生産技術エンジニアは工場をつくる人

執筆者 | 7月 29, 2024 | ブログ

生産技術エンジニア

金属加工の工場のなかにはさまざまなエンジニアがいます。そのうちこの記事では、生産技術エンジニアにスポットを当てます。工場のエンジニアと聞いてまず思い浮かべるのは機械エンジニアではないでしょうか。機械エンジニアたちは工作機械を駆使して製品をつくる職人であり、モノづくりの仕事に就きたい人の憧れの職業といえるでしょう。

しかし生産技術エンジニアは、一般の人にはあまり知られていない存在でありながら、モノづくりをつくる重要な仕事をしています。生産技術エンジニアは工場をつくる人なので、この人たちがいないと金属加工は始まらない、ともいえます。生産技術の仕事の魅力を紹介します。

【基礎知識】生産ラインをつくるとは

生産技術エンジニアは工場をつくる人、と紹介しましたが、では工場をつくるとは具体的に何か。それは生産ラインをつくることです。工場は、生産ラインを入れる建物です。

生産ラインとは

生産ラインとは、製品を生産するために行う流れ作業です。「ライン」という名称は、ベルトコンベアに部品を流しながら生産することからつけられたようですが、生産ラインに必ずベルトコンベアが必要なわけではありません。

工場では製品を流れ作業でつくっていくので、工場には必ず生産ラインがあります。例えば金属加工のひとつである鋳造をみてみましょう。鋳造製品をつくるには、鋳型の製造、材料となる金属の溶解、溶けた金属を鋳型に流し込む作業、冷却、脱型、仕上げ、検査といった工程が必要になります。これらの複数の工程は順番に流れるように行われ、それが鋳造の生産ラインになっていくのです。

したがって金属加工会社は自社工場に、それぞれの工程で使う設備や機械を置くだけでなく、つくりやすさを考えて配置していく必要があり、これが生産ラインをつくることです。また、ボトルネックになっている工程があれば、その工程の機械や人を増やすなどしてスムーズに流れるようにすることも生産ラインづくりになります。

なぜ生産ラインは工場の命なのか

「設備と機械は工場の命である」といわれたら、そのとおり、と納得できるでしょう。これと同じように「生産ラインも工場の命」です。

なぜなら、どれだけ高性能な設備・機械を導入しても、生産ラインが不適切であれば生産性が上がらないからです。その逆に、従来の設備・機械のままでも、生産ラインを適切なものに変えれば生産性が向上するかもしれないからです。したがって、生産ラインをつくる生産技術エンジニアは、機械エンジニアと同じかそれ以上に工場にとって重要な人物なのです。

生産技術エンジニアの具体的な仕事

生産技術エンジニアが具体的にどのような仕事をするのか紹介します。

生産工程の検討

生産技術エンジニアの最初の仕事は、生産工程の検討です。つくる製品が決定したら、生産技術エンジニアは原材料、加工手法、検査などの必要な工程を明確にして、各工程の作業のシーケンスを設計します。シーケンスとは、決められた手順で処理を行うこと、です。

すべての工程の作業シーケンスを確定させたものが生産工程になります。生産工程の検討ではさらに、工程をフロー図にしたり、工程故障モード影響解析(Process Failure Mode and Effects Analysis)を用いたりして、リスクを洗い出して最適化していきます。

生産ラインの設計

生産工程が確立されても、それだけでは実際の生産ラインにはなりません。生産工程はいわばシミュレーションであり、現実の生産ラインとの間にはギャップがあります。このギャップを埋めるのが生産ラインの設計です。

生産ラインの設計では例えば、ライン・バランシングを行います。ライン・バランシングとは、各工程の作業負荷を均等にする考え方です。また、設備・機械のレイアウトの設計では、セル生産方式やU字ラインなどの生産形態を考慮して、効率的な配置を図ります。

設備や機械の選定

生産ラインの設計には、各工程で使用する設備や機械の選定も含まれます。設備・機械は、性能や機能、価格だけでなく、保全性、柔軟性、拡張性も考慮して選定します。また、設備や機械は体積が大きいものが多いので、工場内のスペースの配分も詳細に計画します。

作業手順の最適化

生産技術エンジニアは、作業手順の最適化を、生産の担当者と協力して行います。作業手順を可視化するツールを使うことで、より実際に近い作業手順を考案できます。この最適化された作業手順を基に、生産ラインをさらにつくりこんでいきます。例えば、作業場の配置や動線の設計は、最適化された作業手順を実現するために重要な要素です。

作業手順が効率的であるほど無駄な動きが削減され、生産スピードが向上します。さらに、作業手順の標準化と最適化は、生産の均質化と品質の安定にも寄与します。したがってこれらの要素を生産ラインに盛り込んでいくことが求められるのです。

設備や機械の配置と生産ラインの構築

ここまでに紹介した作業が完了したら、工場内に設備や機械を配置して生産ラインを構築していきます。工場レイアウト図に基づき、設備・機械の据えつけや配線、配管などを行います。設備・機械をIoT化すれば遠隔操作や遠隔モニタリングが可能になります。その場合は設備・機械をインターネットにつなぐことも必要です。

