デジタルツインとは、現実世界のモノをデジタル空間で再現したモノです。現実世界とデジタル世界で同じものができるので「デジタルな双子(ツイン)」となります。デジタルツインのことを、バーチャルリアリティ(仮想現実)の超精巧なモノと理解してもよいと思います。デジタルツインはモノづくり業界で使われ、これにより、よりリアルなシミュレーションができます。
デジタルツインが進化すれば、モノづくり工程の大半はコンピュータ上で終わり「あとは実際につくるだけ」となるかもしれません。そしてこの最新デジタル技術は、金属加工の領域にも進出しています。
デジタルツインの基礎的理解
「モノづくりのデジタルツイン」や「金属加工のデジタルツイン」を解説する前に、デジタルツインそのものについて紹介します。
グーグル・アースは最も身近なデジタルツイン
グーグルが提供しているグーグル・アースは、最も身近なデジタルツインといえるでしょう。以下の地図は六本木ヒルズ周辺のもので、これはグーグル・マップでつくったものです。
上記のグーグル・マップの地図をグーグル・アースに切り替えると、以下の2枚のような3D画像になります。
グーグル・マップの六本木ヒルズは単なる記号ですが、グーグル・アースの六本木ヒルズは見事に本物の六本木ヒルズをデジタル空間に再現しています。したがってこれもデジタルツインと呼ぶことができます。
2002年、マイケル・グリーブス氏が提唱
総務省はデジタルツインを「インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現すること」と定義しています(*1)。デジタルツインの概念は2002年にアメリカのミシガン大学のマイケル・グリーブス教授が発表しました。デジタルツインの飛行機エンジンを動かせば、故障しやすい箇所を探すことができ、実際の飛行機エンジン開発に活かすことができます。
現実世界とデジタルツインがあるデジタル空間(≒サイバー空間、バーチャル空間)の関係は次のようになります。
- 現実世界からデータを取得して、デジタル空間でデジタルツインを動かす
- デジタルツインの動きを観察、分析したり、シミュレーションしたりする
- デジタルツインの観察結果や分析結果、シミュレーション結果を現実世界にフィードバックする
*1:https://www.soumu.go.jp/hakusho-kids/use/economy/economy_11.html
よりリアルなシミュレーションができる
モノづくりの現場でデジタルツインが活躍するのはシミュレーションです。シミュレーションとは、モデルを使って実験や観測を行い、予測や設計に役立てる取り組みのことです。
モノづくりではシミュレーションが不可欠
コンピュータ技術の向上により応力や流体などの解析の精度が高くなり、シミュレーション結果が実物の動きに近くなりました。例えば、自動車のボディの空気抵抗は、シミュレーションで得た空気抵抗の数値と、実物の自動車を実際に走らせたときの空気抵抗の数値がかなり近くなります。自動車の空気抵抗の数値がシミュレーションによって判明すれば、自動車の速度や燃費、コーナリング性能などを予測できます。
もし、シミュレーションで空気抵抗の数値が悪いことがわかれば、この段階でボディ形状を変えて数値を改善させることができます。この作業もコンピュータ上で行えるので手間がかかりません。シミュレーション技術がなければ、リアルの試作車をつくって空気抵抗を測定し、数値が悪ければまた試作車をつくらなければなりません。シミュレーションはモノづくりのスピードを速めるために欠かせない技術です。
従来のシミュレーションは観測要素が少なすぎる
従来のシミュレーション技術とデジタルツインの大きな違いは、シミュレーションで観測する要素の数です。デジタルツインは、膨大な数の要素を観察することで、シミュレーション精度を格段に向上させました。例えば、自社の工場に最新の金属加工機械を設置することになったとします。従来のシミュレーション技術でも、新設する金属加工機械の動きを観測することができます。これにより、事前にどのような製品をつくることができるのかがわかります。
しかし新設する金属加工機械のパフォーマンスは、工場内の環境によってかなり変わってきます。例えば新設する金属加工機械は、その前工程を行う場所と後工程を行う場所の間に置くことになるでしょう。このような配置にすることで流れ作業が実現します。
●新設する金属加工機械を置く場所の概念図
前工程の場所 | 新設する金属加工機械を置く場所 | 後工程の場所 |
しかし情報がこれしかないと、金属加工機械を置く向きや、作業員の動線、新しい機械を入れたときの前工程と後工程への影響などがわかりません。わからないことが多いのは、シミュレーションで観測する要素が少ないからです。つまり、新設の金属加工機械を工場に導入するシミュレーションは、金属加工機械に対するシミュレーションだけでは不十分といえます。そこでデジタルツインが必要になるわけです。
デジタルツインなら機械のシミュレーションを工場全体のシミュレーションのなかで行える
本物の工場のデジタルツインとはすなわち、コンピュータ上のデジタル空間にできた自社工場のことです。新設の金属加工機械のデジタルツインを、デジタルツイン工場のなかに設置すれば、「前工程→新設の金属加工機械→後工程」の作業をシミュレーションすることができます。新設の金属加工機械を置く向きが適切でなければ、このシミュレーションのなかで動線が適切でないことも確認できます。
