工場を閉めるときの不動産売却方法

執筆者 | 8月 26, 2025 | ブログ

工場 売却

自社が保有する工場とその土地(以下、工場・土地)を売ることができれば、その売却益が経営者の「退職金」代わりになるかもしれません。しかし工場・土地は、不動産のなかでもかなり特殊なものなので売り方には工夫が必要です。高く売るためには、急がず計画的に進める必要があります。

会社の売却益が経営者の「退職金」代わりになる理由

工場・土地の売り方を解説する前に、会社の所有物である工場・土地を売って得たお金が、経営者の「退職金」代わりになる理由を紹介します。

廃業に際して会社が保有する工場・土地を売却し、その売却益を経営者個人が取得できるか否かは、債務状況と株式の所有状況によります。工場・土地が会社名義である場合、売却で得たお金は会社の利益として計上されるので、経営者の資産にはなりません。このお金は最終的には会社の株主に帰属します。ただ中小のものづくり企業では、経営者が発行済株式の全株式を保有しているオーナー企業の形態をとっていることがあります。この場合に限り、会社の利益が事実上、経営者個人の利益と一致します。

ただしこの場合でも、工場・土地の売却益を経営者個人が取得するまでには、さまざまな手続きが必要になります。会社に負債があれば、売却益はまず債権者への弁済に充当されます。債務をすべて返済したうえで会社に残った財産は残余財産と呼ばれ、これは株主に分配されることになります。

つまり、会社の資産がそのまま経営者個人に渡るわけではなく、一度会社の資産として清算処理されたあと、株主が受け取ることになります。さらに、会社の株主が複数存在する場合は、残余財産は出資比率(持株比率)に応じて按分されます。つまり経営者が取得できる額は保有株式数に比例します。

工場の土地を売却するときの注意点

土地の売り方と工場の売り方をわけて解説します。先に、処分がより難しい土地の売却方法を紹介します。

注意点1:土地がどの用途地域にあるのかを知る

工場が建っている土地は「どこにあるか」によって価格も売り方も変わってきます。「どこ」のことを用途地域といいます。工場経営者は売却の手続きに入る前に、工場がどの用途地域に建っているのか確認しましょう。

都市計画法における用途地域には、1)住宅や学校、小規模な店舗などが建てられる住居系地域、2)商店街や百貨店、オフィスビルなどが立地可能な商業系地域、3)そして主に工場の建設を目的とした工業系地域があります。自社の工場が工業系地域にある場合、その土地は工業用途に限定されてしまいます。その結果、近隣の住居系地域や商業系地域の同じ面積の土地と比べて、市場価格が低くなる傾向があります。

ただ、都市計画法が施行される以前に建てられた工場の場合、その土地が、現在の住居系地域や商業系地域にあることがあります。その場合、その土地の購入者は、工場を解体して住宅や商業施設を建てることができるので、つまり用途の幅が広がるので高値で売却できる可能性があります。なお、用途地域は市町村の都市計画課やホームページで確認できます。

住居・商業系地域にある工場は建て替えできない

工場が住居系地域または商業系地域にある場合に問題になるのが、既存不適格建築物です。建築物を建てた当時は合法だったが、その後の法改正や用途地域の変更により現在の法規制に適合しなくなったものを既存不適格建築物といいます。現在の住居・商業系地域にある工場は、この既存不適格建築物に該当する可能性が高いでしょう。

既存不適格建築物自体は合法なのですが、売却後に課題が生じます。住居・商業系地域にある既存不適格建築物の工場を買った人・企業は、その工場をそのままの状態で使うことはできるのですが、建て替えや大規模増改築をすることができません。工場経営者は、自社工場が既存不適格建築物であるときは、これを売るときに購入希望者にその旨を伝えておかないと、のちのちトラブルになりかねませんので注意してください。

