自動車は金属加工でつくるもの、という認識は、金属加工業界に根強く残っているのではないでしょうか。しかし次世代の自動車づくりにおいては、ソフトウェアがコア技術になるかもしれません。最新のソフトウェアを積んだ自動車こそが、売れる車、優れた車、高付加価値の車になるかもしれないのです。
この記事では、自動車メーカーが現在、ソフトウェア開発をどれほど強力に推進しているかを紹介します。自動車部品をつくっている金属加工会社には、この変化は危機になりえるでしょう。なぜなら自動車メーカーがソフトウェア開発に莫大な資金を投じれば、その分、金属加工への投資が減ると考えられるからです。
「もう金属加工では自動車を差別化できないのではないか」と考えてみる
次のような仮説を立ててみました。
■仮説:確かに自動車には、半永久的に金属加工が必要になる。しかし次世代自動車は金属加工では差別化できず、ソフトウェアが自動車の価値と優劣を決めるのではないか。
どれだけ電動化、IT化されても、自動車には金属でしか出せない強度とコストが必要なので、金属加工が不要になることはないでしょう。
しかし自動車づくりが「金属加工がメイン、ソフトウェアはサブ」から「ソフトウェアがメイン、金属加工はサブ」になる可能性は十分あります。つまり、金属加工では自動車を差別化できず、ソフトウェアの優劣が自動車の優劣を決めるようになるかもしれません。
「ソフトウェアがメインになる」というシナリオの根拠
ハード重視からソフト重視に変わることは、何も自動車に限ったことではありません。例えばパソコンは、当初はハードウェアが付加価値を生んでいましたが、その後製品が成熟してくるにしたがってソフトウェアが性能を左右するようになりました。そしてパソコン・メーカーは、巨大最先端メーカーから格安メーカーに変わり、ソフトウェア開発会社が莫大な利益を得るようになりました。
スマホも同じで、アップルやサムスンが付加価値の高いハードウェア(スマホ)をつくって活躍していますが、それでも格安スマホが数多く誕生しています。その一方で、スマホ向けアプリをつくる会社はやはり急成長しています。
なぜハードからソフトへの変換が起きるのか。ハードウェアは物理的な存在なので、大きくしたり小さくしたりすることに限界があります。しかもハードウェアを進化させるには、進化した機械や設備が必要になるので、進化コストが高額になるわけです。
しかしソフトウェアは人のアイデア次第でいくらでも進化できます。しかも少人数のチームでも世の中を変えるくらいのソフトウェアをつくれるので、進化コストは低額です。これと同じことが自動車業界でも起きているのではないかというのが、上記の仮説の根拠になります。
ソフトウェア重視はすでに自動車で起きている
もっとも、ソフトウェアが動かす仕組みは、現在市販されているほとんどすべての自動車に導入されています。車体も、スピードも、燃費も、安全装置も、ワイパーの速度ですらソフトウェア≒コンピュータが制御しています。
そしてソフトウェアは、自動車本来の使い方以外の用途を自動車に持たせることにも役立っています。地図を確認することやテレビをみることは、自動車本来の使い方ではありませんが、カーナビやモニターによって自動車内で可能になっていて、ここにもソフトウェアが使われているのです。つまりソフトウェアはすでに、自動車に走る道具以上の価値をもたらすことができています。この流れがさらに強まるのが次世代自動車です。
テスラのEVは、購入してからソフトウェアで進化できる
ソフト化された次世代自動車の姿は、一部がすでに現実のものになっています。アメリカのテスラがつくる電気自動車(以下、EV)です。自動車評論家の五味康隆氏はテスラを念頭に置きながら「このままでは海外のEVに日本車が対抗できなくなる恐れがある」と述べています。テスラのEVがゲームチェンジャーになりうる力を持っているのは、スマホやパソコンと同じように、ソフトウェアによって購入してからも進化できるからです。
参照:https://president.jp/articles/-/46586
電気とコンピュータは相性が良い
日本の自動車メーカーも細々とEVをつくっていますが、テスラや中国メーカーにまったく太刀打ちできていません。このEVの弱さが、ソフト化された自動車づくりにおいて日本メーカーの弱点になるかもしれません。次世代自動車において「日本メーカーが負ける」とまではいえせんが、少なくともアドバンテージは見当たりません。
なぜなら電気とコンピュータは相性がいいからです。つまりEVとソフトウェアは相性がいいのです。電気で動くものはソフトウェアでダイレクトに操作・制御でき、これがテスラの強さの源になっています。
ソフトウェアで価値を高める
スマホは、買ったばかりのころはできることが限られていますが、アプリを含むソフトウェアを次々ダウンロードすることでできることが増えていきます。テスラも同じで、EVを購入してからソフトウェアをダウンロードすることで自動車の性能を高めたり、利用できるサービスを増やしたりすることができます。
