金属加工会社を悩ませる錆。せっかく仕様通りに金属製品をつくっても、出荷を待つ倉庫のなかで錆びてしまったら価値が下がってしまいます。錆は損失を生みます。そこでこの記事では、錆に関する基礎知識を紹介したうえで、工場の人たちが自分たちでできる錆対策について解説します。
錆の理解【基礎編】
錆を退治するには、錆を知らなければなりません。錆の性質を理解すれば「だからこの対策が有効である」と思うことができるので、錆対策を実践するモチベーションが高まるでしょう。
腐食から起きる自然現象「鉄は錆びたがっている」
鉄は、人が何もしていないのに錆びてしまいます。なぜなら錆は自然現象だからです。腐食と錆は混同されることがありますが、両者は、腐食から錆に至る、という関係にあります。腐食とは、鉄の表面に接触した酸素が侵食していく現象で、これが鉄を溶かします。もちろん「溶かす」といっても常温で起きているものなので、溶ける量はごく微量です。溶けた鉄と酸素が結合すると酸化鉄ができ、これを錆と呼んでいます。
なお、鉄に水が付着しても錆びますが、これは水が空気中の酸素を吸い込み、鉄に酸素を供給してしまうからです。「鉄は錆びたがっている」とイメージするとよいでしょう。
元々鉄は自然界に酸化鉄の状態で存在し、それが鉄鉱石のなかに入っています。鉄づくり(製鉄)では、酸化反応を利用して酸化鉄から酸素を奪って鉄をつくっています。したがって製品になった鉄は「自分が酸化鉄だったころに戻りたくて」酸素と結合して錆を生み出してしまうわけです。
■鉄と錆のイメージ
- 鉄ができるまで:鉄鉱石≒酸化鉄→製鉄で酸素を除去→製品としての鉄になる
- 錆ができるまで:製品としての鉄→周囲の酸素と結合→酸化鉄に戻る(=錆)
鉄以外の金属も錆びる。原因はイオン化
錆といえば鉄、というイメージがありますが、鉄以外の金属も錆びます。亜鉛やアルミニウムは鉄よりも錆びやすい金属です。金やプラチナは錆びないイメージがありますが、非常に錆びにくいだけで、特定の条件下では錆びます。金属の錆びやすさ・錆びにくさを決めるのはイオン化傾向です。イオン化傾向は中学校で習っていると思いますが、ここでおさらいしておきます。
金属は原子の集合体として存在しています。原子の状態では電気的に中性ですが、原子が電気的にマイナスである電子を失うとプラスになり、この状態を陽イオンといいます。一方、原子が電子を受け取るとマイナスになり、この状態を陰イオンといいます。原子が陽イオンや陰イオンになることをイオン化といいます。イオン化傾向が大きい金属は錆びやすく、イオン化傾向が小さい金属は錆びにくい(でも錆びる)わけです。
金属の原子は、酸素に触れて酸化することによって電子を失い陽イオンになります。イオン化が進むと、金属の表面で酸化反応が増えて錆びにつながります。
赤、茶、白、青、緑、黒
錆はカラーバリエーションが豊富です。最も有名な錆は、鉄の赤錆でしょう。人によっては茶色に感じるかもしれません。赤錆は鉄製品の見た目を悪くして形状も狂ってきます。アルミニウムや亜鉛には白い錆が発生します。この白錆は外観を悪くするものの、形状を劣化させるほどの力はありません。また白錆は赤錆の発生を食い止める効果もあることから、赤錆ほど厄介ではありません。
ニューヨークの自由の女神は青または緑色をしていますが、それは表面が銅の板でできているからです。銅は錆びると緑青(ろくしょう)色になり、これを青錆といいます。青錆は色合いがキレイなことから、良い錆とみなされています。なお青錆も赤錆を予防します。
良い錆の代表は黒錆でしょう。黒錆は金属に熱処理や薬品処理を施してわざと発生させます。黒錆は金属の表面を覆う膜となり、腐食が内部に進むのを食い止める効果があります。黒錆は錆を止めるための錆といえ、刃物や工具の表面に施されることがあります。
「うちの会社だけじゃない」錆の経済損失は1兆円超
金属加工会社のなかには、錆による損失が無視できない額になっているところもあるでしょう。しかし錆に苦しんでいるのは金属加工会社だけではありません。
錆や腐食を研究している一般社団法人日本防錆技術協会と公益社団法人腐食防食学会は、腐食コストを算出しました。腐食コストとは腐食や防食に使われる製品の生産額やサービスの金額の総額です。腐食コストに含まれる項目は、塗料、メッキ、表面処理、耐食材料、防錆剤、防錆油、電気防食、塗装の施工費、腐食・防食研究費などです。
腐食コストは、腐食しなければ要らない費用なので、腐食による経済損失の額とみなすこともできます。腐食コストの額は2015年段階で1兆4,706億円でした。つまり日本の産業は、毎年1.5兆円をかけて錆・腐食対策をしているわけです。
参考:
https://www.scej.org/docs/publication/journal/backnumber/8606-open-article.pdf
1.3%の損失は覚悟しなければならない?