注意点2:誰に売るか

土地を売るには、土地を買ってくれる人・企業を探す必要があります。売却する土地が工業系地域にある場合は、買い手はほぼ製造業企業に限られるでしょう。住居・商業系地域にある土地なら、住宅を建てる個人にも、商業施設をつくる小売企業にも売ることができます。なお実際は、工場の経営者が土地の買い手を探すわけではなく、不動産会社に買い手をみつけてもらうことになります。この点については後段の「不動産会社に売ってもらう~買取か仲介か」の章で詳しく解説します。

注意点3:「現状売り」か「更地売り」か

土地は、工場が建ったままの状態で売ること(以下、現状売り)も、工場を解体して更地にしてから売ること(以下、更地売り)も可能です。現状売りは売却コストがかからないが売却価格が下がり、更地売りは売却コストが高額になるが売却価格が高くなる、といった傾向があります。これからその土地を買う人・企業が工場を継続して使うなら現状売りがよいでしょう。しかし土地が住居・商業系地域にある場合は、更地売りのほうが売却益が大きくなるかもしれません。

現状売りのメリットとデメリット

現状売りのメリットは、工場経営者が工場の解体も、それによって生じる産業廃棄物の処分もしなくてよいことです。また解体を待たずに売ることができるので、早期に売却益を得ることができます。

現状売りのデメリットは、買い叩かれる可能性があることです。購入希望者が「購入後にこちらで工場を解体するので、その分の代金を販売価格から値引いて欲しい」と要求するかもしれません。この値引き販売を回避するには、工場をそのまま使ってくれる人・企業を探す必要がありますが、そのような人・企業は決して多くないため買い手探しに苦労するかもしれません。

更地売りのメリットとデメリット

更地売りのメリットは、買い手が増える可能性があることと、高額売却を期待できることです。その土地が住居・商業系地域にある場合は、工場の解体にかかるコストと手間を考慮しても更地売りを選択したほうがよいかもしれません。

更地売りのデメリットは、コスト、手間、時間がかかることです。土地が工業系地域にある場合はこのデメリットが大きくなるので、工場を引き継いでくれる人・企業を探して現状売りをしたほうがよいかもしれません。

注意点4:見積もりを取ってシミュレーションをする

現状売りか更地売りかの選択は、経営者にとってメリットが大きく、デメリットが小さいほうを選ぶことになります。そのためには、不動産会社や解体業者から見積もりを取り、費用や利益のシミュレーションを行って比較検討する必要があります。

工場本体を売却するときの注意点

工場本体の建物(以下、工場)の売却で問題になるのが、価格がつかない可能性があることです。また、場合によってはマイナス査定になります。つまり工場は、無価値どころか負の財産になるかもしれないのです。

注意点1:工場が無価値・負の財産になるか

現役で使用している工場が無価値、または負の財産になるのは、次のような理由があるからです。

  • 鉄骨鉄筋コンクリート造の工場の耐用年数は38年なので、帳簿上は築38年以上の工場はゼロ円になる。
  • 工場は、工場内の設備によって使い方が限られることがあり、買い手が多いとはいえない。買い手が少ないと買い叩かれる可能性が高くなる。
  • 購入希望者が土地だけに興味があり、工場を必要としていない場合、工場はコスト・プッシュ要因である。購入希望者から「土地の価格から工場の解体費用を差し引いた金額でなら土地と工場を買う」と提案されるかもしれない。

注意点2:買い叩かれないために買い手を探す

工場を適正価格で売却するには、その価値を見出してくれる人・企業を探す必要があります。その方法を考えてみましょう。

方法1:同業他社に打診する

自社と同じ製品をつくっている同業他社に工場・土地の購入を打診することは、最も有効な手段といえるでしょう。同業他社なら工場内の設備・機械をそのまま使うことができるので、工場の価値を最もよく理解できる存在です。

工場経営者は、全国の同業他社に「買って欲しい」と声をかけましょう。遠方にいる同業他社がその工場・土地を購入すれば、遠方に生産拠点を設けることができるからです。遠方に複数の生産拠点があれば災害リスクを減らすことができますし、生産拠点が営業拠点を兼ねることで販売エリアを拡大できます。

