某大手自動車メーカー(以下、A社)の社長は2024年3月に、公正取引委員会から下請法に違反する取引があったと指摘され、謝罪しました。ところがその後もA社は下請けいじめを続け、同年5月にA社社長が再度謝罪する事態に追い込まれました。
日経平均株価がバブル期の最高値を超えるなど大企業は大きな利益をあげていますが、大企業を支えている中小企業や下請事業者にはその恩恵が届いていません。そこで公取委が動きました。「一方的な値下げ」だけでなく「価格据え置き」も下請けいじめに認定できるようにしたのです。中小企業や下請事業者が多い金属加工業界も他人事ではないと思います。この機会に下請法の理解を深めましょう。
参照:
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240313/k10014389721000.html
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240304/k10014378321000.html
https://txbiz.tv-tokyo.co.jp/original2/vod/post_296658
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/24/00896
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08998
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA221KS0S4A520C2000000
自動車メーカーA社がしたこと、しなかったこと
まずはA社がしたことと、しなかったことを紹介します。ここではNHK、日本経済新聞、テレビ東京などの報道の内容から必要な情報をピックアップしていきます。
取り決めた代金から30億円分を一方的に引き下げた
公取委は2024年3月、A社に対して一方的な支払代金の引き下げを行わないよう、再発防止を求めました。A社は下請事業者36社に対し、納入時に支払う代金から計30億円分を一方的に引き下げていました。つまり、下請事業者にエンジン部品を納品させた「あとに」「事前に取り決めていた」支払金額より30億円少ない金額しか支払わなかったわけです。
A社が「安くして欲しい」と要請して、下請事業者が「わかりました、安くします」と取り決めて30億円安くしたのではなく、支払うときにA社が一方的に「30億円少ない額しか支払わない」と通告し、実際に30億円少ないお金を支払ったのです。
社長の謝罪はなんだったのか、という話
公取委がA社に再発防止を求めたあと、A社社長は2024年3月に会見を行い、1)法令に関する認識が甘かった、2)あってはならないことだ、3)おわびしたい、4)法令順守について社内を点検する、5)社員への教育を徹底する、6)下請事業者に誠意ある対応をする、といったことを述べました。この6点は、A社に言い訳の余地がないことを示しています。完全な黒だったことを社長が認めたわけです。
ところがテレビ東京が、A社がこの謝罪のあとも、下請事業者に対して代金の一方的な値引きを強要していた実態をつかみ、スクープ報道しました。政府はこのことを問題視して、経済産業大臣が「極めて遺憾」と述べたほか、経済界からも非難の声が噴出しました。
その結果A社社長は同年5月に再び会見を開き「当社の至らない点や改善すべき点には真摯に対応していく」と釈明したのです。A社社長は自身の報酬の3カ月分の30%をA社に返納し、さらに社内に、匿名での通報を受け付ける社長直轄の改革推進室を設置しました。
参照:
https://www.meti.go.jp/speeches/kaiken/2024/20240517001.html
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240531-OYT1T50153
https://sp.m.jiji.com/article/show/3250326?free=1
https://www.tokyo-np.co.jp/article/327052
下請法の理解「下請けいじめは違法」
代金の減額だけなら違法ではありません。例えば、B社がC社から部品を買うときに、「代金を減額しないなら買わない」と伝えることはなんら問題はありません。では自動車メーカーA社の何が悪かったのかというと、下請事業者をいじめたことです。
下請法(正式名、下請代金支払遅延等防止法)は、親事業者(ここではA社)による下請事業者(ここではエンジン部品の下請事業者36社)に対する優越的地位の濫用行為を取り締まる法律です。下請法が禁じる下請けいじめにはさまざまな形態がありますが、A社問題で対象になったのは「下請代金の減額の禁止に違反する」いじめです。下請法第4条第1項第3号は「親事業者は、下請事業者に対し製造委託をした場合は、下請事業者の責に帰すべき理由がないのに下請代金の額を減じてはならない」と規定しています。
A社は、自社のコストダウンを達成する目的で、代金から割戻金という金額を差し引いて支払っていたのです。この割戻金の額が36社で約30億円になりました。「A社のコストダウン」という目的は、「下請事業者の責に帰すべき理由」とはいえないので、それで下請代金を減額することが同法違反になるわけです。
参照:
https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/pointkaisetsu.pdf
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=331AC0000000120
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/mar/240307_nissan.pdf
買いたたきの5つの例
下請法が禁じる買いたたきには5つのパターンがあります。パターンその1は納品後に代金を決めることです。親事業者が、事前に代金を決めずに下請事業者に納品させ、納品後に相当と認められる額を大幅に下回る額しか支払わなかった場合、違法な買いたたきになる可能性があります。
