金属加工会社はEV時代を乗り切れるか

執筆者 | 1月 26, 2023 | ブログ

電気自動車

自動車部品を手がける金属加工会社は、エンジン自動車が電気自動車( 以下、EV )に置き換わる事態に戦々恐々としているのではないでしょうか。エンジン自動車の部品の数は3万個。それに対してEVの部品は2万個とされます。EV部品2万個のなかにはエンジン自動車で使っていないものも含まれるので、消える部品はその差の1万個(=3万個-2万個)より増えるはずです。

自動車部品・金属加工会社にとってEV時代は確実にピンチです。しかしピンチの裏には必ずチャンスがあります。そこでこの記事では、実際に行われているEV時代をチャンスに変える取り組みを紹介します。

ピンチを確認する

チャンスについて解説する前に、現状がどれほど危機的状況なのか確認しておきましょう。ピンチをチャンスに変えるには相当なエネルギーが必要で、それを生み出すには危機感を強める必要があります。EV時代のピンチの強さを知れば、危機感が強まるはずです。

EV時代とはエンジンの否定である

日本経済新聞の3本の記事を紹介します(*1、2、3)。

  • 記事1:ハイブリッド車も廃止、「エンジンのホンダ」がなぜ(2021年5月12日付)
  • 記事2:日産がエンジン開発終了へ(2022年2月7日付)
  • 記事3:EU、ガソリン車の新車販売禁止、2035年までに(2022年10月28日付)

記事1は、ホンダがエンジン自動車もハイブリッド車もつくらなくなる、というニュースを伝えています。ホンダの自動車部門は2040年以降、EVと燃料電池車しかつくりません。

記事2は、日産がガソリンエンジンの新規開発をやめることを伝えています。では日産が今後何を開発するのかというと、「EV」と「ハイブリッド車向け駆動装置」です。ハイブリッド車はエンジンを使いますが、日産は「ハイブリッド車のエンジン」ではなく「ハイブリッド車向け駆動装置」を開発するといっています。

記事3は欧州連合(EU)が、2035年にガソリンエンジン自動車とハイブリッド車とプラグインハイブリッド車の販売を禁止する方針であることを伝えています。EUで販売できるのはEVと燃料電池車だけになります。このような報道はまだまだありますが、この3本だけでも十分でしょう。EV時代とはエンジンの否定に他ならず、エンジンにはハイブリッドも含まれています。

*1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC274TA0X20C21A4000000/

*2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0797Y0X00C22A2000000/

*3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR27EZ50X21C22A0000000/

自動車メーカーも身を切る覚悟

EV時代の悲劇に見舞われるのは自動車部品メーカーだけではありません。自動車メーカー自身も身を切る覚悟が求められています。アメリカのフォードはEUに複数の工場を持っているのですが、その従業員を3,200人削減する方針を示しました(*4)。フォードもエンジン自動車の製造を減らしたりなくしたりしてEVをつくっていくのですが、EVは部品点数が少ないので製造工程が少なく、そのため工場作業員も少なくて済んでしまいます。

*4:https://www.nikkei.com/prime/mobility/article/DGXZQOUC2485G0U3A120C2000000

現実味を増すEV倒産、EV失業

「早く(自己破産の)決断をしなければ従業員に退職金すら払えなくなる」このように話すのは、2021年に自社の自己破産を申請した、大阪の自動車部品メーカーの元社長です(*5)。この自動車部品メーカーはエンジン製造用のアルミニウム鋳造機つくっていました。自動車メーカーと新しいエンジンの開発を進めていたところ、そのプロジェクトが突如中止になりました。元社長はEV時代が本格的に到来すると察知し、早めにギブアップしました。

さらに次のような数字もあります(*6)。

  • 自動車メーカーと1次下請け会社の38%がEV化による経営の悪影響を予想
  • アメリカは脱エンジンにより2050年までに、自動車部品メーカーの約70万人の労働者のうち11%に当たる8万人が失業する

EV危機は、かなりの高い確率で、しかもかなり深刻な状態で到来すると考えておいたほうがよさそうです。それを回避するのが次の道であり、そこにピンチをチャンスに変える方法があるわけです。