方法2:別の使い方を提案する

工場を生産以外に使えれば買い手がつくかもしれません。例えば工場の建物はそのままで、なかの設備・機械をすべて売却・処分すれば巨大な空間ができ倉庫や車庫に転用できます。倉庫や車庫であれば製造業企業だけでなく配送業や小売業の企業にも売却できるかもしれません。

方法3:不動産会社に買い手を探してもらう

これから廃業する工場経営者が、自分で工場の買い手を探すのは大変でしょう。その場合、不動産会社を頼ることができます。不動産会社に依頼すれば、買い手探しだけでなく、その後の価格交渉や売買契約の締結、登記などもサポートしてもらえます。

不動産会社に売ってもらう~買取か仲介か

工場・土地を売却するといっても、経営者自身が買い手をみつけて価格交渉をして、各種手続きを実施するのは現実的ではありません。これらの作業を一括して不動産会社に依頼することが一般的です。

ただ工場経営者が不動産会社に「丸投げ」することは得策とはいえず、それで工場経営者も工場・土地を売るときの注意点を把握しておいたほうがよいのです。不動産会社に依頼するときに最も重要になるのは、買取または仲介を選択することです。

工場・土地の売買の経験がある不動産会社を探す

工場経営者は、工場・土地の買取・仲介の経験豊富な不動産会社を探してください。工場・土地は、不動産のなかでとても特殊なものです。用途が限られているので買い手や利用者がごく少数しかいませんし、長年利用されるので流通量が限られるからです。

そのため一度も工場・土地を取り扱ったことがない不動産会社は珍しくありません。工場・土地を取り扱ったことがない不動産会社ではその価値を見出せず適正価格での売却が難しくなるでしょう。また買い手探しにも手間取るため、売却までに時間がかかります。最高額で売ってくれる不動産会社を、根気よく探してください。

買取と仲介の違い

買取とは、不動産会社が工場・土地を自ら購入して所有権を取得したうえで、最終的な購入者を探して転売する取引形態です。この場合の不動産会社の利益は、再販価格と仕入価格との差額(転売益)となります。

仲介とは、不動産会社が売主(工場・土地の所有者)と買主(購入希望者)との間に立ち、売買契約の成立を仲介する取引形態です。契約は売主と買主の間で直接締結され、不動産会社は売主から仲介手数料を得ます。なお、不動産会社が売主と買主の双方から手数料を受け取る双方代理が行われることもあります。

買取と仲介の、それぞれのメリットとデメリット

工場経営者には、買取にも仲介にも一長一短あります。

■工場経営者にとってのメリットとデメリット

  • 買取は早く現金を取得できるが、売却価格が低くなる可能性がある
  • 仲介は売却価格が高くなる可能性があるが、売却までに時間がかかる

買取は不動産会社にとってリスクが高いので、不動産会社は購入希望価格(売却価格)を低く提示するでしょう。しかし買取なら、工場経営者は自身で買い手を探す必要がないので、早く現金を得ることができます。仲介なら、工場経営者は自身で売却希望価格を設定できます。しかも不動産会社に支払うお金は仲介手数料だけです。しかし買い手が現れない限り売ることはできず、その間、現金を得ることはできません。最初は高値売却が期待できる仲介で進めて、買い手が現れなかったら買取に切り替える、といったこともできます。

税金も忘れずに

工場を閉めるときの不動産売却時の注意点は以上になりますが、高値で売ることができても気をつけなければならないことがあります。そう、税金です。

工場や土地を売却すると売却益に対して会社に法人税がかかり、土地の売却には消費税も課せられます。さらに会社を廃業する際には、残余財産に対して清算所得として法人税がかかります。そして、経営者が会社から現金を受け取れば、経営者個人に所得税・住民税が課されます。 工場・土地の売却と税金は切っても切れない関係にあります