設備・機械の配置後、試運転を行い、各工程間の同期を確認します。またPDCAサイクルを用いて改善を繰り返し、最適な生産ラインを維持します。

生産技術エンジニアの使命

もし生産技術を軽視する人がいたら、それは「結局モノづくりは設備と機械と作業者のスキルで決まる」という間違った考えを持っているからでしょう。したがって生産技術エンジニアたちは、「工場のなかに設備と機械を置くこと」に付加価値を持たせなければなりません。そのために生産技術エンジニアには、次のような使命が課されています。

■生産技術エンジニアの使命

  • 安全の確保
  • 品質の確保
  • 効率的であること
  • 生産性を高める
  • 低コストを実現
  • 働きやすさの追求
  • 新技術の導入
  • 課題抽出

これらの使命を一つずつ確認していきます。

安全の確保

工場内では安全が最優先となります。どれだけ優れた製品をつくっても、労働災害が発生すればその価値は失われます。

工場内の設備・機械は危険なため、安全対策は不可欠です。生産技術エンジニアは、安全ガイドラインの策定やリスク・アセスメントを通じて、物理的な安全対策に加えて、騒音軽減、腰痛対策などのエルゴノミクス(人間工学)を考慮した作業環境の整備、ストレスの少ない作業方法の確立を目指します。

品質の確保

品質の確保は第一義的には生産部門の責任ですが、生産技術エンジニアもこの使命を共有しなければなりません。生産部門は実際に製造しているときに品質を確保することを考え、生産技術エンジニアは品質を高めやすい工場をつくることを考えます。

生産技術エンジニアは具体的には、生産ラインの設計段階で品質を内在化させます。製造性設計(Design for Manufacturability)や品質設計(Design for Quality)の原則を適用して、品質を組み込んだ生産ラインを設計していくわけです。

例えば、故障モード影響解析(Failure Mode and Effects Analysis)を生産ラインに組み込むと、潜在的な不具合を予測できるようになるので、品質を低下させる要因の排除につながります。

また、統計的工程管理(Statistical Process Control)は、統計的手法を用いて製造工程の安定性と一貫性を監視・管理する方法です。この考え方を生産ラインに組み込むことで、生産部門は寸法などの重要な品質特性をリアルタイムでモニタリングできたり、異常が検出されたときに迅速に対応できたりするようになります。

例えば、寸法の異常が検出されたら、生産部門の担当者は機械を調整したり、ツールを交換したり、作業手順を見直したりしなければなりません。生産技術エンジニアが統計的工程管理の考え方を持っていれば、機械調整、ツール交換、作業手順の見直しを効率的に行える生産ラインを設計できるようになります。

効率的であること

数%や数十%の効率化は生産部門でも可能かもしれませんが、数倍の効率化となると生産方法や生産過程を抜本的に見直す必要があり、それは生産技術エンジニアの仕事になります。

例えば生産時間を半分にしなければならなくなったら、生産方法を一から見直すことになるでしょう。このとき生産技術エンジニアが素案をつくらなければなりません。

生産性を高める

効率的な工場をつくるのは生産性を高めるため、といって過言ではありません。したがってこれも生産技術エンジニアの重要な使命になります。

労働生産性は、労働者1人当たりの1時間当たりの産出量や産出額のことです。資本生産性は、設備や機械、土地などの資本の1単位当たりの産出量や産出額のことです。この2つの生産性を上げることは工場の至上命題であり、生産技術エンジニアもこれに協力しなければなりません。

例えば、ジャスト・イン・タイム生産は、生産現場に必要な部品や資材を必要なときに必要な量だけ供給する生産方法です。リーン・マニュファクチュアリングは無駄を徹底的に排除していく考え方です。生産技術エンジニアはこのような具体的な手法を一つずつ実現させることで生産性を高めていきます。

低コストを実現

良い製品をつくることができる工場は一流でしかなく、超一流の工場になるには、良い製品を安くつくらなければなりません。したがって低コストも工場の至上命題であり、生産技術エンジニアもこれに協力しなければなりません。

低コストを追求しすぎると、安全、品質、効率性、生産性を犠牲にしてしまうことがありますが、本当にそれらを犠牲にした工場は二流以下の工場に成り下がってしまいます。「低コスト」と「安全・品質・効率性・生産性」を両立させることが、生産技術エンジニアに求められています。高品質な製品を低コストで生産することは、金属加工会社の競争力の源です。

価値工学(Value Engineering)は、製品の価値を機能とコストの関係でとらえて、最低のコストで必要な機能を達成することを目指す考え方です。原価管理は、生産にかかる原価を管理して利益率を改善する考え方です。生産技術エンジニアもこれらのお金に関する考え方を身につけて生産ラインをつくっていく必要があります。

働きやすさの追求

生産技術エンジニアは、作業者たちが「働きやすい」と感じられる工場をつくらなければなりません。設備や機械は重量物なので、一度設置してしまうと簡単には動かせません。つまり、つくりやすさの確保の大半は、工場内のレイアウトを決定した時点で決まってしまいます。作業者たちが「現場でどれだけ工夫しても、つくりにくさを解消できない」と感じたら、それは生産技術エンジニアの責任です。

