金属加工会社の経営者や従業員である以上は、金属疲労について知っておかなければならない――これはそのとおりなのですが、しかしそれ以上に重要なのは、この知識を持つことで得られる多くの利点です。
もし、金属加工会社が製造した部品の異常が原因で、それを組み込んだ製品が壊れた場合、賠償問題になる可能性があります。したがって金属加工会社は、金属疲労について理解し、壊れにくい製品をつくっていかなければなりません。また、金属疲労による破損の責任を回避する方法を知ることも、自社を守るために重要です。
金属疲労が「命を奪う」とは
金属疲労のメカニズムを解説する前に、これが人の命を奪う事故、事件を起こしかねないことを紹介します。「だから」金属疲労を起こす部品をつくってはいけない、と考えるとよいと思います。
大事故につながる
そもそも加工しにくく重く、コスト高な金属が使われるのは、壊れてはいけないからです。壊れてもよいものには、加工しやすく、軽く、コスト安な木材やプラスチックが使われています。
ではなぜ壊れてはいけないのかというと、壊れると大事故を起こすからです。自動車、飛行機、橋、エレベーターなどの部品が壊れると人が死ぬことがあります。したがって金属加工会社は、自社製品で人を殺さないように、金属疲労について知っておいたほうがよいのです。
日航機墜落事故(1985年)は圧力隔壁の疲労
1985年8月12日、羽田発大阪行き日航123便ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落し、乗員乗客524人のうち520人が死亡しました。世界の航空史上最悪の事故の原因は、圧力隔壁という部品の接合部が疲労によって破壊を起こしたことです。これにより翼などの飛行に欠かせない部品が吹き飛んで制御不能になってしまいました。
この飛行機は事故の7年前の1978年に、空港で尻もち事故を起こし、圧力隔壁が破損しました。そのとき修理したのですが、リベットの固定の仕方を間違っていたことがわかっています。この間違いが疲労を早めてしまったようです。
三菱自動車のハブ破損による死傷事故は事件化され逮捕者が出た(2002年)
横浜市で2002年、三菱自動車(現在は三菱ふそう)製の大型トレーラーから140kgの車輪が外れ、ベビーカーの親子連れに衝突。母親が亡くなり、2人の子供がけがを負いました。この車輪はハブという部品が壊れて外れたのですが、ハブは通常、廃車になるまで交換しない部品であり、つまり廃車まで壊れてはいけない部品です。それが金属疲労で壊れてしまいました。
三菱自動車の大型車の車輪脱落事故は1992年から起きていましたが、三菱自動車は「ハブの設計ミスではない」「大型車ユーザーの過積載や整備不良が原因だ」と主張してきました。しかし2002年のこの死傷事故(のちに死傷事件)により警察が捜査に乗り出したところ、三菱自動車は見解を一転させ設計上の問題を認めて約11万台をリコールしました。そして関係者が業務上過失致死傷容疑などで逮捕されました。
朝日新聞によると、三菱自動車は5種類のハブを設計するときに、強度や耐久性を調べる実車実験をしていませんでした。また、急旋回時にかかる力に耐えられるかどうかを調べる台上試験も、一部で行われていませんでした。つまり本来は廃車になるまで壊れてはいけない部品であるハブが、設計ミスにより廃車になる前に金属疲労で壊れるようになっていたわけです。
機械構造物破壊事故の8割は金属疲労
自動車などの機械や橋などの構造物の破壊事故の8割は金属疲労などの疲労による破壊が原因といわれています。そのため金属加工の領域には疲労試験があり、これを行えば金属製品の疲労破壊のしやすさがわかるわけです。そして疲労破壊しやすいことがわかれば、対策を講じることができます。
対策については後段の「金属加工会社ができる金属疲労対策」の章で詳しく解説します。
金属疲労のメカニズム
金属に力を加えれば壊れることは直感的に理解できます。例えば金属の強度を測る指標の一つに引張強さがあり、これは「これ以上の力で引っ張ると金属が壊れる」というものです。引張強さ以上の力が加わって金属が壊れる(破断する)のは当然の現象であり、これは金属疲労ではありません。
金属疲労は、一度や二度くらい加わっただけでは破断が起こらない弱い力なのに、その力が繰り返し加わることで破断する現象です。針金を手で軽く曲げても切断されませんが、何回も曲げているとそのうち切断(破断)されます。これが金属疲労です。先ほど「機械構造物破壊事故の8割は金属疲労などの疲労」と説明しましたが、金属以外の素材でも疲労は起きます。
「金属疲労は当たり前」とは考えてはいけない理由
ここまでの説明で「弱い力でも繰り返し加われば金属が破断するのは当然ではないか」と思うかもしれません。しかし当たり前と思わないほうがよいでしょう。なぜなら、金属疲労を起こしやすい金属製品と起こしにくい金属製品があるからです。つまり金属疲労のメカニズムを知れば、金属疲労を起こしにくくすることができるのです。
