アメリカのテスラといえば電気自動車(EV)メーカーとして知られていますが、その裏で金属加工の歴史を塗り替える革命的な技術を開発したことをご存知でしょうか。その名もギガキャスト。これは、従来の自動車製造の常識を一変させる、超巨大高圧鋳造技術です。これまで171個の部品が必要だった自動車の車体部分を、わずか2個の部品でつくれるようになりました。
ギガキャストの技術革新のインパクトは計り知れず、自動車業界の王者、トヨタさえもその技術を取り入れるほどです。自動車製造と金属加工のゲームチェンジャーをもたらしたのは、やはりイーロン・マスク氏でした。
マスク氏「おもちゃのように車をつくろう」
ギガキャストは金属加工技術の一つなので、その価値は機械から生み出されているわけですが、それよりもすごいのは発想力です。ギガキャストの概要を解説する前に、ギガキャストの誕生の様子を紹介します。
ここでも常識破り
テスラの共同創業者でCEOのイーロン・マスク氏は、自社のEVの製造工程をみて、複雑すぎると感じました。そして「おもちゃのように簡単に自動車をつくろう」と提案します。
複数の金属部品を溶接でつなぎ合わせるから製造工程が複雑になり、手間がかかり、時間がかかり、コストがかかり、失敗が増えます。そうであるならば、複数の金属部品を合体させてつくる大きな金属部品を、1個の部品でつくればよいのです。大きな金属部品の型を取り、その型に溶かした金属を流し込めば(鋳造すれば)、自動車をおもちゃのようにつくることができます。
しかし普通の人は「そんなに大きな型はつくれないし、仮に型をつくれたとしても金属を流し込むのは容易ではない。だから複数の部品をつなぎあわせているのです」と考えるでしょう。ところがマスク氏は、高圧鋳造で小さい金属部品をつくれるのなら、高圧鋳造を巨大化すれば大きな金属部品をつくることができるはずだ、と考えます。
イタリアの高圧鋳造マシン・メーカーがつくった
テスラは世界中の高圧鋳造マシン・メーカーに「こういうものをつくって欲しい」と打診しましたがことごとく「つくれない」と言われました。ギブアップしたメーカーのなかには、あとで紹介する日本のUBEマシナリーも含まれていました。
唯一テスラの要望に応じたのがイタリアのIDRA(イドラ)社でした。高圧鋳造マシンは強い力(高圧)で金型を固定する必要があるのですが、当時の最高出力は4,000トンでした。しかしイドラ社は、テスラが求める大型金属部品をつくるのに必要な6,000トンを叩き出す高圧鋳造マシンを完成させます。
驚くべき効果
テスラは2020年に、モデルYというEVのリア・アンダーボディを6,000トン高圧鋳造マシン(のちのギガキャスト・マシン)でつくりました。リア・アンダーボディとは、車体の下部のうしろの部分です。テスラはさらにその後、フロント・アンダーボディ(車体の下部の前の部分)も6,000トン高圧鋳造マシンでつくることに成功します。
これにより、従来171個の金属部品でつくっていたアンダーボディを、1個のリア・アンダーボディと1個のフロント・アンダーボディの計2個でつくれるようになりました。ギガキャストはトヨタも真似ることになるのですが、それもそのはずで、その効果は驚くべきものでした。
手間が減る
ガソリンや軽油で動くエンジン自動車が限られたメーカーでしかつくれないのは、部品点数が多いうえに、製造に高い技術が求められるからです。エンジン自動車は約3万個の部品を使っていて、そのなかでもエンジンやトランスミッション、燃料関連の部品はミクロン・レベルの精度が必要になります。
一方、EVの部品点数は1万個程度で、エンジン自動車よりはるかに簡単につくることができます。それでEVづくりでは新興メーカーや小規模メーカー、小資本メーカーが台頭できるわけです。ギガキャストは、171個の部品をつなぎ合わせる手間を、2個の部品をつなぎ合わせる手間にまで減らすことができるのでゲームチェンジャーになりうるのです。
時間が減る
手間が減れば製造時間も減ります。自動車は、ごく少数の高級車以外は、安くつくらないと売れないので、メーカー各社は短時間で大量につくろうとします。どの自動車メーカーも1秒単位で製造時間を削っています。したがってギガキャストで大型部品をたくさんつくって製造時間を短くすれば、生存競争に有利に働きます。
コストが減る
