金属加工会社の経営者が「利益を増やしたい」と考えたとき、製造原価を把握することは最初の一歩になるでしょう。なぜなら利益を増やすにはコストダウンが必要であり、コストダウンをするには製造原価を構成する要素を一つひとつ見直す必要があるからです。この記事では製造原価について解説したうえで、製造原価を使った利益アップ策を紹介します。
製造原価は6個の費用からなる
製造原価の理解の難しさは、一見すると簡単にみえてしまうところにあります。「製品をつくるときにかかるコストでしょ」と単純に考えてしまうと、製造原価の本質を見失ってしまうかもしれません。確かに製造原価の定義は「製品をつくるときに発生したすべてのコストを足したもの」なのですが、では「つくるときに発生するコスト」とはなんでしょうか。また、「すべてのコスト」とは、どこまでを指すのでしょうか。
製造原価の構成要素のコストは、次の6個の費用に分類されます。
■製造原価を構成する費用
- 直接材料費
- 間接材料費
- 直接労務費
- 間接労務費
- 直接経費
- 間接経費
製造原価には材料費、労務費、経費の3つの費用があり、それぞれに直接費と間接費がある、という構成になっています。そして落とし穴になりやすいのが間接費です。
材料費、労務費、経費とは
直接・間接費を確認する前に、ベースとなる材料費、労務費、経費を紹介します。金属加工会社の場合は、材料費に計上されるのは、材料、原料、部品、ネジ、潤滑油などです。労務費は、従業員の賃金、福利厚生費、退職金などです。経費は、工場や倉庫の賃料、設備や機械の減価償却費、棚卸減耗費、水道光熱費などです。ここまでの理解は比較的容易だと思います。それでは問題の間接費をみていきましょう。
直接費とは、間接費とは
直接費は製造に直接関わるものの費用なのでイメージしやすいのですが、間接費は製造に間接的に関わるものなのでイメージしにくいと思います。例えばある金属加工会社が、ステンレス材で部品をつくっているとします。材料のステンレスが直接材料費になることは直感的に理解できますし、費用の額も算出しやすいでしょう。
しかし、このステンレス部品に塗る塗料の額は算出しにくいはずです。なぜならその塗料はほかの製品にも使うからです。また1個のステンレス部品に何ccの塗料を使ったのかもわかりにくいでしょう。このような、どの製品にどれだけ使ったかわかりにくい材料の費用を間接材料費といい、費用の算出を難しくしています。
同じことは、直接・間接労務費にも直接・間接経費にもいえます。ステンレス部品をつくっている作業者の賃金は直接労務費であり算出しやすいのですが、工場で生産管理を担当している人の賃金は「どの製品にどれだけの労力を割いたのかがわかりにくい労務費」なので間接労務費であり、算出しにくいわけです。ステンレス部品の仕上げを外注に出している場合、この外注加工費は直接経費ですが、工場の水道光熱費や機械の減価償却費は「どの製品にどれだけ使ったかわかりにくい経費」なので間接経費です。
以上をまとめるとこのようになります。
■6つの費用「(材料費、労務費、経費)×(直接費、間接費)」の例
直接材料費 | 製品に直接使う材料の費用 | 例えばステンレス部品に使うステンレスの費用 |
間接材料費 | どの製品にどれだけ使ったかわからない材料の費用 | 例えば塗料、潤滑油の費用 |
直接労務費 | 製品の製造に直接関わる従業員の労務費 | 例えば機械を使って加工している人の賃金 |
間接労務費 | 製品の製造に間接的に関わる従業員の労務費 | 例えば生産管理、生産技術の担当者の労務費。または待機時間の労務費 |
直接経費 | 製品に直接関わる経費 | 例えば外注加工費や金型費用 |
間接経費 | 製品を製造するのに使われる経費 | 例えば水道光熱費、減価償却費、修繕費 |
実は間接費がカギを握る理由
製造原価を正しく算出するには6つの費用をすべて算出しなければなりませんが、そのとき厄介なのが間接費の算出です。例えば塗料の費用(間接材料費)を算出するなら、1個のステンレス部品に使われる塗料の量を計って、その額を、塗料の購入代金から割り出さなければなりません。例えば生産管理担当者の賃金(間接労務費)なら、この人が1個のステンレス部品の製造に何%関わっているか算出して、その額を生産管理担当者の賃金から割り出さなければなりません。
間接費を正確に算出しないと正確な製造原価にならず、不正確な製造原価を使ってコストダウンの計画を立てても役に立ちません。もし金属加工会社の経営者と工場長と経理担当者が「製造原価をベースにコストダウン計画を立てて実行しているのに成果が出ない」と感じていたら、間接費の計算方法が間違っているかもしれません。
