金属加工の超基礎解説3- 熱処理

執筆者 | 2月 4, 2025 | ブログ

熱

金属加工とは何か、と聞かれて、真っ先に熱処理と答える人は少ないのではないでしょうか。それは熱処理がみえづらいからだと思います。切削なら形が変わるので金属を加工したことがすぐにわかりますが、熱処理した金属と熱処理していない金属をみても区別がつきません。

「みえない金属加工」である熱処理は、金属の内部に大きな変化を起こし便利な素材にします。「金属加工の超基礎解説」では金属加工の現場で登場する専門用語を、金属加工をほとんど知らない人でも理解できる言葉を使って紹介します。

なぜ熱を加えるのか「良い状態にするため」

なぜ金属に熱を加えるのか。そもそも熱処理は金属加工だけで使われる手法ではありません。例えば料理では、生のジャガイモや生肉を熱処理して食べやすくしたり、おいしくしたり、安全に食べられるようにしたりします。つまり熱処理は、良い状態をつくるために行うのであり、それは金属加工でも同じです。では、金属に熱を加えるとどのような良いことがおきるのでしょうか。

形を変えずに性質を変えられる

熱処理すると金属に次のような良いことが起きます。

■熱処理が起こす、金属の良い状態

  • 硬くなる
  • 強くなる
  • 粘り強くなる
  • 壊れにくくなる
  • 軟らかくする
  • 加工しやすくなる
  • 金属の組織を均一にする
  • 応力を除去する
  • 耐食性が向上する
  • 耐疲労性が向上する

いずれも金属の価値を高めています。これらの性質を、金属の形状を変えることなく実現できるのは、熱処理ならではの特長といえます。少し大げさに聞こえるかもしれませんが、これは人類にとって非常に大きなメリットです。

例えば、木材やコンクリートでは、性能を高めようとすると形が制限され、形を優先すれば性能が犠牲になることがあります。しかし、金属は熱処理によって性能を自在にコントロールできるので性能と形状の両立が可能です。この特性こそが、金属をさまざまな分野で欠かせない素材にしているのです。なお金属の組織、応力、耐食性、耐疲労性については後段で説明します。

4大熱処理

詳しい説明の前に「熱処理といえばこれ」といえる、次の4つの方法を紹介します。

■4大熱処理

  • 焼き入れ
  • 焼きもどし
  • 焼きなまし
  • 焼きならし

この4大熱処理を押さえておけば、熱によって金属の性質が変わるイメージが持ちやすくなるでしょう。

1.焼き入れ

焼き入れとは、金属を一定温度以上に熱し、その後、急激に冷ます手法です。焼き入れにより金属は、硬くなり、強度が増します。なお熱処理では、温かい熱を加えるだけでなく、熱を奪う処理も重要になります。

2.焼きもどし

焼きもどしは焼き入れのあとに行う行程で、再び加熱して冷まします。焼き戻しの加熱温度は焼き入れより低く、ゆっくり冷ましていきます。焼き入れ後に焼きもどしを連続して行うのは、硬くなりすぎた金属を丈夫な金属に変えるためです。硬いものはもろいので硬すぎる金属は壊れやすくなります。焼きもどしによって硬さは少し減りますが、その分、靭性が高くなります。靭性が高くなると粘り強さが現れ、その金属は壊れにくくなります。

耐食性と耐疲労性について

「焼き入れ+焼きもどし」には耐食性と耐疲労性を向上させる効果があります。耐食性とは、腐食しにくくなる効果のことです。腐食とは、金属が空気や水、酸などの周囲の環境に触れることによって劣化が起きることです。耐疲労性とは、疲労しにくくなる効果のことです。疲労とは、長期にわたって力が加わることで、本来は壊れないはずの小さな力でも壊れてしまう現象のことです。

3.焼きなまし

焼きなましでは、金属を加熱してからゆっくり冷却する作業を行います。ポイントは、時間をかけて冷やすことです。この過程を通じて、金属は軟らかくなります。軟らかい金属は加工しやすいので、複雑な形状の機械部品などをつくる際に焼きなましが施されます。さらに、焼きなましには金属の組織を均一化する効果もあります。組織が均一になると、加工時に割れにくくなります。これを応力の除去といいます。

応力と、応力の除去について

金属に力が加わると、その力が金属の内部に応力として残留されることがあります。残留応力が多い金属は、少しの力で壊れたり、使用中に短期間で割れたりするリスクがあります。焼きなましを行うとこの残留応力を大幅に低減できます。金属の組織が均一化されることも、応力の除去に寄与します。

4.焼きならし

焼きならしも金属を熱して冷ますのですが、冷却方法は空冷、つまり自然冷却です。焼きならしの英語名はノーマライジングで、つまりその目的はノーマルに戻すことにあります。例えば鋼材は、鋳造、鍛造、圧延という行程を経てつくられるのですが、これだけ金属を「傷めつける」と組織が不均一になります。つまり内部が「ぐちゃぐちゃ」になってしまうのです。