手間が減れば誰でも自動車をつくれるようになるので、人件費を削ることができます。また、製造時間が短くなれば工場作業員の拘束時間も短くなるので、これも人件費の抑制にプラスになります。またテスラは、ギガキャスト・マシンを1台導入したことで溶接ロボットを300台減らせたといいます。テスラのギガキャストのコストダウン効果はトータルで4割減にもなりました。
製造コストが減れば、自動車メーカーはその資金を研究や開発に回すことができ、より良い自動車をつくれるようになります。ギガキャストは大規模コストダウンを生み、大規模コストダウンは自動車メーカーの発展を支えます。
失敗リスクが減る
2つの部品を接続すると、1つの部品では発生しない失敗リスクが発生します。接続するとズレたり外れたり強度が落ちたりするからです。したがって171個の部品を2個に減らせば、失敗リスクが大幅に減ります。
強度が増す
自動車には高い強度が求められますが、部品が多くなるほど強度は低下します。くっつけた部分が壊れやすくなるからです。そのため部品点数を少なくすると強度が増します。自動車づくりでは、強度を出すために手間をかけるのですが、部品点数が少なくなると手間がかからないうえに強度が出ます。だからギガキャストは画期的な手法であり、製造革命になりうるのです。
スペースが要らない(製造ラインを短くできる)
171個の部品をつなぎ合わせるには、171回以上の工程が必要になります。自動車製造では工程が増えるほど製造ラインが長くなるので、その分だけ工場を広くしなければなりません。部品点数が減ると工程が減るので製造ラインを短くでき、スペースを節約できます。ギガキャストは、より小さい工場での自動車製造を可能にします。
高圧鋳造とは
ギガキャストの基本技術は高圧鋳造です。普段よく目にする鋳物製造では、重力鋳造(金型鋳造)や砂型鋳造が一般的ですが、高圧鋳造はそれらとは一線を画す技術が使われています。
重力鋳造(金型鋳造)と砂型鋳造とは違う
型に金属を流し込んで製品をつくるという点では、高圧鋳造も重力鋳造(金型鋳造)も砂型鋳造も同じです。しかし重力鋳造(金型鋳造)と砂型鋳造では高い圧力は使いません。高圧を使わない方法を知っておくと、高圧を使うメリットがわかりやすいので、まずは重力鋳造(金型鋳造)と砂型鋳造を確認しておきます。
重力鋳造(金型鋳造)は金型に溶けた金属を流し込み、固まったところで金型を開いて製品を取り出します。溶かした金属を、重力を使って上から下に流すので名前に「重力」がつきます。
砂型鋳造は、金型の代わりに砂でつくった型を使います。重力を使って上から溶けた金属を砂型に流すのは重力鋳造(金型鋳造)と同じですが、砂型鋳造は金属が固まったら砂型を破壊して製品を取り出します。繰り返し使える金型に対し、砂型は1回しか使えません。なお砂型鋳造でも重力を使っているわけですが、重力鋳造といえば金型鋳造のことを指すのが一般的です。
高圧で溶けた金属を流し込むメリット
高圧鋳造は、強い力で溶けた金属を金型に流し込みます。強い力が必要になるのは、複雑な形状の製品や薄い製品(薄肉製品)をつくるためです。
金属は溶けていてもドロドロしているので、水のようにサラサラと流れていくわけではありません。そのため複雑な形状の製品や薄肉製品の金型を使うと、重力の力だけでは溶けた金属が隅々まで行き届かないことがあります。それで強い力で溶けた金属を押し込んで金型内の空間に隙間なく金属を埋めていきます。
高圧鋳造が大型製品づくりに向かないのは超高圧が必要になるから
高圧鋳造は新しい技術というわけではありませんが、そのままではギガキャスト・マシンはつくれませんでした。それはギガキャスト・マシンでつくる製品がおおよそ1m×2m×50cmと大きく、なおかつ複雑・薄肉だからです。
そのため強い力で溶けた金属を流し込まなければなりませんが、そうするとその勢いで金型がズレてしまいます。ズレないようにするには6,000トンもの力(型締力)で金型を抑えつけなければならないのですが、従来の高圧鋳造マシンではそれだけの型締力を出すことができませんでした。なお高圧鋳造の「高圧」は型締力のことであり、溶けた金属を流す力のことではありません。
だからといって大型部品の形状を単純にしたり厚肉にしたりしてしまうと重量が増して自動車の運動性能が落ちたり、金属を多く使うことになってコスト高になったりします。それでは大型部品をつくるメリットがなくなってしまいます。イタリアのイドラ社が技術の壁をブレークスルーしたことで、大型製品をつくれる高圧鋳造マシンのギガキャスト・マシンが完成しました。