日本の2023年の名目GDPは591兆円で、そのうち製造業は約2割とされているので、製造業のGDPは118兆円(≒591兆円×20%)ほどです。
年代が異なりますが強引に試算してみると、2015年の腐食コスト1.5兆円は、2023年の製造業GDP118兆円の1.3%になります。つまり錆を含む腐食の経済損失は、製造業で1%強発生している、と考えることもできます。
錆の原因
対策は、問題の原因を排除することで成功します。そこで錆対策を紹介する前に、錆の原因を紹介します。なおすでに、錆が酸素や水によって生じることは説明しているので、本章ではそれ以外の原因を確認していきます。
ホコリ
ホコリが金属に付着すると錆を誘発します。いろいろな物質がホコリを構成しているわけですが、水分や塩分が含まれると錆につながってしまいます。
塩水
海の近くで金属が錆びやすくなるのは、塩水が錆を助長するからです。塩水は塩化ナトリウムが水に溶けたものであり、そのなかで塩化物イオンとナトリウムイオンができます。これらのイオンが塩水のなかで自由に動くことで電気が通りやすくなります。
塩化物イオンは特に金属の表面に浸透しやすく、酸素や水と反応しやすい環境をつくります。さらに、塩水による電気の流れが電気化学的な酸化反応を促進してしまいます。このように塩水は錆にとって都合のよい環境をつくってしまうわけです。
作業者の手
金属製品を持つ作業者の手に水や塩水、ホコリが付着していたりすると錆の原因になります。
洗剤、薬剤
洗剤や薬剤が水溶性の場合、その水分が錆びを引き起こします。
もらい錆
金属の錆びていない部分に錆が付着すると、錆がうつることがあります。これを、もらい錆といいます。錆びにくい金属でも、もらい錆で錆が進行しやすくなる現象もあります。
高い湿度
湿度が高い工場は水分が浮遊しているようなものなので、そこにある金属製品は錆びやすくなります。
隙間からの腐食
金属製品の表面に防錆処理を施しても、傷がついてしまうと、酸素が防錆処理が届いていない内部に入ってしまうので錆の原因になります。
溶接
溶接も、金属の表面に施した防錆処理を無力化する可能性があります。それで錆が起きます。
異なる金属の接触
イオン化傾向が大きい金属とイオン化傾向が小さい金属が触れると、イオン化傾向が大きい金属の錆びやすい性質が強化されることがあります。これを異種金属接触腐食、またはガルバニック腐食といいます。異なる種類の金属が接触するとイオンの乱れが起きて、イオン化しやすい金属の酸化が通常より速く進んで錆を早く多く生んでしまうのです。
複数の金属部品で構成される製品において、一部の部品だけ錆びにくい金属(イオン化傾向が小さい金属)を使ってしまうとかえって錆を誘発してしまう、といった皮肉なことが起きます。
錆対策
錆対策では、錆の原因をなくしたり、錆の原因から金属を遠ざけたりします。
水分を遠ざける
金属加工会社は金属製品を水分から遠ざけましょう。工場内の除湿や完成品の乾燥は基本行動に入れます。盲点になりやすいのが前工程です。このような事例があります。
ある金属加工会社で錆対策として除湿や乾燥を徹底したのですが、錆を撲滅できませんでした。そこですべての作業工程を確認したところ、水溶性の切削油が疑われました。そこで切削後の洗浄レベルを上げたところ錆の発生率が劇的に低下しました。以前から切削後に切削油を洗い流してはいたのですが、洗い方が「甘く」水分が付着したまま次の工程に進んでしまったようです。
錆が発生しにくい工場にする
同じ金属製品を同じ工程でつくっても、工場が変われば錆の発生率が変わってきます。つまり、錆を発生させやすい工場、というものが存在するわけです。自社工場を、錆が発生しにくい工場に変えましょう。
清掃を徹底してホコリを発生させない。作業者の手洗いを徹底する。常に湿度を測定する。材料や完成品の保管場所を整理整頓する。これらはいわば「小さな錆対策」ですので、劇的に錆を改善することはないでしょう。
pH調整