経理の知識は経営者と工場長の武器になる
製造原価を正しく算出するには経理や会計の知識が必要です。金属加工会社の経理担当者ならその知識を持ち合わせていると思いますが、経営者や工場長はいかがでしょうか。経営者や工場長が経理の知識を持っていると、経営と工場運営の武器になるでしょう。金属加工会社が製品の価格を値上げすることはとても難しいことです。「値上げを要請しただけで切られる」と感じている経営者もいるでしょう。
値上げせずに利益を増やす方法がコストダウンです。そのためには製造原価を構成するすべての要素を洗い出し、一つずつ、コストダウンできるかどうか検討していかなければなりません。それには経理の知識が欠かせません。また、この「製造原価の構成要素を一つずつ検証する」作業を実施すれば、コスト上の課題をみつけられる、という副産物も得られるでしょう。業務改善のヒントが得られるかもしれません。その結果、適切な売価がみつかる可能性もあります。
製造原価の算出方法
具体的に製造原価を求めていきましょう。
実際原価の計算式
製造原価は以下の計算式で算出します。
■製造原価の計算式
当期の製造原価=総製造費用+期首の仕掛品の棚卸高-(期末の仕掛品の棚卸高+未使用材料費)
製造原価の値段は時間の経過とともに変化するので、当期、期首、期末といったワードが出てきます。この計算方法は正確には実際原価計算といい、実質原価(実質的な製造原価)を算出するものです。計算式のなかの「総製造費用」は、先ほど紹介した6つの費用「(材料費、労務費、経費)×(直接費、間接費)」の総額になります。
これに、期首の仕掛品(製造途中の製品)の棚卸高を加え、「期末の仕掛品の棚卸高と未使用材料費」を差し引きます。この作業をすることで、仕掛品と未使用材料の影響を除外できます。ちなみに仕掛品は棚卸資産になり、流動資産となります。
金属加工会社の工場運営では仕掛品や未使用材料は重要な要素になりえますが、これらを加味してしまうと、製造原価の実態がみえなくなってしまいます。そこで、仕掛品と未使用材料の影響を除外して、実質原価を求めるわけです。
製品に関わるすべての要素に値段をつける
金属加工会社が生み出す製品は、企画、開発、試作、製造、検査、保管、出荷、販売、営業でつくられており、これらすべての要素に値段がつけることができます。製造原価はこれらのうち「製造、検査、保管、出荷」に関わります。したがって「製造、検査、保管、出荷」に関わる要素をすべて挙げて、そのすべての値段(いくらかかったか)をつけていきます。
全製品の製造原価を求めなければならない
金属加工会社でつくっているすべての製品に対して製造原価を求める必要があります。そうしないと「意外にコスト高になっている製品」や「すでにこれ以上削ることができない工程」をみつけることができません。当てずっぽうのコストダウン計画にしないために、すべての製品の製造原価が必要なのです。
そのほかの3つの原価(標準原価、見積原価、直接原価)
応用編として、実質原価以外の原価を紹介します。実質原価を把握できたら、以下に紹介する3つの原価を把握することで、経営戦略や工場運営戦略をより深く描くことができるようになるでしょう。
【標準原価】は、製品を製造する際の理想的な原価です。標準原価は業界全体や複数の企業が生産している製品に基づいて算出するので、自社の実際のコストとは直接関係ありません。したがって標準原価と実質原価は、同じ製品の原価を算出しているのに異なることがあります。標準原価と実際原価を比較することで、自社の原価の妥当性を評価できます。
【見積原価】は、製品を製造する際に必要な費用を事前に予測して算出する原価です。見積原価は、自社の実際のコストを使ってもよいですし、標準原価を基に算出することもできます。見積原価によって、事前に必要な経費を見積もることができます。ただ見積原価ではコストダウン計画をつくることはできません。
【直接原価】は、固定費と変動費にわけ、変動費のみで原価を算出したものです。直接原価のポイントは、先ほど紹介した6つの費用「(材料費、労務費、経費)×(直接費、間接費)」を固定費と変動費にわけ、固定費を除外して変動費だけに着目しているところです。
製造原価のなかの変動費だけに着目する理由は、製品を多く生産すれば固定費の影響が相対的に減少し、変動費が増加するためです。直接原価は、投資効果を評価するときに使います。例えば、「製品の生産量を3倍に増やした場合、追加でどれくらいの投資が必要か」といった計算をするときに使用されます。