トヨタも「追いつけ、追い越せ」
トヨタは2024年8月に、愛知県内の自社工場にギガキャスト・マシンを2024年末までに導入すると発表しました。完成すれば国内最大級の鋳造設備となります。この対応は「どうしたトヨタ」ともいえますし、「さすがトヨタ」ともいえそうです。
どうしたトヨタ
ただし、2024年内にギガキャスト・マシンが稼働しても、これでつくるのはまずは試作部品で。販売用のEVに使う部品をつくるわけではありません。ギガキャスト・マシンでつくった部品を販売用のEVに使うのは2026年ごろとされています。テスラは2020年にギガキャストを実用化しているので、トヨタの2026年からの実用化は「どうした」という印象を受けるのではないでしょうか。
モーターや電池、ソフトウェアは新しい技術なのでテスラが先行しても「仕方がない」ところですが、ボディづくりや金属加工は自動車づくりの大先輩であるトヨタのほうが有利なはずで、この領域でテスラに負けるのは痛手でしょう。
さすがトヨタ
しかし、トヨタが日本の自動車メーカーのなかでいち早くテスラの手法を取り入れたことは「さすが」といえます。自動車世界王者のプライドを捨てて実を取ったことは英断ではないでしょうか。
また、ギガキャスト・マシンほどの大きな影響力を持つ機械は、自動車づくりと工場の在り方を大きく変えます。つまり追加投資だけでなく既存設備の廃棄も必要になってきます。ギガキャストの前工程と後工程にも影響を与えるはずです。これだけの大変化を、トヨタのような大型恐竜が素早く受け入れることができたことも「さすが」といえるでしょう。
日本の総合力で巻き返せるか
ギガキャストは、最初にテスラが利用したため自動車生産の技術、というイメージが強いのですが、実際は鋳造技術であり金属加工技術です。そのためギガキャスト・マシン開発では、金属加工業界の会社に頑張ってもらう必要があります。
そしてギガキャストが普及してほかの日本の自動車メーカーも使えるようになれば、日本の自動車産業を盛り返すきっかけになるかもしれません。UBEマシナリーと大同特殊鋼の取り組みを紹介します。
UBEは9,000トンの超々高圧鋳造マシンを開発
先ほど紹介したとおり、UBEグループのUBEマシナリー株式会社(本社・山口県宇部市)は、テスラから6,000トンの超高圧鋳造マシン(=ギガキャスト・マシン)をつくって欲しいと要請されギブアップしました。これは2020年より前のことです。
UBEマシナリーはその雪辱を果たすべく、2024年8月に9,000トンのギガキャスト・マシン「UH9000」の販売を開始しました。9,000トンは6,000トンの50%アップであり、超々高圧鋳造マシンといえるでしょう。
大同特殊鋼はギガキャスト用の鋼を開発
大同特殊鋼株式会社(本社・名古屋市)は2024年9月に、ギガキャスト・マシンに使う金型用の鋼の販売を開始しました。この超特殊な鉄の名称は「DHA-GIGA」です。
ギガキャストでは大型の部品をつくるので、その金型も大きくなります。金属部品は体積が大きくなると焼入という処理が難しくなり必要な性能を確保しにくくなります。しかも金型に加わる力は強まるばかりです。そのためギガキャスト・マシンの金型には破損しやすいという欠点がありました。
そこで大同特殊鋼はギガキャスト・マシンの金型に使う鋼の化学成分を見直して、破損しにくくしました。DHA-GIGAの焼入処理の効果は、従来の金型用鋼の4倍になっています。同社は日本、中国、アメリカ、ヨーロッパ、韓国、台湾で特許を出願し、2030年の売上目標は40億円としています。ただ、DHA-GIGAのメインの販売先は中国です。大同特殊鋼によるとギガキャストの適用は中国で先行しているそうです。
素早く取り入れることは得策!?
日本の自動車メーカーはEVの生産と販売でテスラに完敗し、中国メーカーにも太刀打ちできません。この状況について「日本メーカーはエンジンとハイブリッドに注力していたから、EVで負けるのは仕方がない」とみる向きもありますが、テスラによるギガキャストの発明は、車体づくりでも金属加工でも日本メーカーが負けているのではないか、と心配させます。
したがってトヨタがすぐにギガキャストを後追いしたことは、仮に「物真似」という批判を受けたとしても正しかったのではないでしょうか。それでもなお、日本発の画期的な自動車製造技術の誕生を待ち望んでしまいます。