社に「このような製品をつくりませんか」と逆提案ができます。さらに、もし金属加工会社が消費者ニーズを把握できたら、B社に直接営業をかけることでより大きな仕事を取ることができるかもしれません。さらに、消費者ニーズがわかっていれば、金属加工会社が自社で最終製品をつくって消費者に販売できるようになるかもしれません。あらゆる層の多種多様なニーズをデータでとらえることは、金属加工会社の「生き残り策」だけでなく「成長戦略」にもなるでしょう。
ライバルに差をつけられる
ある金属加工会社がKKD経営に固執してDD経営の導入に遅れていたとします。このとき、そのライバル金属加工会社がDD経営の導入に成功したら何が起こるでしょうか。KKD金属加工会社は衰退し、DD金属加工会社が繁栄することになるでしょう。
デジタル化した顧客に選ばれなくなる
インターネットやSNSが普及したことで、顧客は企業の実態や企業が提供する製品をかなり詳しく把握できるようになりました。製品についていえば例えば、種類、品質、価格、類似品、納期などはインターネットで把握できますし、企業がSNSの公式アカウントを持っていれば、顧客や消費者はダイレクトメッセージ(DM)で問い合わせすることができます。
この状況を「顧客のデジタル化」といいます。顧客がデジタル化しているのに、金属加工会社がデジタル化しないわけにはいかないはず。それにはDD経営の導入が近道です。
DD経営の実例~コニカミノルタの事例
DD経営の実例として、コニカミノルタの事例を紹介します(*3)。コニカミノルタもモノづくり企業なので、そのDD経営は金属加工会社の見本になるはずです。また金属加工会社にとって、コニカミノルタやその下請け企業は顧客になる可能性があるので、大企業メーカーのDD経営を知ることは顧客を知ることの一助になります。
*3:https://research.konicaminolta.com/jp/pdf/technology_report/2020/pdf/17_fujiwara.pdf
背景は品質・流通・コストの向上
コニカミノルタがDD経営に移行した背景にはクオリティ(品質)、デリバリー(流通)、コスト(以下、QDC)を向上させる必要があったからです。コニカミノルタには自社の生産ワークフローとサプライヤー(下請け企業群)の生産ワークフローが存在し、いずれも人、国、場所、変動による影響を受ける体制になっていました。そこでQDCを高めるには、人、国、場所、変動に依存しない生産ワークフローが必要であると考えたのです。それが自社とサプライヤーの生産のデータドリブン化(以下、生産DD化)でした。
生産本部とデータ分析部門を連携させた
生産DD化に着手したコニカミノルタが最初に取り組んだのは、生産部門とIoTサービス・プラットフォーム開発統括部の連携です。IoTサービス・プラットフォーム開発統括部は、データ分析を行う部署です。この連携によって生産部門は、データ収集能力とデータ分析能力を得ることができました。
コニカミノルタの生産現場ではこれまで、作業者たち困りごととデータ活用が結びついていませんでした。ただし、生産現場でのデータ取りは進んでいたので、あとは現場とデータを結びつけるだけ、という状態でした。
データの海に溺れないようにする
コニカミノルタの生産DD化の課題は「データの海に溺れないようにすること」。生産現場はデータ取りが進んでいたのに、なぜ困りごととデータ活用を結びつけることができていなかったのか。それは「取得されるデータが大量/リアルタイム/数値以外に変化してきたため従来の手法だけでは活用しきれなくなっていた」からです。これがデータの海に溺れている状態です。
リーダー、分析、ITエンジニア、現場の4者で進める
生産DD化は、1)リーダー、2)分析プロフェッショナル、3)ITエンジニア、4)実践メンバー(現場の作業者)の4者で構成するチームで進めることになりました。リーダーは現場の声を聴くなどして、データ活用を自分事として実感するために「業務の困りごとの解決」を目的にした分析テーマを設定しました。
そしてデータの海に溺れることを回避するために、実践メンバーと分析プロフェッショナルが二人三脚で作業にあたります。集めて分析したデータをすぐに現場で使えるようにしたわけです。また現場が必要とするデータを分析プロフェッショナルが分析するようにしました。「データ分析のためのデータ分析」から「現場のためのデータ分析」に変えていったのです。これらの作業を行いながら確実にQDCを向上させる生産ワークフローをつくっていきました。
板金プレス加工の課題を解決した
コニカミノルタの生産DDは早速、板金プレス加工の課題解決のために使われました。板金プレス加工部門には、金型摩耗、欠損、カス浮きなどによって金型不良が起き、その結果、製品の品質不良を起こすというリスクを抱えていました。従来、板金プレス加工部門ではこのリスクを回避するために、熟練技能者が複雑な金型のメンテナンスを行ったり、多くの品質検査を実施したりしていました。
したがって、メンテナンスの適正化ができていないという課題と、検査の手間・工数がかかりすぎるという課題がありました。そこでプレス機に、金型の歪みを検知するセンサーを設置。この歪みセンサーが金型の異常を検知したら、品質に影響が出る前にメンテナンスを行うルールにしました。さらに、歪みセンサーによる異常モニタリングにより、抜き取り検査が要らなくなりました。歪みセンサーの導入では、正常金型と不良金型を用意して、この2つで実際にプレスして正常製品と異常製品をつくり両者のデータを取りました。このデータにより、歪みセンサーがどこの歪みをどの程度検知しなければならないかを決めることができたのです。熟練工の仕事の精度を、データドリブンで再現した形です。
まとめ~まずはデータの海をつくることから
この記事の内容を箇条書きでまとめます。
- 金属加工会社もデータドリブン経営が必要なはず
- DD経営の最初の壁は良質なデータを大量に集めること
- デジタル化の進展により良質なデータを大量に集めるコストが安くなった
- 金属加工会社がDD経営を導入するデメリットは少なく、導入するメリットや導入しないデメリットは多い
- メリットには1)経営や生産の確実性が増す、2)顧客の多様なニーズに応えられる、3)ライバルに差をつけることができる、4)デジタル化した顧客に選ばれる企業になることができる
コニカミノルタの事例でみた「データの海に溺れる」ことは第2の壁といえるでしょう。まずはデータを大量に集める「データの海をつくること」に取り組む必要があります。