コンピュータ・システムを使う
以上みてきたように製造原価の算出は簡単ではありません。そこで金属加工会社には、原価管理システムを利用することをおすすめします。原価管理システムを使えば、さまざまな費用を項目ごとに入力するだけで製造原価が自動で算出されます。また、例えば材料費が値上がりしたら、値上がり後の金額を入力するだけで製造原価が再計算されるので、リアルタイムで製造コストがわかります。
製造原価を算出するときの注意点
製造原価を算出するときの注意点を紹介します。
すべて正確に、不足なく過剰なく
製造原価の算出では、製造原価に含まれる費用を1)すべて、かつ、2)正確に把握する必要があります。不足したり、過剰になったり、不正確になったりしたら、製造原価を計算する意味がなくなります。
工場で働く人の分だけ
人件費のうち、販売、総務、経理などの担当者の分は製造原価に含めません。製造原価に含める人件費は工場で働く人たちの分だけ、と覚えておいてよいでしょう。ちなみに販売担当者の人件費は販管費(販売費および一般管理費)に、総務や経理担当者の人件費は一般管理費に計上します。このあたりも経理の知識が必要になります。
製造原価報告書をつくって重要人物に知らせる
製造原価報告書は、算出した製造原価とその計算式をひとまとめにしたものです。上場企業では株主に製造原価報告書を提供することがあります。製造原価報告書は製造業企業の財務諸表の一つで、製造原価明細書と呼ばれることもあります。
製造原価報告書は、金属加工会社のノウハウが詰まった機密書類なので、閲覧できる人は限られます。例えば、経営者が銀行と融資の相談をするときに製造原価報告書を使って必要額を説明すれば説得力を持ちます。また工場の従業員がコストダウン活動をするときは、製造原価報告書から目標値を設定すれば、合理的かつ適正になるでしょう。
製造原価率の目標は80%
コストダウンの観点からは、製造原価は低額になるほどよいといえるのですが、安すぎるとさまざまなハレーションの原因になりえます。例えば、品質が低下したり、あるいは「利益が不当に多すぎる」と批判されたりすることもあるでしょう。
もちろん、特許製品や超高精度製品などの唯一無二のものであれば製造原価率が著しく低くても(つまり利益率が著しく高くても)問題ないのかもしれませんが、それ以外の一般的な製品には、適正な製造原価率がある、と考えたほうがよいと思います。
製造原価率は以下の計算式で算出します。
■製造原価率の計算式
製造原価率=製造原価÷販売価格×100
製造原価率の目安は80%と考えてよいでしょう。金属加工会社がつくっている製品の製造原価率が90%の場合は「原価をかけすぎている」または「販売価格が安すぎる」といえます。70%の場合は「大きな利益が出ている製品」または「値下げ余地がある製品」と考えることができます。
80%という数字は「2023年経済産業省企業活動基本調査」を元にしています。これによると、製造業の製造原価(正確には売上高売上原価比率)は2021年79.4%、2022年81.1%となっています。ここから、売上高に占める売上原価の比率の目安は約80%といえるわけです。なお、製造原価と売上原価は正確には異なりますが、ほぼ同じです。
製造原価は、製品を製造する際にかかったすべてのコストを指し、その製品が完成した時点で計上されます。一方、売上原価は、その製品が実際に販売された時点で計上され、売れた製品に対応する製造原価が売上原価として計上されます。
参照:「2023年経済産業省企業活動基本調査」
https://www.meti.go.jp/press/2023/01/20240130003/20240130003-1.pdf
製造原価を使って利益を増やす方法
苦労して、すべての製品の製造原価を算出するのは、コストダウンを成功させて利益を増やすためです。金属加工会社が、製造原価を使って利益を増やす方法は、少なくとも次の7つがあります。
■製造原価を使って利益を増やす方法
- コストダウン計画をつくる
- コスト割合が大きい工程から見直す
- 仕入れ価格を見直す、代替品を検討する
- 仕入れ量の見直す、在庫量を見直す
- 間接費を見直す
- 直接費を見直す
- 顧客に製造原価を説明して値上げに協力してもらう
一つずつみていきましょう。
コストダウン計画をつくる
