金属加工会社の多くは、発注企業の下請けとして製品を製造したり、特定の業務を委託されて仕事を行ったりしています。もし金属加工会社の経営者が「経営が大変だ」と感じているなら、それは発注企業に依存したBtoBビジネスをしていることに原因があるかもしれません。
その場合、BtoCに転換することで現状を打破できる可能性があります。この記事では、金属加工会社がBtoCに挑戦するメリットと課題を紹介します。
BtoBは生殺与奪を握られる
なぜBtoBの金属加工会社がBtoCに挑戦したほうがよいのか。その答えは「BtoB企業は発注企業に生殺与奪を握られているから」です。2つの企業間の取引はBtoBビジネスと呼ばれ、下請け企業や委託業務を請け負っている会社は発注企業を顧客としているのでBtoB企業になりします。一方、消費者を直接顧客にしている会社はBtoC企業です。
ではなぜBtoB企業は、他者に自分の命運を握られてしまうのでしょうか。
下請けいじめの実態
金属加工会社を含む製造業は、下請け企業と受託企業が多い業界といえます。例えば自動車メーカーは日本に10社ほどありますが、下請け・受託企業である自動車部品メーカーは4,000~5,000社もあります。下請けいじめがなかなかなくなりません。
公正取引委員会が2023年度に下請法違反行為として指導した件数は8,268件。違法行為には下請代金の減額、不当な返品、買い叩き、要らないものの購入の強制、不当な経済上の利益提供要求、不当なやり直しなどがあります。いじめを受けても仕事をもらわなければならない状態のことを、生殺与奪を握られている、といいます。下請けいじめに遭う理由はいくつかあると思いますが、最大の理由は下請け企業であることです。
参照:
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jun/240605.html
もちろんBtoBのメリットは大きい
「下請けからの脱却」や「BtoCへの挑戦」といっても、金属加工会社が完全にBtoBビジネスをやめてしまうことは難しいでしょう。なぜならBtoBビジネスは安定的であり、BtoCビジネスは不安定的だからです。発注企業は部品や原料、製品などを大量かつ継続的に購入するので、それらを供給する下請け・受託企業は安定的に仕事と売上を確保できます。
一方、消費者は気まぐれで、流行が去っただけで買わなくなることがあります。したがって下請け・受託企業にとっては、発注企業のほうがありがたい顧客であり、消費者は予測不可能な恐い顧客と映るでしょう。このような事情があるので金属加工会社がBtoCに挑戦するときも、BtoBビジネスはこれまでとおり確保しておいたほうがよいでしょう。しかしそれでもなお「下請け・受託企業の悲哀」を考えるとBtoCの道を切り拓いていったほうがよいわけです。
BtoCの魅力は利益率が高く、消費者を囲い込めること
BtoBビジネスが安定的で、BtoCビジネスが不安定的なら、なぜ金属加工会社はわざわざBtoCに挑戦したほうがよいのでしょうか。それはBtoCには次の2つのメリットがあるからです。
■BtoCビジネスの果実
- 利益率が高い
- 消費者を囲い込める
一つずつ解説します。
利益率は、トヨタは15%、アイシンは3%
BtoC企業は自社製品を直接消費者に売ることができるので、直感的に「中間マージンを取られないから利益率が高い」と理解できると思います。では中間マージンを取られないことが、どれだけ経営にプラスになるか示します。以下の表は、トヨタ自動車株式会社と、トヨタ系部品メーカーの株式会社アイシンの、2024年3月期(2023年4月~2024年3月の1年間)の連結決算の一部です。
2024年3月期(2023年4月~2024年3月の1年間) いずれも連結 | ||
単位:百万円 | トヨタ自動車 | アイシン |
売上高 | 45,095,325 | 4,909,557 |
税引前利益 | 6,965,085 | 149,877 |
利益率 | 15.4% | 3.1% |
トヨタは45兆円を売り上げて、7兆円の利益をあげているので、利益率は15.4%です。アイシンは4.9兆円を売り上げて、1,500億円の利益をあげているので、利益率は3.1%です。確かにアイシンは部品メーカーなので、トヨタの下請け・受託企業のような会社ですが、とはいえ世界有数の自動車部品メーカーです。それでも利益率はトヨタの5分の1にすぎません。