パターンその2は、親事業者が大量に発注する前提で下請事業者に割安の見積額を出させ、実際は少量しか発注しないのにその額を支払うことです。パターンその3は、合理的な理由がないのに特定の下請事業者にだけ、ほかの下請事業者より低い額で納品させることです。
パターンその4は、一律に一定比率で単価を引き下げることです。親事業者が下請事業者に「御社の部品のすべての単価を10%減とする」と定めたら違法の可能性があります。ただし親事業者と下請事業者が、一つひとつの部品ごとに価格を検討することは問題ありません。
パターンその5は、同種の給付について特定の地域向けであることを理由に、通常の単価より低い単価を定めることです。例えば、国内向け製品に使う部品は100円で買っていたのに、同じ部品を海外向け製品に使うから50円とする、といった決定は違法になる可能性があります。
価格据え置きでも買いたたきに認定して中小企業を守る
ここまでの説明は2024年5月までのことです。ここからの解説はそれ以降のことになります。公取委は2024年5月に、下請法の運用基準の見直し案を示しました。価格を据え置いても下請けいじめと認定する道を開いたのです。
コスト上昇分は親事業者が負担すべき
下請法第4条第1項第5号は「下請事業者の給付の内容と同種または類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」を違法な買いたたきとして禁じています。公取委は今回、次の額も、「著しく低い下請代金の額」として買いたたきに認定することにしました。
■新たに買いたたきに認定される額(違法な額)
当該給付にかかる主なコスト(労務費、原材料価格、エネルギーコストなど)の著しい上昇を、例えば、最低賃金の上昇率、春季労使交渉の妥結額やその上昇率などの経済の実態が反映されていると考えられる公表資料から把握することができる場合において、据え置かれた下請代金の額 |
つまり、労務費や原材料価格、エネルギーコストが値上がりしているのに、親事業者が下請事業者に、これまでと同じ額しか支払わなかったら(価格を据え置いたら)買いたたきと認定するわけです。公取委は親事業者に「下請事業者がコスト高に苦しんでいたら値上げに応じなさい」と言っています。
参照:
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/may/240527_seian/240527_unnyou2.pdf
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=331AC0000000120
下請事業者の悲鳴
今回の公取委の下請法の運用基準の見直しは大きな反響を呼び、朝日新聞は「コスト上昇で価格据え置きは『買いたたき』」、日本経済新聞は「コスト上昇下の価格据え置き、下請法違反の恐れ」と報じました。公取委がこの見直し案に関して広く意見を募集したところ下請事業者からたくさんの悲鳴が寄せられました。以下のとおりです。
■下請法の運用基準の見直し案への意見
下請法運用基準改正案は、中小企業の価格改定交渉に一筋の光明を見出し、時節に合ったものと考えられる。 |
実際の交渉においては、親事業者からの心理面での圧力(表情、高圧的口調、別件、例えば従来とレベルの違う高い品質要求が満たせないと発注を減らす)により、下請事業者から価格交渉を言い出せない局面があると考えられる。そこで、下請法運用基準改正案には、「親会社は価格交渉してくる下請業者に心理的圧力をかけないこと。価格交渉を行ったことにより不当に将来の取引を縮小しないこと」といった内容を追記していただきたい。 |
企業や行政機関が実施する入札(相見積)案件では、コストが上昇しているにもかかわらず、設定価格が 10 年以上変わらないものも存在する。コストの上昇に伴い、設定価格が引き上げられなければ、入札に参加する事業者は仮に受注ができたとしても利益が圧迫されることになってしまう。 |
取引先の大手企業の多くで手形等のサイトの見直しは進んでいない。そこで、下請法の対象外の取引においても、長期のサイトの手形等の利用を規制するための規定を設けていただきたい。 |
当社は社員約 50 名の中小建設機械メーカーであるところ、購入材料の大半を占めるエンジン・油圧機器・鉄板などのサプライヤーは上場企業など当社より圧倒的に規模の大きい企業となっており、サプライヤーからの値上げ要請があれば有無をいわさず受け入れるしかない。 |
「一筋の光」「心理面での圧力」「高圧的口調」「不当な将来の取引の縮小」「10年以上変わらない価格」「利益の圧迫」「見直しが進まない手形サイト」「値上げ要請には有無をいわさず受け入れるしかない」と、苛烈な実態を伝える言葉が並んでいます。
参照:
https://www.asahi.com/articles/ASS5W2R4RS5WULFA014M.html
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/may/240527_seian/240527_unnyou.pdf
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/may/240527_seian/240527_unnyou1.pdf
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA012UG0R00C24A4000000
貴重な光だが一筋では足りない
公取委が中小企業を守る姿勢を強めたことは、中小の金属加工会社の経営者にとって心強いことでしょう。円安による物価の高騰、地政学リスクの高まりによるエネルギー価格の上昇、人手不足と賃金上昇のダブルパンチは、すべて中小企業の経営を苦しめるものであり、そのうえ親事業者からいじめに遭ったのではたまったものではありません。
したがって不当な価格の据え置きを違法な買いたたきと認定することは、確かに「一筋の光明」といえそうです。
しかし光が一筋しかなければ、それは暗闇とあまり変わりありません。今回の見直しが「一筋の光明」にとどまらず、太陽のような大きな光になり、中小企業にも利益増という果実が回ってくるようになるとよいのですが。