製造性設計(Design for Manufacturability)は、製造しやすく効率的に生産できるように設計する考え方です。人間工学評価(Ergonomics Evaluation)は、人間の身体的・認知的・身体的特性を理解して生産ラインなどの工学の要素をつくっていく考え方です。生産技術エンジニアがこれらの考え方を使って生産ラインをつくっていけば、作業効率の最大化と作業者の負担軽減の二兎を追うことができます。

新技術の導入

生産技術エンジニアは常に新しい生産技術に関する情報を入手して、自分たちの工場に導入することを検討しなければなりません。設備・機械をアップデートすることで、「低コスト」と「安全・品質・効率性・生産性」の両立が可能になるかもしれません。

さらに、自社が新工場を建設することになったら、新技術を導入したいものです。IoTやAIを活用したスマート・ファクトリーの実現や、先端ロボティクスの導入を検討し、競争力を強化します。生産技術エンジニアは「未来の工場を今つくる」という気持ちを持っていなければなりません。

課題抽出

継続的に歩留まり100%を達成した工場はまだこの世に存在しません。それどころか現状維持では歩留まりは悪化する一方です。したがって工場内には必ず課題がある、といえます。生産技術エンジニアにはその課題をみつけ出して解決していくことが求められます。

この使命をまっとうするには危機意識が必要になるでしょう。歩留まり80%が79%に低下したときに「誤差の範囲」と考えてしまうか、「何が起きたのか」と危機意識を発動できるかは、大きな違いです。生産技術エンジニアは、現場での課題を迅速に抽出し、原因分析と対策を講じる役割を担います。そのためには重要業績評価指数(Key Performance Indicator)の設定やモニタリングが必要になるでしょう。

生産技術のDX化について

完全自動化と歩留まり100%--つまり、人がいなくて不良品が出ない状態は、究極の工場の姿といえます。しかしそのような工場はまだ存在しないので、生産技術エンジニアにはまだまだやることがあります。

IT、IoT、VR、ロボット、AIなどをフル活用するDX化は、究極の工場をつくるために欠かせないものです。これからの生産技術エンジニアには、DXの知識が必要になるでしょう。

生産技術エンジニアに求められる資質

ここまでの解説で、生産技術エンジニアとして働くことの魅力を理解していただけたのではないでしょうか。手と機械を動かして完成品をつくることだけが、モノづくりの醍醐味ではありません。モノづくりの土台となる工場をつくることも、大きなやりがいが得られる仕事です。

では、モノづくりの道を志した人が生産技術エンジニアを目指すには、どのような資質を獲得しなければならないのでしょうか。

大学工学部で学ぶ生産技術とは

経済ニュースが取り上げる大学工学部は、新技術や新素材、新製品を開発したところばかりです。しかし大学工学部には生産技術を研究する領域があり、ここで学ぶと生産技術エンジニアの資質を獲得できるでしょう。

例えば東京大学の生産技術研究所が行なっているのは、1)知的価値創造や学術の体系化を目指す基礎研究と、2)先端性・総合性を生かして社会・産業への貢献を目指す展開研究です。同研究所には5つの部門があり、金属加工に最も近いのは機械・生体系部門です。

この機械・生体系部門では、「機械工学、精密工学、海洋工学にわたる広い分野の知識をベースに、熱・流体・構造・振動・制御・加工・材料・バイオなどの基礎研究とともに、数値解析・メカトロニクス・海洋施設・機器・マイクロ化技術・センシング技術などを含めて、新しい機械・装置・システムの開発研究」を行っています。大学でなら、生産技術を多角的に、かつディープに学ぶことができます。

参照:

https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research

https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/research/department_center/dept_2

経営者並みにすべてを知る

金属加工会社にとって工場は最も重要な資産の一つです。本社事務所にお金をかけなくても、工場に多額の投資をしている金属加工会社は多いはずです。生産技術エンジニアはその重要資産である工場をつくるので、経営者と似たスキルが必要になります。

もし新工場をつくることになれば、生産技術エンジニアは、自社の年間売上高の数倍の予算を預かることになるでしょう。また工場をつくるには土地も建物も設備・機械も人員も必要になります。このように生産技術エンジニアは、企業の資源である人・モノ・カネをすべて扱うことになるので、経営感覚だけでなく、経営者と同じくらい自社のことを詳しく知っていなければなりません。

他部署とのコミュニケーションについて

生産技術エンジニアは人のために働くことになります。なぜなら自分がつくる工場は、自分が使うのではなく生産部門の人たちが使うからです。また、工場でつくるものは企画担当者や設計者、開発担当者がつくりたいものです。したがって生産技術エンジニアは、企画担当者、設計者、開発担当者から想いを託されて仕事をすることになります。

そして実際に生産が始まれば、生産技術エンジニアは、生産部門や品質管理担当者と連係を取ってより良い工場にしていかなければなりません。したがって生産技術エンジニアは、自分たちだけでは仕事が完結しないため、高いコミュニケーション能力が求められます。