自動車は金属加工の宝庫(1)ボディ編

執筆者 | 5月 16, 2024 | ブログ

自動車

金属加工会社の経営者が新入社員に金属加工を教えるとき、自動車づくりを例にとるとよいでしょう。なぜなら自動車はありとあらゆる金属加工を駆使して出来上がっているからです。自動車は金属加工の宝庫です。ただ自動車製造で使われる金属加工は種類が多すぎて、1本の記事ですべてを伝ええることはできません。

そこで第1回目の今回は、自動車のうちボディの製造に使われている金属加工を紹介します。

ボディづくりになぜ複数の金属加工が必要なのか

自動車のボディ(以下、単にボディ)づくりになぜ複数の金属加工が必要になるのか。その理由は主に2つあり、1)形状が複雑なためと、2)高い性能を持たせるためです。

形状が複雑になると複数の金属加工が必要になる理由

自動車は外観デザインが良くないと売れない傾向があるため、自動車メーカーはボディ形状を工夫して格好良くしたり、かわいらしくしたりしなければなりません。木やプラスチックであれば簡単に複雑な形をつくれますが、ボディに使う金属はそうはいきません。ボディを平らにしたり丸めたり角ばらせたり折り曲げたりするには、高度な金属加工がいくつも必要になります。

また、空力特性を向上させると燃費が良くなるのですが、これにも複雑なボディ形状が必要になり金属加工の技術力が問われることになります。

高い性能を持たせるために複数の金属加工が必要になる理由

ボディには空間の確保、強度、剛性、耐久性、耐水性、衝撃吸収性、振動の軽減、騒音の軽減、軽量化などの性能が求められます。これだけ多くの性質を1個のボディに持たせることは簡単ではありません。しかもなかには矛盾する性能もあります。強度は力が加わったときの壊れにくさであり、剛性は力が加わったときの変形のしにくさですが、どちらもボディに求められます。どちらかを高めることは比較的容易ですが、両方とも高めることは困難を極めます。

また自動車の車内の空間を広くしようとするとボディを大きくしなければならず、これは軽量化に反します。軽量化のためにはボディに使う金属の板を薄くしたり、構造を工夫したりする必要があります。構造の工夫には形状の変更がともなうので、また金属加工しなければなりません。

そしてほかの用途ではあまり求められない塗装鮮映性という性能もボディには必要になります。これは金属に塗装を塗ったときにキレイになる性能です。これだけの課題を金属加工で解決しなければならないわけです。

鋼板づくり

ここからはボディづくりに使う金属加工を一つずつ紹介していきます。まずは鋼板づくりです。これは鉄鋼メーカーの仕事になります。

鋼の板を0.6mmまで薄くする

ボディ用金属に最初に施される金属加工は鋼板づくりです。アルミもボディに使われますがまだ数が少なく、ボディのメインの素材は鋼です。鋼は鉄と炭素の合金で「鉄のようなもの」です。

ボディに使われる鋼板の厚みは0.6~1mm程度で、軽自動車になると最も薄い部分は0.4mmになります。A4サイズでも0.6mm厚はペラペラに感じるでしょう。「鉄のようなもの」をここまで薄くするには高い技術が必要になります。

軟らかく硬くする

板チョコが小さい力で割れてしまうのは硬いからです。自動車用鋼板は複雑な形にしても割れてはいけないので軟らかくしなければなりませんが、そのためには不純物を徹底的に取り除かなければなりません。さらに鉄の結晶をそろえたり、熱したり、冷ましたり、延ばしたりして自動車用の特殊な鋼板をつくっていきます。

さらにいえばボディは飛んできた小石にぶつかったり、駐車場で隣の車のドアが開いたときに軽くぶつかったりしただけで凹んでは困ります。したがってボディ用鋼板には、形づくるための軟らかさだけでなく、小さい衝撃くらいでは変形しない硬さも必要になります。

鋼板の切断

鉄鋼メーカーはボディ用の鋼板を、トイレットペーパーのように筒に丸めて自動車メーカーに販売します。したがって自動車メーカーは、丸まった鋼板を平らにして切る必要があります。本当にトイレットペーパーのように、必要な分だけ引き出して切り取ります。この工程をブランキングといいます。