テスラのオーバー・ジ・エア(以下、OTA)はインターネット経由でEVのソフトウェアを更新(アップデート)する技術です。OTAの対象になるのは、自動運転、カーブ対応ヘッドライト、ブレーキ、地図またはルート、眠気警告、音楽や動画の視聴、ドアのロックと解除、空調の調整、充電履歴、充電ステーションの探索などです。これらの機能の性能が、OTAによって定期的にアップデートされていきます。
現代の自動車は、購入してから時間が経つにつれて価値が低下していきます。それは自動車の部品は劣化したり陳腐化したりするからです。テスラのEVも物理的部品は時間の経過とともに劣化・陳腐化していきますが、ソフトウェアは、インターネットを使ったアップデートという手法で常に最新のものにすることができるのです。しかもインターネットを使うので、オーナーはEVを整備工場に持っていく必要がありません。
参照:
https://www.tesla.com/ja_jp/support/upgrades
https://www.tesla.com/ja_jp/support/tesla-app
https://www.tesla.com/ja_jp/support/software-updates
車内をエンタメ化
次世代自動車の価値を高める要素に、車内のエンタメ化があります。自動車のなかで楽しくすごせるようになると、自動車で移動することの苦痛がなくなるうえに、その時間が人生を豊かにします。
この点に目をつけたのがソニーグループです。電気屋であり家電屋でありIT屋でありエンタメ屋でもあるソニーグループは2020年に、コンセプトEV「ビジョンS」を発表しました。自動車屋ではないソニーグループがEVを手がける理由について、同社はこう語っています。
”自動車を、5Gと自動運転で、自宅のリビングのようなくつろぎとエンターテイメントの場所にするため”
コンセプトEVは市販車ではなく、あくまで試作品なのですが、ソニーグループは本気です。自動車屋のホンダと一緒にEVをつくるソニー・ホンダモビリティ株式会社をつくったほどです。
ビジョンSには、オーディオ・システムや、映画やゲームが楽しめる大型スクリーン、通信機器、ボイス・アシスタント(音声操作システム)などが搭載されています。これらの機能にもソフトウェアが必要です。つまりビジョンSは、電気屋兼家電屋兼IT屋兼エンタメ屋でなければつくれない自動車であり、自動車屋ではつくれないEVであるといえます。
参照:
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/vision-s/entertainment.html
ソフトウェア定義型自動車(SDV)はスマホ化した車
ソフト化された自動車には実は正式名称があって、ソフトウェア定義型自動車(ソフトウェア・ディファインド・ビークル、以下SDV)といいます。SDVは自動車に搭載したソフトウェアをアップデートすることで、自動車の機能を改善していく仕組みです。テスラもビジョンSもSDVです。
ハードありきではなく、ソフトありき
現行の自動車も大量のソフトウェアを使っているわけですが、これはハードウェアを動かすためのソフトウェアという位置づけになっています。例えば、「エンジンに供給する燃料の量を調整しなければならない→ならばソフトウェアで制御しよう」といった具合にソフトウェアをつくります。つまり、ハードありき、です。
一方のSDVは先にソフトウェアを定義して、そのあとにハードウェアを決めていく、という段取りを採用します。つまり、ソフトありき、です。ソフトウェアはしたいことをするためのツールなので、「ソフトウェアの定義」とは、したいことを決める、という意味になります。
したがってSDVでは、「自動車でしたいことを決める→ソフトウェアを定義する→必要なハードウェアを用意する」といったように自動車をつくっていくことになります。SDVは自動車のスマホ化、といわれることもあります。アプリを使うためにスマホを所有するように、ソフトウェアを使うためにSDVを買うようになるでしょう。
トヨタのSDVはアリーンという
トヨタもSDVに着手していて、アリーンという自動車向け基本ソフト(OS)をつくっています。OSとは、ソフトウェアを動かすためのソフトウェアのことで、スマホならアンドロイドOS(グーグル)、やiOS(アップル)、パソコンならウインドウズ(マイクロソフト)がOSです。ではトヨタはアリーンを使って「自動車で何をしたい」のでしょうか。トヨタは次の4つを挙げています。
■トヨタが次世代自動車でしたいこと
- 運転者が自動車に乗り込んで「洋服を買いたい」と言うと、自動運転でデパートに連れていってくれる
- 旅行の日程を自動車に読み込ませると、電車や飛行機の時刻に合わせて駅や空港に送り届けてくれる
- 自宅の居間のテレビでゲームを楽しんでいたが、出勤の時刻になったので自家用車に乗り込んだ。会社に到着するまで、車内のモニターでゲームの続きができる