焼きならしによって組織が均一化され、ぐちゃぐちゃの状態が「整う」ようになります。焼きならしによって靭性が高まったり、残留応力が除去されたりします。

なぜ熱で金属が良くなるのか

4大熱処理を紹介しましたが、これはあくまで単純化した説明であり、実際の現場ではさまざまな調整が行われています。例えば、何度まで熱して、その後どれくらいの時間で何度まで冷ますのか、といったことを詳細に設定したり、冷ますのに水を使うのか、油を使うのか、自然冷却するのか、といったことを決めたりします。

また手法の種類も多く、例えば焼きなましなら、拡散焼きなまし、完全焼きなまし、球状焼きなまし、応力除去焼きなましなどがあります。熱処理は、処理条件を詳細に設定することで、望んだ性質を金属に持たせることができます。しかしそうだからといって、闇雲に当てずっぽうに条件を試すことはできません。そこで金属と熱の関係を原子レベルで調べて条件設定する必要があるのです。熱処理を理解するには金属の内部にもぐりこまなければなりません。

組織と結晶の解説

金属は原子でできています。金属のなかでは、原子が規則正しく並んで結晶を形成しています。しかし、金属全体は単一の結晶で構成されているわけではなく、小さな結晶(結晶粒)が集まった状態になっています。この複数の結晶粒どうしの境界部分(結晶粒界)では、結晶の並び方が乱れることがあります。

結晶が集まったものを組織といいます。したがって金属は、結晶が繰り返し並んでいる構造を持つ組織、と呼ぶことができるのです。日常で目にする金属は、組織化された結晶の集合体といえます。

熱で組織の状態をコントロールする

金属を原子、結晶、組織、の3つの単語を使って定義するとこのようになります。

●金属:規則正しく並んだ原子が結晶を形成し、その結晶が集まって組織をつくった物質

この定義の1つ目のポイントは、同じ原子を使っていても異なる組織になる、ということです。同じ原子でつくられた2つの金属は「同じ金属」といえるわけですが、組織が異なっている可能性があります。そのため「同じ金属」でありながら「組織が異なる金属」が存在することになります。では2つの「異なる組織の同じ金属」の違いは何かというと、強さ、硬さ、柔らかさなどです。組織の変化が金属の性質を変えるのです。

2つ目のポイントは、金属の組織は結晶の並び方によって異なり、その並び方は無数に存在するという点です。そのため金属は、組織の状態を変えることによって無数の性質を持つことができます。金属の組織は熱によって変化するので、それで熱処理は「組織の状態をコントロールして金属の性質を調整する手法」といえるのです。

微細構造と熱処理の関係

ここで少し「超基礎」から外れて、応用的な難しい解説をします。ただし、用語が難解なだけで理屈自体は単純です。金属を微細構造のレベルで把握すると、熱処理による金属組織の変化を正確にとらえることができます。金属の微細構造には、フェライト、セメンタイト、パーライト、オーステナイト、マルテンサイトといった名称がつけられています。ここでは鉄鋼を使って説明します。

フェライト、セメンタイト、パーライト、オーステナイト、マルテンサイト

鉄鋼は、そのなかに含まれる炭素の濃度によって組織が変化します(性質が変わります)。加熱時の炭素濃度が0.02%以下の状態では、鉄鋼の結晶に炭素が溶け込んでいて、これをフェライトといいます。フェライトの特徴は柔らかさです。炭素濃度が0.8%を超えると、フェライトに加えてセメンタイトが生成されます。セメンタイトには硬くてもろいという性質があります。

さらに炭素濃度が上がると、フェライトとセメンタイトが層状に重なり合うパーライトが形成されます。そこからさに炭素濃度を上げると、今度はセメンタイトが減少し、フェライトとパーライトが混在するようになります。この状態でパーライトを増やすと硬さが増し、靭性(粘り強さ)が減り、パーライトを減らすと逆の現象が起きます。

まだあります。フェライトとパーライトが混在する鉄鋼を焼き入れすると、まず、熱したときに炭素が溶け出してしまい、オーステナイトになります。オーステナイトには高温での強度と靭性のバランスが取れた性質があります。その後、急激に冷却すると、マルテンサイトという状態になり非常に硬くなります。このときゆっくり冷却してしまうと、フェライトとパーライトができてしまうので硬くなりません。

以上の流れを箇条書きでまとめました。

  • フェライト:炭素濃度0.02%以下
  • セメンタイト:炭素濃度0.8%超:硬くてもろい
  • パーライト:さらに高い炭素濃度。フェライトとセメンタイトが層状になっている
  • フェライトとパーライトの混在:さらに高い炭素濃度。セメンタイトが減少
  • フェライトとパーライトが混在した鉄鋼を熱する→オーステナイト。強度と靭性
  • オーステナイトを急激に冷やす→マルテンサイト:硬い
  • オーステナイトをゆっくり冷やす→フェライトとパーライトができる:軟らかい

有能なだけに熱処理を間違えると大変なことになる

金属を熱処理すると良いことが起きます。なぜなら金属は、熱で組織の状態を変えると性質が変わり、組織を変えることで必要な性質を持つ金属に変えることができるからです。熱処理は「みえない金属加工」でありながら有能な金属加工といえます。

ただ熱処理は、人の意思を熱を介して金属に伝えるようなものなので、熱のコントロールを間違えると、人が望む性質を金属に持たせることができないどころか、望まない性質を金属に持たせることになります。「みえない」だけに熱処理は難しい金属加工なのです。