デジタル空間内なので、何回でも新設の金属加工機械の向きを変えることができます。現実世界の工場で同じことをしようとすると、機械は何トンもあるので大変な作業になります。このようにデジタルツインを使えば、新設の金属加工機械のシミュレーションを、工場全体のシミュレーションのなかで行うことができてしまいます。これだけ綿密なシミュレーションを行っていれば、本物の新設の金属加工機械を本物の工場内に設置した瞬間から生産を始めることも不可能ではありません。
世界を驚かせたBMWとエヌビディアのデジタルツイン工場
ドイツの自動車メーカーBMWのデジタルツイン工場は、デジタルツインをモノづくりに導入した事例として世界のモノづくり関係者に衝撃を与えました(*2、3、4)。
*2:https://blogs.nvidia.co.jp/2021/05/10/nvidia-bmw-factory-future/
*3:https://digitalist-web.jp/trends/overseas/IxK6E
*4:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00540/030800005/
工場を丸ごと3Dデジタル・スキャンした
BMWは自社工場を丸ごと3Dデジタル・スキャンしました。このスキャン・データをベースにしてデジタルツイン工場をつくります。製造機械もデジタルツイン工場で稼働するようにして、さらに作業員も登場させました。こうしてデジタルツイン工場のなかで、デジタルツイン作業員がデジタルツイン製造機械を操作して次々と車をつくっていけるようにしたのです。技術的なサポートをしたのは、アメリカの半導体世界大手のエヌビディアです。
工場づくりをシミュレーションできるから簡単に新工場をつくることができる
このデジタルツイン工場により、工場を再構成するときも、工場を新設するときも、シミュレーションをすることができます。不具合が生じればデジタルツイン工場のなかで改善ができます。トヨタ自動車の「カイゼン」は世界の生産の在り方を変えた製造業革命でしたが、現場でトライ&エラーを繰り返すので手間と時間がかかります。
しかしBMWのデジタルツイン工場は「カイゼン」をコンピュータ上で済ませてしまうことができます。BMWは「自動車の生産ラインの改造は、デジタル世界に移行させることで簡単かつ素早く最適化することができる」とコメントしています。工場づくりが簡単になる、ということです。
DMG森精機のデジタルツインとは
日本勢でデジタルツインをモノづくりに活用しているのは、工作機械大手のDMG森精機です(*5、6)。
*5:https://www.dmgmori.co.jp/sp/dtsr/gsc/ja/
*6:https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nc/18/020600004/113000091/
工作機械をデジタルツイン化
DMG森精機がつくったデジタルツインは、工作機械です。DMG森精機の顧客である金属加工会社などは、同社から工作機械を購入するとき、事前に使い勝手を確かめたいと考えます。そこでDMG森精機はショールームに実機を置いて、顧客に操作してもらっています。しかし、ショールームでの実機体験では、顧客の担当者がわざわざショールームを訪れないとなりませんし、そこでわざわざ作業しなければなりません。
そこでDMG森精機は工作機械のデジタルツインをつくりました。これを使えば、コンピュータ上で、ワーク(加工素材)を切削したり、ドリルなどの工具を交換したりすることができます。加工条件も実機と同じように変更できます。物理特性も再現しているので、デジタルツイン工作機械でつくった製品は、実機でつくる製品とほぼ同じになります。しかもコンピュータ上でテストカット(試験的なワークの加工)ができるので、顧客はショールームに足を運ぶ必要がありません。
ショールームをデジタルツイン化
DMG森精機はデジタルツイン・ショールームをつくり公式サイトで公開しています(*5)。バーチャル空間にショールームをつくり、そこに5軸加工機や複合加工機などの同社製品のデジタルツインを配置。画像は3Dなので臨場感があります。工作機械の前に進むと、360度回転してみることができたり、機械の内部をのぞくことができたりします。ただ、この公式サイト上ではまだ、実際にデジタルツイン工作機械を動かすことはできません。その代わり実際に加工しているところの動画を貼り付けていて、それを視聴することになります。
まとめ~モノづくりの大半をデジタルで済ませる時代
記事の内容を箇条書きでまとめます。
- デジタルツインとは現実世界のモノをデジタル空間(バーチャル空間)で再現したもの
- デジタルツインを使うとよりリアルなシミュレーションができる
- BMWは工場を丸ごとデジタルツイン化して、そのなかでデジタルツイン自動車を製造することができる
- デジタルツイン工場を使えば新工場を簡単につくることができる
- DMG森精機は工作機械をデジタルツイン化して、顧客にテストカット(試験的なワークの加工)をしてもらっている
リアルとバーチャルの融合や、アナログとデジタルの合体は、金属加工でも有効に機能します。「モノづくりといえばリアル」という考えはもう古くなり、これからは「モノづくりの大半はデジタルで済ませ、リアルは製造と完成品だけ」となるのかもしれません。