すべり帯ができて凹凸ができて裂けて切れる
金属に力が加わると、加わった箇所に、すべり帯という凹凸ができます。凹み(へこみ)を入り込みといい、凸み(つばくみ)を突き出しといいます。すべり帯が進行すると亀裂が生じます。これが金属に裂け目です。裂け目ができると断面積が減るため、弱い力でも切れて(破断して)しまうのです。
金属疲労の原因は、繰り返される弱い力だけではありません。金属内部に不純物があるとそこが起点になって、簡単にすべり帯ができてしまうことがあります。また同じ質量の金属部品でも形状によって金属疲労を起こしやすかったり起こしにくかったりします。
金属加工会社ができる金属疲労対策
金属加工会社は、メーカーなどの発注者が作成した仕様書にしたがって金属製品をつくります。したがって金属加工会社は仕様書とおりに金属製品をつくらなければならず、そのため金属加工会社が独自に金属疲労対策を実施することが許されないことがあります。
また、メーカーと金属加工会社が協力して金属疲労対策を講じてから金属製品の生産に入ることもあるでしょう。しかしそれでもなお、金属加工会社が金属疲労対策を知っておくメリットはあります。例えば、メーカーに逆提案ができれば金属製品に付加価値が生じるので、単価アップを狙えるかもしれません。
観察する
金属疲労対策その1は観察です。疲労試験で破断した金属片を電子顕微鏡でみると、金属のなかに異物(介在物)がみつかり、さらにそこを起点に亀裂が放射線状に伸びていることがわかることがあります。この場合、金属疲労を早める原因が介在物であることがわかるので、介在物がない材料(金属)を仕入れることが金属疲労対策になります。
予防には疲労試験が必要
疲労試験は、試験対象物(金属製品)にわざと力を加えて金属疲労による破断を短時間で再現するテストです。金属にはいろいろな特性があるので、その特性に応じて疲労試験を行わなければなりません。そのため疲労試験にはいくつか種類があります。
例えば回転曲げ疲労試験では、試験をする金属(試験対象物)を細長い形状にして、中央に切り込みを入れて、片端(かたはし)を固定して回転させます。固定していないほうの片端に重りをつけると、回転中に真っ先に切り込みが金属疲労を起こして破断します。何回転で破断したかを数えることで、試験対象物の耐久性を測定できるわけです。
重りの重さを変えることで、試験対象物の耐久性の性質を知ることができます。試験対象物が重い重りで少ない回転数で破断したら、「金属疲労を起こしやすい材質」と評価できます。軽い重りで一定の回転数以上回しても破断しなかったら、「その力では金属疲労を起こさない材質」と評価できるでしょう。
先ほど紹介した三菱自動車のハブ破損では、同社は、ハブに加わる力を想定し、「その力では金属疲労を起こさないハブ」をつくらなければならなかったのです。なお疲労試験には回転曲げ以外にも、引張圧縮やねじりなどがあります。
応力集中の低減
鋼材を使った橋(鋼橋)では、主要部材と2次部材の接合部に金属疲労が起きやすいとされています。その金属疲労を起こす原因のトップは応力集中です。応力集中は、部品に加わる力が1点に集中してしまう現象です。
例えば加工する前の金属片の状態では、それに加わる力は分散されます。ところが加工して金属片に穴を開けたり、曲げたりすると応力集中が起きやすくなります。応力集中は、穴や曲げの形状によって起きやすくなったり起きにくくなったりするので、応力集中を低減させる加工(穴や曲げ)をすれば金属疲労対策になります。
材料選定とさまざまな処理
金属疲労の起きやすさ・起きにくさは、金属の種類や製品の処理の仕方などによって異なってきます。例えばアルミニウムが簡単に金属疲労を起こすことは、誰でもジュースのアルミ缶でよく知っています。それでもジュース・メーカーがアルミを使うのは軽いという良い性質があるからです。
したがって、もしアルミに金属疲労を起こしにくい性質を持たせることができたら、軽いうえに金属疲労を起こしにくい理想の金属になります。これを実現したのが、アルミニウム合金や熱処理です。ジュースの缶に使われているアルミニウムが飛行機の部品にも使われているのは不思議な感じがしますが、それを可能にしたのが合金や熱処理なのです。
また、チタンはアルミニウム合金よりも金属疲労を起こしにくく軽量ですがコスト高という欠点があります。これでは設計者がいくら強く「金属疲労を起こさせたくない」と思っても、製品にチタンを多用することはできないでしょう。つまり金属疲労対策は、コストとの戦いでもあるわけです。
正確な加工と確実な検査
せっかく金属疲労を起こしにくい金属で、金属疲労を起こしにくい形状の製品をつくっても、加工がいい加減では耐久性が低下してしまいます。