- 1台のEVで、スポーツカーの乗り味やクラシックカーの乗り味を経験できる
トヨタはこのような自動車社会をSDVで実現しようとしています。この4つの作業を自動車にさせるには、個別にソフトウェアが必要になりますが、アリーンを一度つくってしまえば、それらの作業用のソフトウェアを次々アリーンの上に載せていくことができます。アリーンがあれば、開発者(トヨタ)は作業用ソフトウェアを次々つくることができますし、既存の作業用ソフトウェアの改良も容易になります。
また利用者(自動車のオーナー)は、あたかもオプションを購入するように、自分が欲しい作業用ソフトウェアを注文して、自動車でできることを増やすことができます。アリーンは顧客体験が充実させるでしょう。トヨタは、「アリーンは自動車の魅力を高める知能化であり、お客様の生活を豊かにするもの」と説明しています。
参照:
独立独歩のホンダもSDVでは独自開発をギブアップ
SDVは自動車業界の再編を進めるかもしれません。SDVができない自動車メーカーは消えてしまうかもしれません。ホンダは国内では、トヨタ陣営にも日産陣営にも加わらない独立独歩の会社でしたが、2024年にSDVで日産と組むことを決めました。ホンダと日産は「次世代SDVプラットフォームに関する基礎的要素技術の共同研究契約」を締結したのです。
両社は「次世代SDVプラットフォームについて基礎的要素技術の共同研究契約を締結し、両社の共創による新たな価値の提供を目指して検討を進めていきます」と述べています。なぜホンダは独立独歩方針を変えたのか。なぜ日産は自陣営にホンダを迎え入れたのか。その答えは、両社が出したプレスリリースに書かれてあります。
■ホンダと日産の共同プレスリリースから(2024年8月1日)
「自動運転やコネクティビティ、AIなど、今後クルマの価値を決定づけ、競争力の源泉となるソフトウェアの領域は、技術革新のスピードが非常に速く、両社の技術的知見や人材など、リソースの融合による相乗効果が得やすい領域だと考えています」
これを要約すると、これからソフトウェアの重要性がますます高まるが、それを1社や少数の会社で開発するのは無理、となるでしょう。ホンダはソフトウェア開発に本気です。同社は2030年までに、EV事業とソフトウェア開発に10兆円を投資します。このような動きはまさに「自動車づくりはもはやソフトウェア開発」でしょう。
参照:
https://global.honda/jp/news/2024/c240801a.html
https://global.honda/jp/news/2024/c240516.html
中国EVのBYDは半導体すら自前生産
中国のEVメーカーBYDは、テスラと同じくらい、日本の自動車産業を揺るがす存在になっています。世界のEV市場はテスラとBYDが二大巨頭で、トヨタも日産も「その他大勢」に含まれてしまいます。BYDは元はスマホ用バッテリーのメーカーでしたが、自動車メーカーを買収して、自社の電池を積むEVをつくりました。そのためBYDはEVの心臓部の一つである電池で大きなアドバンテージがあります。
BYDはさらにEVに使う半導体まで自分たちでつくっています。そこには外部サプライヤー(部品メーカーなどの他社)への依存度を低下させる狙いがあります。強靭なEV王国をつくるイメージです。ソフトウェアはコンピュータにのっていて、コンピュータは半導体で動くので、BYDはSDV時代を「大元=半導体」を握ることで乗り切ろうとしていることがわかります。
参照:
https://blogs.ricoh.co.jp/RISB/technology/post_930.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/12/d7af8ac6c5c8a69e.html
「EV減速、ハイブリッド勝利」と喜んでいる場合なのか
2024年現在、EVの勢いが低下しているという報道が目立ちます。トヨタはEVの流行に「少ししか」のらず、その経営判断が称賛されています。さらにいえば「ハイブリッドがEVに勝った」という雰囲気すらあります。ここには「やっぱり自動車といえばニッポン」という自負があるのかもしれませんが、これで決着するのでしょうか。
携帯電話をインターネットに世界で初めてつなげたのは日本メーカーでしたが、スマホでは日本勢の影が薄くなっています。同じことが自動車業界で起きないといいのですが。なぜこのような懸念をするのかというと、ソフトウェアで自動車を進化させやすいのは、やはりEVだからです。さらにいえば、EVは最近誕生したばかりの未来の自動車であるのに対し、世界初のハイブリッド車プリウスが誕生したのは1997年であり、ハイブリッドは古い技術といえます。
もちろんハイブリッドは古くなっても十分価値があるのですが、EVは、画期的なソフトウェアが開発されたら大化けするポテンシャルを持っています。自動車部品を手がける金属加工会社には、しばらくは、自動車用ソフトウェアやEVの動向を注視することをおすすめします。