*5:https://mainichi.jp/articles/20220512/k00/00m/020/010000c

*6:https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00189/?P=2

金属加工会社はノウハウすら使えなくなるかもしれない

EV時代の悲劇は部品数の減少だけでなく、これまで培ってきたノウハウが無力化する可能性もあります。「すり合わせ」が使えなくなる可能性があります。

「すり合わせ」とは

「すり合わせ」はものづくり用語で、自動車業界だけでなく家電業界でも広く使われています。「すり合わせ」とは、複数の部品を合体させて1台の自動車をつくるときに、部品どうしがきちんと機能するように調整する作業のことです。日本の自動車メーカーや日本の自動車部品メーカーが強いのは「すり合わせ」のレベルが高いからです。

自動車メーカーと自動車部品メーカーは系列という企業グループを形成し、コミュニケーションを密にして「すり合わせ」をして完成車のクオリティを高めてきました。自動車部品・金属加工会社は、自動車メーカーや上位下請け企業から、常に品質に関する厳しい要求が出され、それに応えてきたはずです(*7)。

*7:https://xtech.nikkei.com/dm/article/WORD/20060224/113645/

「すり合わせ」から「組み合わせ」へ

自動車部品・金属加工会社にとって「すり合わせ」は貴重なノウハウになっています。ところがEV製造では「すり合わせ」の必要性が薄れ「組み合わせ」が重要になる可能性があります(*8)。EVは、複数のモジュールを組み合わせてつくることになりそうです。モジュールとは複数の部品を組み合わせた、機能的にまとまった大きな部品のことです。

例えばEVで使われるモーターはモジュールです。完成車からみるとモーター自体が部品ですが、モーターは複数の部品を組み合わせた機能的にまとまった大きな部品なので、モジュールというわけです。EVメーカーは、モーター・メーカーからモーターを買い、EVに取りつけていきます。つまりEVメーカーは、必要なモジュールを買ってきて、それを組み合わせるだけになります。

現行とEV時代の違いは次のようになるでしょう。

  • 現行:自動車メーカーと自動車部品メーカーで「すり合わせ」を行っている
  • EV時代:自動車メーカーはモジュール・メーカーからモジュールを買って「組み合わせる」

もちろん多少は「すり合わせ」の作業は必要になるでしょう。しかしEVメーカーはモジュール・メーカーに「すり合わせ」が要らないモジュールを求めるはずです。なぜなら「すり合わせ」は手間と時間とコストがかかるからです。

こうしたことから「すり合わせ」を得意としてきた自動車部品・金属加工会社はEV時代では、そのノウハウを使えなくなってしまうかもしれないわけです。

*8:https://www.kobelcosys.co.jp/column/monozukuri/20180601/

自動車部品メーカーが電極加工を手がける~安永の挑戦

株式会社安永は三重県に本社を置く、東証プライム市場上場の自動車部品メーカーで、トヨタ、日産、三菱自動車、GMなどを顧客にしています(*9、10)。エンジン部品を得意にしてきた安永は今、EV部品づくりに力を入れています。

*9:https://www.fine-yasunaga.co.jp/company/profile.html

*10:https://www.fine-yasunaga.co.jp/product/engine/top.html

電極に0.001mmの穴を大量に開ける

安永は、EV向け電池の開発競争は、これまでは材料開発が主だったが、これからは加工技術が問われる、と考えました。そこで電池の電極板に1マイクロメートル(0.001mm)の穴を大量に開ける微細突起金型技術を開発しました(*11)。電極板の穴が小さいほど、そして小さい穴が多くなるほど、電池の充電性能や寿命が高まります。電池はEVの性能のカギを握るので、電極板加工技術は安永のEV時代の生き残り策その1といえるでしょう。

*11:https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00117/00189/

エンジン以外の自動車部品をつくる

安永のEV時代の生き残り策その2は、エンジン以外の自動車部品をつくることです。安永はブレーキや動力伝達機構に関係する部品も手がけています(*12)。EVを単純化して説明すると、エンジン自動車からエンジンを抜き取って、代わりにモーターと電池を入れた自動車、となります。これはEVが、エンジン以外はエンジン自動車とほぼ同じであることを意味しています。

したがってエンジン自動車のブレーキや動力伝達機構はEVでも使われるはずです。自動車部品・金属加工会社は自動車づくりに詳しいはずなので、エンジン部品からエンジン以外の部品に切り替えることは、比較的ハードルが低いはずです。