もちろん状況によっては発注企業が赤字に陥り、下請け企業が黒字経営を続けることもあるでしょう。しかしビジネスの構造は、下請け・受託企業が発注企業の利益を支えています。下請け・受託企業は「発注企業のために部品をつくっている」わけですが、それは同時に「発注企業の利益のために部品をつくっている」のです。
参照:
https://global.toyota/pages/global_toyota/ir/library/securities-report/archives/archives_2024_03.pdf
https://www.aisin.com/jp/investors/securityreport/20240704.pdf
消費者にリーチできることの強み
BtoB企業であることの最大の欠点は消費者に接触できないことです。最終的にお金を支払うのは消費者なので、BtoC企業が消費者を囲い込めるメリットはとてつもなく大きいといえます。金属加工会社は、自分たちがつくった金属部品が組み込まれた製品を使う消費者に対して何もできません。消費者に売り込むことも、消費者と価格交渉をすることも、消費者に向けて広告を出すことも、消費者にリピーターになってもらうマーケティングをすることも、金属加工会社はできません。
しかし金属加工会社から部品を仕入れて最終製品をつくっている企業なら、ブランディングをして商品の価値を高めることができれば、原価や製造コストをはるかに上回る価格で販売することができます。リピーターを獲得できれば(消費者を囲い込むことに成功すれば)、高い利益率で販売し続けることができます。
高付加価値かき氷をつくった金属加工会社
BtoB企業がBtoCに挑戦して成功した事例を紹介します。
新潟県長岡市の株式会社サカタ製作所は、創業1951年、資本金1,320万円、2023年売上高64億円、従業員数175人の、建築金物をつくる金属加工会社です。主力製品の折板(せっぱん)は、工場や倉庫、カーポートの屋根に使われる波打った金属板です。このようなサカタ製作所が、究極のかき氷をつくりました。かき氷を食べるのは消費者なのでBtoCに進出したことになります。
単結晶氷とは
サカタ製作所がつくった商品は単結晶氷です。同社は長岡技術科学大学の氷雪工学研究室と共同で特殊な製氷機をつくり、単結晶氷の製造に成功しました。
単結晶氷は、水分子が乱れることなく縦方向に並んでいるため、氷の結晶の一つひとつが大きくなり、結晶どうしの境目である粒界が少ない特徴があります。普通の氷が白く濁っているのは粒界がたくさんからですが、単結晶氷は粒界が少ないので透明度が高くキラキラ輝いています。さらに、硬くて解けにくいという良い性質もあります。
単結晶氷をつくる製氷機は放射冷却という手法を使っています。戸外の池の水が自然に氷ると透明になるのは、上から下へ一方向だけで冷えるからです。これが放射冷却です。サカタ製作所は1kgの単結晶氷を税込1,404円で売っています。コンビニで普通に売っている氷は1kgで300円ほどなので、同社が驚くほど付加価値の高いBtoC向け商品を生み出したことがわかります。
かき氷機もつくってしまった
サカタ製作所の祖業は、大工が使う鉋(かんな)の製造でした。つまり刃物が得意な会社なのです。そこで同社は、刃物で氷を削る、かき氷機「アイスフレーク」もつくりました。同社は単結晶氷やアイスフレークをつくる取り組みを「新潟かき氷プロジェクト」と銘打っています。
アイスフレークは刃物の形状と氷の回転スピードを工夫していて、ふわふわ食感のかき氷をつくることができます。アイスフレークは業務用で、飲食店がこれを購入してかき氷をつくって消費者に提供しているので、厳密にはBtoB製品です。しかしサカタ製作所と消費者の間には飲食店しかないので、限りなくBtoCに近いBtoBといえるでしょう。
なおアイスフレークを使っている飲食店のなかには、かき氷を1杯900円で販売していたり、1日800杯売る店があったりします。アイスフレークが高付加価値商品を生み出していることがわかります。
やるべきことをやっている企業が、やるべきことをやったまで
BtoB企業のサカタ製作所は、突然BtoCに挑戦したわけではありません。そこには同社の企業理念がありました。
