鉄スクラップはいわゆる鉄くずのことで、例えば廃棄された自動車のボディは鉄スクラップになります。ただ、鉄スクラップは産業界のなかで重要な位置を占めていて、貴重な資源とみなされています。「くず」という俗称は不当もいいところです。
鉄スクラップは「リサイクルしたほうがよいもの」などではなく、「リサイクルしなければならないもの」なのです。そのため日本でも世界でも鉄スクラップ市場が形成されています。鉄スクラップがどのように流通して、どのように価格が決まるのかを確認しながら、この市場の全貌に迫ってみます。
先進国は大量に売り、新興国が大量に買う
日本鉄リサイクル工業会によると、世界の国・地域が2021年の1年間に輸出した鉄スクラップは1億1,070万トンで、輸入された鉄スクラップは1億950万トンです(*1)。両者の差の120万トン(=1億1,070万トン-1億950万トン)は何らかの形で滅失したものと思われます。大まかにいうと、毎年どこかの国・地域が1億トンの鉄スクラップを売って(輸出して)、どこかの国・地域が1億トンの鉄スクラップを買っている(輸入している)ことになります。
日本に存在するすべての鉄製品のことを鉄鋼蓄積量といい、これには自動車のボディやビルの鉄骨からカミソリの刃にいたるまで含まれます。世界第3位の経済大国である日本の鉄鋼蓄積量が14億トン(2020年)なので、鉄スクラップの世界流通量1億トンは相当な量であることがわかります(*2)。
主な国・地域の鉄スクラップの輸出入の量は以下のとおり。
単位:1,000M.T | 輸出 | 輸入 | プラスは輸出超過、マイナスは輸入超過 |
日本 | 7,300 | 100 | 7,200 |
アメリカ | 17,900 | 5,300 | 12,600 |
EU | 40,100 | 29,000 | 11,100 |
アジア | 3,200 | 31,200 | -28,000 |
アフリカ | 1,600 | 1,900 | -300 |
日本は鉄スクラップを年間730万トン輸出し、10万トン輸入しています(*3)。つまり輸出超過の状態です。先進国は輸出が多く、新興国や発展途上国は輸入が多いという特徴があります。なぜ日本などの先進国では輸出が多く輸入が少ないのでしょうか。また、なぜ輸出するのに輸入もしているのでしょうか。
*1:https://www.jisri.or.jp/recycle/distribution.html
*2:https://www.jisri.or.jp/recycle/technology.html
*3:https://www.jisri.or.jp/recycle/distribution.html
なぜ日本は1)輸出が多く、2)輸出するのに輸入するのか
日本が鉄スクラップの輸出に積極的なのは、国内で使う量より、国内で発生する量のほうが多いからです。日本で発生する量は年間4,000万トンほどで、そのうち3,300万トンを国内で使い、700万トンを輸出しています(*4)。鉄スクラップを輸入するのに輸出もしているのは、鉄スクラップの価格に占める輸送コストが大きいからです。
廃棄された自動車で考えてみます。所有者が自動車を廃棄するには、引き取り手であるディーラーなどに運ばなければなりません。ディーラーは自社では、廃棄する自動車をスクラップにできないので、解体業者に持っていってもらわなければなりません。解体業者は廃車をスクラップにしたら、鉄スクラップ業者に引き取ってもらわなければなりません。そして鉄スクラップ業者が鉄スクラップを選別して鉄鋼メーカーなどに原材料として運びます。
つまり鉄スクラップの「元」や鉄スクラップは「所有者→ディーラー」「ディーラー→解体業者」「解体業者→鉄スクラップ業者」「鉄スクラップ業者→鉄鋼メーカー」と移動し、その都度、輸送コストが発生します。日本などの先進国は輸送費が高額なので、重量の割に単価が安い鉄スクラップやその「元」をこれだけ移動させると相当コスト高になります。それなら解体しただけの状態や鉄スクラップの「元」の状態で海外に売ってしまったほうが「お得」になります。
ではなぜ、鉄スクラップを大量に輸出する一方で輸入するのか。それは鉄スクラップにはたくさんの種類があり、品質が異なるからです。自動車やビルを壊しただけでは、そこから回収したもののなかに不純物が多数含まれています。そのままでは鉄鋼メーカーが使えないので、不純物を取り除かなければなりません。また、鉄鋼メーカーによっては、成分がわかるものや、大きさがそろったものを必要とします。成分や大きさをそろえるにはまたひと手間かかります。
高品質の鉄スクラップをつくるには手間とコストがかかります。そうなると鉄鋼メーカーは、国内の高品質鉄スクラップを使うより、海外から調達する高品質鉄スクラップのほうがコスト安になることがあります。低品質の鉄スクラップを海外に輸出して高品質の鉄スクラップを輸入することは、CO2排出の観点からは不利ですが、経済合理性は高いわけです。
*4:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/pdf/010_03_00.pdf
鉄スクラップ価格は1トン5万円の場合もあるし、マイナス円になることもある
鉄スクラップはいくらなのか。これは明確に答えを出すことができ、次のとおりです。
■鉄スクラップの価格(*5)。
●2022年8月の関東は1トン46,000~47,000円
地域によって異なりますが、今、日本で鉄スクラップを買おうとすると、1トン5万円くらい必要です。1トン5万円と聞いても、高いのか安いのかピンとこないと思います。実はそのピンとこない感じは、業界の人たちも同じです。なんと10年前の2012年8月の価格は、関東で1トン27,000~28,000円でした(*6)。これを約3万円とする、2022年が約5万円だったので10年間で約2万円も上昇したことになります。約67%(≒(5万円÷3万円-1)×100)の高騰です。日本は長らく物価が上がらないデフレ状態にあったので、10年で67%の価格上昇は驚異的な値上げといえます。