*12:https://www.fine-yasunaga.co.jp/product/engine/other.html

変わることは避けられない

自動車部品メーカーからEV部品メーカーに代わろうとしている安永の姿勢は、すべての自動車部品・金属加工会社の参考になるはずです。自動車部品・金属加工会社がEV時代を生き抜くには変わることは避けられないでしょう。

国も自動車部品メーカーの変化を後押し

国も自動車部品メーカーに変わって欲しいと考えています。経済産業省は自動車部品メーカーに、EV開発の専門家を派遣する事業を行っています。その狙いは明白で「需要の縮小が見込まれるエンジン自動車向けの部品メーカーの業態を転換させること」です(*13)。この事業の対象は全国の中堅・中小の自動車部品メーカーで、EVの部品に精通した自動車メーカーや大手部品メーカーの出身者を無償で派遣します。

*13:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67731310Z10C23A1EP0000/

不要になる部品リスト

経営コンサルティングのフロンティア・マネジメント株式会社(本社・東京都港区)は、EV時代が到来すると年間6.5兆円分の部品が不要になると指摘しています(*14、15)。6.5兆円の内訳は以下のとおり。

■EV時代に不要になる部品リスト

  • エンジンブロック
  • エンジンヘッド
  • 燃料噴射装置
  • クランクカムシャフト
  • 潤滑装置
  • 冷却装置
  • 吸排気装置
  • 点火装置
  • トランスミッション
  • クラッチ
  • 燃料タンク

これらの部品に関わる金属加工会社は危機感を強めたほうがよい、といえます。

*14:https://www.frontier-mgmt.com/company/outline/

*15:https://frontier-eyes.online/car-parts_manufacturer/

4つの道

フロンティア・マネジメントはさらに、自動車部品メーカーがEV時代を生き残る方法として4つの道を示しています(*15)。

1つ目はモジュール・メーカーになることです。組み合わせる前の単体の部品をつくって上位下請け企業に納める部品メーカーから、自社部品や他社から調達した部品を組み立てて納めるモジュール・メーカーに変わるのです。ただモジュールをつくるにはコンピュータ・ソフトの技術が必要になるため、ハードルは高くなります。

2つ目は事業規模を拡大させることです。規模が大きな会社は価格交渉力も生産効率も上がります。そのためにはM&Aが有効になるでしょう。

3つ目は他の業界の部品をつくることです。部品を必要とするメーカーは自動車メーカーだけではありません。自動車メーカーの品質への要求はとても高いので、自動車部品をつくっている金属加工会社は、他の業界のメーカーからすぐに信頼されるはずです。また、他の業界のメーカーのなかには、高い技術力を持つ自動車部品メーカーに発注したいがなかなか受けてもらえないと感じているところもあります。金属加工会社がそのようなメーカーに営業をかければ受注できる可能性が高くなります。

4つ目は加工賃ビジネスに徹することです。自社で設計したり図面を描いたりせず、上位下請け企業から提供される図面にしたがって部品をつくります。そのために「買収される」タイプのM&Aが必要になるかもしれません。

1、2、3は大型投資を行って生き残る道であり、4はあえて縮小して生き残る道です。いずれにしても今まで歩んできた道から別の道に進むことは避けられないのではないでしょうか。

まとめ~今はまだ時間がある

この記事の内容を箇条書きでまとます。

  • EV時代とはエンジンの否定である
  • 自動車部品・金属加工会社だけでなく、自動車メーカー本体も身を切る犠牲が求められている(つらいのは部品メーカーだけではない)
  • EV倒産、EV失業が現実味を増している
  • ノウハウすら使い物にならないかもしれない
  • 安永のEV対策は、1)電極に微細な穴を開ける技術を開発、2)エンジン以外の自動車部品をつくる。すべての自動車部品メーカーの参考になるはず
  • 国も自動車部品メーカーのEV化を支援
  • 自動車部品メーカーの生き残る道は、1)モジュールをつくる、2)規模拡大、3)他の業界の部品をつくる、4)加工賃ビジネスに徹する

やるべきことはたくさんありますが、今ならまだ、それらをやる時間があります。