製造原価を算出する目的は、計画的にコストダウンを進めるため、といっても過言ではありません。言い換えると、当てずっぽうにコストダウンしないため、です。製造原価を構成するすべての要素の値段が明らかになったら、一つひとつの値段を下げることを検討します。コストダウン計画は、どの要素の値段を、いくら下げるのか、いつまでに下げるのか、というふうに作成していきます。
「どの要素の値段を、いくら下げるのか、いつまでに下げるのか」は数値目標になるので、コストダウンの進捗状況や成果が目にみえる形でわかります。数値目標があれば、経営者、工場長、経理担当者、作業者の全員が同じ目標に向かって進むことができます。
コスト割合が大きい工程から見直す
製造原価の構成要素の値段がわかると、一つひとつの要素のコスト割合がわかります。コストダウンは、コスト割合が大きい要素から着手していきます。例えば、ある製品の製造原価が100で、その内訳が材料費70、製造費30だったとします。この場合、コスト割合が大きい材料費からコストダウンを行います。
コストダウンに必要になる労力は、コスト割合が大きい要素でも、コスト割合が小さい要素でもあまり変わりありません。それならば、先にコスト割合が大きい要素のコストダウンを進めたほうが、早く、かつ大きく効果を得ることができます。
仕入れ価格を見直す、代替品を検討する
最も簡単なコストダウンは、仕入先企業に購入品の値下げ要請を行うことです。もちろん不適切かつ強引な値下げ要請は行うべきではありません。しかし製造原価の構成が明らかになっていれば、合理的かつ適切な値下げ要請ができるでしょう。例えば金属加工会社の購買担当者は、仕入先企業に対して「この製品の利益率だけ異常に低い。それはこの材料のコスト割合が大きすぎるからだ。この製品に関する材料だけ値下げしていただけないか」といった要請ができます。
また、ある要素のコスト割合が異常に高ければ、その要素を代替品に置き換えることでコストダウンを図れるかもしれません。このようにコストダウンのターゲットを明確にできることは、製造原価を算出するメリットの一つです。
仕入れ量の見直す、在庫量を見直す
製造原価の構成要素の値段がわかると、意外なものにお金がかかっていることがわかります。例えば仕入れコストや在庫コストが目立っていれば、それらを減らすようにします。
間接費を見直す
金属加工会社のコストでは、間接費がブラックボックスになっていることが少なくありません。製造原価を算出すれば、ブラックボックスのなかから「よくわからないコスト」を取り出すことができます。この、よくわからないコストは、これまでコストダウンに着手できていない可能性が高いので、高いコストダウン効果が期待できます。
直接費を見直す
間接費を見直すことができたら直接費を見直しましょう。直接費はこれまで散々コストダウンをしてきた要素だと思います。それでも「乾いた雑巾を絞る」精神でコストダウンを検討していきます。
顧客に製造原価を説明して値上げに協力してもらう
金属加工会社が製造原価を算出していると、顧客に対して値上げを求めやすくなります。これはコストダウンではありませんが、利益を上げる効果は、コストダウン同様得られます。製造原価が明確であれば、金属加工会社の利益がそれほど出ていないことを、顧客に理解してもらいやすくなります。「事情」がわかれば、顧客も値上げに応じやすくなります。また、コスト割合が大きい加工がわかれば、顧客が金属加工会社に「その加工はしなくてよい」というかもしれません。加工が減ればコストダウンになります。
労務費に注意を
いくら労務費(=人件費)のコスト割合が大きくても、これには手をつけないほうがよい、と判断できることがあります。これは経営判断になります。今、日本のすべての業界で、賃上げ圧力が強まっています。政府はすべての企業に賃上げを求めています。そして実際に多くの企業で賃上げが実施されています。
そのため労務費を削るために給与額を減らすと、離職の原因になってしまうかもしれません。離職者が増えれば採用コストなどの「より遠い間接費」を増やすことになってしまうでしょう。
自社を知ることでもある
製造原価の算出は、製品を構成するすべての要素の値段を一つずつ確認する作業です。この作業は製品と製造を知ることにつながります。そして金属加工会社にとって、製品と製造はすべてのはずです。したがって製造原価の算出は自社を知ることでもあるのです。製造原価を把握すると利益が増えるのは、コストダウンが成功するから、だけでなく、自社を知ることができるから、でもあります。