そのため、当然なのですが、設計図とおりに正確に加工することが金属疲労対策になります。例えば、作業者のミスで金属製品に傷がついてしまったのに出荷してしまったら、その金属製品だけ著しく破断しやすいものになってしまいます。このような事態を起こさないためには、正確な加工と確実な検査体制が必要になります。
冗長設計
冗長とは、重複、不必要に長いこと、無駄という意味で、普通はネガティブな言葉です。したがって金属製品でも冗長設計をすべきではありません。
しかし金属疲労や耐久性のことを考えると、わざと冗長に設計することがポジティブに働くことがあるのです。金属製品の重要箇所に冗長な部分を設けておくと、重要箇所が破断しても冗長部分が耐えて全体の崩壊を防げるかもしれません。冗長設計は安全弁や保険の役割を果たすわけです。
金属加工会社が賠償責任を回避する方法
自動車や飛行機、橋などの最終製品が破壊して人身事故や物損事故を起こしたとき、「つくった者」に損害賠償責任や、ときに刑事責任が問われることがあります。ではこの「つくった者」とは誰でしょうか。最終製品をつくったメーカーでしょうか、それとも破壊の原因となった部品をつくった部品メーカーでしょうか。
部品メーカーである金属加工会社が、損害賠償責任や刑事責任を回避する策を講じることは決して「逃げ」などではありません。むしろ自社を守る行為であり、ひいては安全にもつながります。
メーカーや金属加工会社は責任を問われやすい?
製造物責任法(以下、PL法)は、製造物の欠陥が原因で生命、身体、財産に損害を被った場合に、被害者が製造業者などに損害賠償を求めることができることを規定した法律です。PL法の特徴は、被害者が加害者の過失を立証しなくてもよく、製造物に欠陥があることさえ立証すればよいことです。
これに対し、製造物ではないものによる損害、例えばサービスや自然物による損害は民法が適用されるので、被害者が加害者の過失を立証しなければなりません。製造物の被害者はその苦労が要らないのです。
つまり製造物については、被害者が製造者の責任を問いやすくなったといえます。この製造物には加工品も含まれるので、メーカーだけでなく金属加工会社も製造者になる可能性があります。ここで重要になるのは欠陥です。消費者庁はPL法上の欠陥を次のように説明しています。少し長くなるのですが、金属加工会社の責任を考えるときに重要になるので全文を引用します。
■PR法上の欠陥の定義
【製造上の欠陥】
製造物の製造過程で粗悪な材料が混入したり、製造物の組立てに誤りがあったりしたなどの原因により、製造物が設計・仕様どおりにつくられず安全性を欠く場合
【設計上の欠陥】
製造物の設計段階で十分に安全性に配慮しなかったために、製造物が安全性に欠ける結果となった場合
【指示・警告上の欠陥】
有用性ないし効用との関係で除去し得ない危険性が存在する製造物について、その危険性の発現による事故を消費者側で防止・回避するに適切な情報を製造者が与えなかった場合
金属加工会社が責任を問われやすいのは、製造上の欠陥のうち「製造過程で粗悪な材料が混入すること」と「製造物が設計・仕様どおりにつくられないこと」でしょう。もし損害を起こした製品の部品に製造上の欠陥がみつかったら、その部品をつくった金属加工会社の「せい」とみなされる可能性があります。
また設計上の欠陥でも、金属加工会社がメーカーと共同で設計をしていたら、金属加工会社の責任が問われるかもしれません。先ほど「金属加工会社ができる金属疲労対策」の章で紹介した内容が、欠陥の責任を回避する策になるはずです。
参照
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/pl_qa.html#q1
賠償責任を回避する方法
金属加工会社が賠償責任を回避する方法には次のものがあります。
■金属加工会社が賠償責任を回避する方法
- 仕様書、技術要件を明確にする
- 保証条件を限定する
- 使用条件を明確にする
- 免責要件を決める
- 検査項目を決める
いずれも発注者であるメーカーと交渉しなければなりません。要するに発注者と「こういうときはうちの責任だが、それ以外のケースではうちは責任を取らない」といったことを取り決めることになります。
金属疲労を警戒することが安全につながる
金属加工会社が発注者に「金属加工会社が賠償責任を回避する方法」を求めると、不快に思われるかもしれません。金属加工会社とメーカーとの力関係からすると、いいにくいでしょう。しかし金属疲労は命を奪うことすらある巨大なリスクなので、これを金属加工会社が負うことは得策ではありません。
そして、金属加工会社がメーカーに、使用条件を明確にしたり免責要件を求めたりすれば、「あとはメーカーの責任」となるのでメーカーに緊張感が生まれます。この緊張感は安全な製品をつくるモチベーションになるはずです。
金属疲労を警戒することは、安全な製品をつくる第一歩になりえます。