同社はかつてソーラーパネルの取り付け金具の製造に着手しましたが、しばらく赤字が続きました。それでもようやく、改良とコストダウンを黒字化できました。このときサカタ製作所社長の坂田匠さんは「黒字になったことを喜ぶのではなく、この黒字で生まれたお金を、ほかの新規事業の立ち上げに使いたい」と思いました。そして実際に、ソーラーパネル金具の儲けを原資にして、異なる種類の金属を原子レベルで一体化させる拡散接合の技術開発に着手しました。
坂田さんはさらに「拡散接合の事業が黒字になったら、また次の開発の種となる事業の赤字をそれで補っていく」と言っています。さらに同社は、男性の育児休業取得率100%を達成したり、コロナ禍前からテレワークを実施したりしています。
こうした数々の優れた取り組みから、サカタ製作所のBtoCへの挑戦は「常にやるべきことをやってきた企業がやるべきことをやったこと」といえそうです。
ソニーですらBtoBを嫌がってBtoCに戻った
BtoBとBtoCの間で揺れ動いているのはソニーグループ株式会社(以下、ソニー)も同じです。ソニーはかつて、ウォークマンやパソコン、家電を製造、販売していた、バリバリのBtoC企業でした。ところが先進的な家電はアメリカのアップルに獲られ、テレビや白物家電は中国メーカーに獲られ、ソニーのBtoC製品は激減します。ソニーの事業別売上高構成比はこのようになっています。
■ソニーの2023年度上半期の事業別売上高構成比(連結)
- ゲームとネットワーク:29.1%
- 音楽:13.0%
- 映画:12.4%
- エンターテイメントの技術とサービス:20.2%
- イメージング&センシング・ソリューション:11.1%
- 金融:13.5%
- その他:0.7%
(計100%)
このうち、映像機器、オーディオ、デジタルカメラ、スマートフォンなど、昔のソニーが得意としていたBtoC製品に該当するのは「エンターテイメントの技術とサービス」で、ご覧のとおり20.2%しかありません。それでソニーは、これまで培ってきた電気、電機、電器、電子の技術を使って「イメージング&センシング・ソリューション」事業を始めました。これらはいずれも部品であり、つまりBtoB製品ですが、その売上高は11.1%にすぎません。
そしてソニーが「エンターテイメントの技術とサービス」より「イメージング&センシング・ソリューション」より力を入れてきたのは、ゲームとネットワーク(29.1%)、音楽(13.0%)、映画(12.4%)、金融(13.5%)で、これらを合わせると68.0%になります。いずれの事業も顧客は消費者なので、ソニーは今再びBtoC企業に戻ったわけです。つまりソニーは、「古いBtoC」ビジネスで敗れてBtoBビジネスに進出したものの、「新しいBtoC」ビジネスで成功したのです。
2016年に、当時のソニーの社長が次のように発言しています。
「ソニーはBtoBを重要なビジネスであるとみているが、コンシューマー(消費者)に対して商品のイノベーションを提案し続ける企業でありたいと考えている。BtoCをやっていくことを明確にしたかった」これを意訳すると「ソニーはBtoC企業からBtoB企業になったが、BtoCをあきらめたわけではない」となるでしょう。BtoCは、超大企業があきらめきれなかったほど魅力的なビジネス形態なのです。
参照:
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/IR/library/report
https://news.mynavi.jp/article/20160112-ces2016_sony03
課題は営業、宣伝、販売、マーケティング、リスク
金属加工会社がBtoCに挑戦するメリットを紹介しましたが、「そんなことは知っている」と感じた方がいると思います。BtoCビジネスの魅力を知っていても、BtoB企業の悲哀と苦難を味わっていても、それでもBtoCに挑戦しないのは、超えるべき壁が多く、高く、分厚いからでしょう。
BtoCビジネスを手がけることは、本当に大変なことです。
金属加工会社がBtoCに挑戦するには、もちろん消費者が使う最終製品をつくらなければならないわけですが、それ以外にも営業、宣伝、販売、マーケティングを自社で手がけなければならず、それには多額の投資が必要で、リスクも大きくなります。この壁を越えることは簡単なことではありませんが、「やっている」金属加工会社がある以上、できないわけではありません。