「錆は酸化現象である」ということは、酸化現象が起きやすい酸性環境(pHが低い環境)で金属は錆びやすく、アルカリ性環境(pHが高い環境)で錆びにくい、と言い換えることができます。そこで自社工場の「錆を監視する目」にpHチェックも加えてみてはいかがでしょうか。
例えば、pHメーターを使って作業場所を定期的に測定したり、金属製品を酸性処理したらアルカリ性溶液で中和させたりすることが有効です。
酸洗処理
酸洗処理は錆対策の一種で、金属製品を塩酸や硫酸などの酸性溶剤に漬けて洗浄します。酸は錆を誘発するのに、なぜ酸洗処理が錆対策になるのでしょうか。金属製品は製造過程でどうしても微細な錆や酸化物が付着・発生してしまいます。これを放置すると本格的な錆に進んでしまうので、酸性溶剤で洗い流すわけです。
また酸洗処理によって金属製品の表面が滑らかになるので、腐食が始まるポイントである微小なくぼみ(腐食ピット)が減ります。酸洗処理後にアルカリ性溶剤で金属製品を洗うことで中和されます。
表面を覆う(メッキを含む)
錆は金属の表面にできます。すなわち金属の内部から錆が湧き出てくることはありません。そのため金属の表面を「何か」で覆ってしまえば錆を防止できます。
「何か」にはいろいろあって、防錆塗料、防錆油、防錆ガス、樹脂の貼りつけ(ライニング)、ほうろう(ガラス質の被膜)、リン酸処理、メッキ(亜鉛やスズ、クロムなど)などがそれに該当します。これらの処理によって金属の表面に膜ができ、これが金属と酸素との接触を防ぎ腐食や錆を起こさせません。
耐食性のある金属を貼り合わせるクラッド
クラッド材とはメインとなる金属の表面に別の金属を貼り合わせたものです。「別の金属」に耐食性の高い金属を使うことで腐食と錆を予防できます。クラッドにおける「貼り合わせ」は、2つの金属を原子レベルでくっつけます。これを拡散接合といい、接触面は2つの金属による合金化が起きています。
防錆包装材を使う
金属製品の錆リスクは、工場を出て顧客のところに向かう搬送中にも発生します。防錆梱包材で金属製品を梱包することでそのリスクを低減できます。気化性防錆剤は常温で気化する物質で密閉空間のなかで浮遊します。この浮遊物質が金属製品の表面に吸着することで防錆効果がある被膜をつくります。気化性防錆剤を混ぜたものが防錆梱包材です。気化性防錆剤以外にも、プラスチックやアルミ箔などを使った防錆梱包材があります。
不動態被膜について
不動態被膜は「錆対策に関する知識」ではないのですが、「錆に関する知識」なのでここで紹介します。
不動態被膜は特定の金属の表面に自然に形成されます。不動態被膜は酸化物の一種で、数ナノメートルの極薄かつ透明な膜をつくります。不動態被膜がバリアとなって、金属製品の腐食や錆を予防します。アルミニウム、ニッケル、チタン、クロム、モリブデンなどが、自然に不動態被膜を形成する「特定の金属」です。
この性質を利用したのがステンレス鋼です。ステンレス鋼の主成分は鉄ですが、クロムを含むことで、クロムの不動態被膜がステンレス鋼の表面を覆って錆びにくくなります。また、不動態被膜は自己修復性があり、膜が損傷してもクロムが存在する限り再び形成されます。それでステンレス鋼は傷ついても「錆びない」(正確には錆びにくい)のです。
また、高級メガネや高級キャンプ用品などにチタンが使用されることがありますが、これは軽量であるだけでなく、錆びにくいからです。チタンは表面に二酸化チタンという酸化物の不動態被膜を形成し、これが腐食を防ぎます。
工場に一人は欲しい「錆警察」
最も有力な錆対策は人でしょう。錆を抑制できている工場と、錆を多く発生させてしまう工場の違いは、人による錆管理の質と量です。作業者全員が錆に関する知識を持ち、錆を回避することを意識しながら仕事をすれば、金属製品を錆びは減るはずです。
金属加工会社の経営者や工場長は、まずは錆に詳しい人を一人、養成したほうがよいでしょう。その人がそのほかの作業者に錆教育をするわけです。錆に強い工場をつくりましょう。