「驚異的」といいましたが、これより驚くべき現象が過去に起きています。2000年ごろに鉄スクラップの世界価格が急激に落ち込み、相対的に処理費のほうが高くなってしまいました。その結果、自動車などを解体して鉄スクラップをつくって売っても、解体コストを回収できなくなってしまったのです。それで鉄スクラップを有償で処分する現象が起きました。つまり、鉄スクラップを相手に渡してお金を受け取るのではなく、にお金をつけて相手に渡さなければならなくなったのです(*7)。
*5:https://www.jisri.or.jp/kakaku
*6:https://www.jisri.or.jp/kakaku/2012
*7:https://tetushigenkan.com/blog/?p=26739
さまざまな要因で鉄スクラップ価格が決まる
「鉄スクラップの価格はどのように決まるのか」と質問されて「さまざまな要因で決まる」と回答したら、質問者は納得しないでしょう。「その『さまざま』を聞きたいのだ」と思うはずです。しかし価格は本当に「さまざまな要因」で決まるので、そのように回答するしかありません。
2022年の乱高下について
直近の鉄スクラップ価格は乱高下しています。2022年8月までの1年間の関東の価格は、最安値が2022年8月の46,000~47,000円で、最高値が同年4月の65,500~66,500円です。66,500円は46,000円の1.4倍になります。乱高下が起きた理由について日本鉄リサイクル工業は次のように分析しています(*8、9)。
■2022年8月までの1年間の価格動向について
2022年4月下旬をピークに値下げに転じた国内鉄スクラップ市況は、7月にかけて下げ基調が続いた。8月も弱含み感が拭えないまま迎えたが、中旬以降に一転して急反発するという激しい展開をみせた。関東地区では8月初めから輸出船積みが続いたことに加え、関東鉄源協同組合の8月10日の落札価格が地場電炉価格を上回ったことが全国的に影響を与えた。
その後も海外からの日本産鉄スクラップに対する引き合いが増加。大手電炉メーカーが輸出に対抗する姿勢を鮮明に打ち出したこともあり、価格は急上昇した。8月末のH2炉前価格は、関東が¥46,000~47,000、関西が¥46,000~47,500とともに前月末比約6,000円高く、8 月は価格が反騰した月となった。
また、約4万円の水準で底値を迎えたため、日本の鉄スクラップの価格帯(レンジ)が新たなステージに入ったとの見方もある。 一方、カーボンニュートラルで注目される日本の高炉の購入量及び中国の輸入量は大方の予想に反し今年も伸びておらず、将来どのタイミングで増えるのかが注目されている。
専門用語が含まれていて読みにくいかもしれませんが、価格に影響を与えた要素は次のとおりです。
■2022年8月ごろの鉄スクラップの価格に影響を与えた要素
- 輸出船積み
- 関東鉄源協同組合の落札価格と地場電炉の価格
- 日本産鉄スクラップに対する引き合いの量
- 大手電炉メーカーの輸出への対抗姿勢
- カーボンニュートラル
- 日本の高炉の購入量
- 中国の輸入量
価格を変える要素はこんなにあります。したがって、何が価格に影響を与えるのかは、そのときになってみないとわかりません。
*8:https://www.jisri.or.jp/kakaku
*9:https://www.jisri.or.jp/market
中国の動向に翻弄されやすい
別の時期の価格変動要素をみてみましょう。以下は、2021年1月ごろの鉄スクラップの価格動向を分析したものです(*10)。
■2021年1月ごろの価格動向について
鉄スクラップ急騰の背景には中国の環境政策があります。中国のトップである習氏が昨年の9月の国連総会で「2060年よりも前に二酸化炭素(CO2)排出量の実質ゼロを実現するよう努力する」と宣言しました。
その実現に向けて中国国内の電炉の比率を10%から20%へ高める目標を掲げるとともに、従来中国が行っていた異物が混ざった鉄屑の輸入禁止を、再生鋼鉄原料という新たな規格を満たす上級品種等の輸入解禁をもって規制緩和したわけです。
一方で2021年1月末の急落に関しましては、電力会社の節電要請に応じた一部の電炉メーカーで生産調整を余儀なくされたことが要因の1つとなったのではないかと考えられ、さらに東京製鉄・宇都宮工場の定期修理にともない荷受け制限がたなされたことなどが重なり、スクラップ価格東西差をうんだのではないかと考えられています。 そして2021年2月に入ってからは、中国の前月行った規制緩和や台湾からの日本産鉄スクラップへの引合いが発生したことを踏まえ日本国内から海外への鉄スクラップの輸出傾向が強まり、日本国内の地場電炉向け価格も追随する形で上昇したと考えられています。
中国の政策の変更によって、日本の鉄スクラップ価格が大きく変動することがわかります。中国は世界第2位の経済大国で、日本はその近くにいて重要貿易相手国です。これからも価格は中国の動向に翻弄され続けることでしょう。
*10:https://www.daiwast.co.jp/blog/scrap-cost
鉄スクラップはそれだけ重要である
鉄スクラップの価格のつかみどころのなさは、株式投資と似ているところがあります。例えば日本製鉄の株価は次のように推移しています(*11)。
■日本製鉄の株価の推移
- 2012年10月:1,760
- 2013年12月:3,520
- 2020年7月:857
- 2022年9月:2,232
日本製鉄といえば日本を代表する世界的な鉄メーカーですが、その大企業の株価すらこんなに不安定なのです。それは世界企業は世界経済と日本経済の両方に振り回されるからです。鉄スクラップも世界経済と日本経済になくてはならない原料なので、その価格は2つの経済に翻弄されます。つまり鉄スクラップの価格が安定せず、ときに乱高下するのは、それだけ世界と日本で必要とされているから、といえます。