金型製作

ブランキングされて平らの板に戻った鋼板はプレス機にかけて形をつくるのですが、その前に、プレス機にセットする金型をつくる必要があります。

金型を制する者、製造業を制す

製造業には「金型を制するものが製造業を制す」という格言があります。鋼板をプレス機の力で金型に押しつけることで、鋼板が金型(=ボディ)の形に変わるわけです。したがってボディの形の精度は、必ず金型の精度以下になってしまいます。つまり金型の精度がボディの精度を決めてしまうので、金型はよほど精巧につくらなければなりません。

ボディの長い部分はメートル単位になり、ボディ用の金型の重さは10トン単位になりますが、ボディ用金型に求められる精度はミクロン単位です。つまり腕時計に求められる精度がボディ用金型に求められるわけです。しかもデザイナーは複雑な形状を描くので、金型はそのとおりにつくらなければなりません。

金型づくりは中盤からほぼ手づくりになります。金型づくりの難しさはまだあります。大手自動車メーカーは複数の工場で同じ車のボディをつくるので、同じ金型を用意しなければなりません。つまり金型は手づくりの一品モノでありながら、量産品と同じくらい正確にコピーをつくっていかなければならないのです。

プレス

プレス機は上部(スライド)と下部(ボルスタ)にわかれていて、スライドの下面に上型という金型をつけ、ボルスタの上面に下型という金型を取りつけます。スライドとボルスタの間に鋼板を入れ、スライドをボルスタに向かって下降させると、鋼板が金型に沿って圧縮されボディの形になります。プレス機の圧力は1,000~2,300トンにもなります。

ボディには絞り、穴抜き、曲げといった加工が必要なのですが、プレスなら一発でこの加工を終えることができます。ボディにはあとでさまざまな部品を取りつけるので、穴を空けていきます。

速く加工できなければならない

プレス加工で問題になるのが金型の交換です。プレス機は超大型機械なので自動車メーカーでも何十機も持つことはできません。そのため1機のプレス機で1車種のボディをいくつかつくったら、金型を変えて別の車種のボディをつくることになります。ところが金型は精密機器のうえに重いので交換に手間取ります。

トヨタは1960年ごろは、ボディ用プレス機の金型交換に2時間半かかっていましたが、現在は10分以内で交換できます。自動車製造の金属加工は正確に行うだけでなく、素早く行わなければなりません。

溶接

1台のボディは約300点の部品をくっつけてつくります。くっつけるには溶接が必要になります。溶接では、接合させる2つの部品の接合部分を溶かしてくっつけていきます。

ロボットがくっつける

ミクロン単位で精巧につくった金型でボディ部品をつくっても、溶接の熱で鋼板が曲がったり、接合部分がズレたりしたら元も子もありません。そのため自動車メーカーでは1980年代には人による溶接から徐々にロボットによる溶接に変わっていきました。

ロボットがボディ部品をセットして、別のロボットが溶接機を使ってくっつけていく様はもう何十年も行われている工程なのですが、今みても未来の工場にしかみえません。

インタフレーム溶接→アウター結合溶接→ドア溶接

インナーフレーム溶接は、ボディのうち自動車の骨格となる部分をくっつけていく工程です。アウター結合溶接では、インナーフレームに外側のアウターパネルという部品をくっつけていきます。ドアはボディの一部ですが、これは別に「プレス→溶接」を行って、ボディの部品に仕上げます。そしてドア溶接によって、「インナーフレーム+アウターパネル」にドアを取りつけます。

塗装

「金属加工」という名称からすると塗装は金属加工ではないような気がするかもしれません。しかしボディの塗装は、ボディという金属の性能を高めるために行うので金属加工の一種と考えてよいでしょう。

錆びを予防してキレイにして傷をつけにくくする

塗装の目的は錆び予防とキレイにすること、そして傷をつけにくくすることです。新車かどうかはボディの艶をみればわかります。それくらい塗装は自動車の価値を上げるために重要です。ボディにこれだけの性能を持たせるには重ね塗りが必要になります。

電着塗装→シーラー塗布→本塗装(中塗り→ベース塗装→クリア塗装)

電着塗装は下塗りで、これによって防錆効果が生まれます。ボディを電着塗料という電気を通す塗料のプールに浸けて、電気を流すことで塗料がボディにまんべんなく塗られます。シーラー塗布は、部品と部品の継ぎ目や細い隙間にシーラーという穴埋め材を吹きつけていく工程です。シーラーによって水や埃の侵入を防ぎます。

シーラー塗布が終わったらいよいよ本塗装になりますが、本塗装のなかにも中塗り、ベース塗装、クリア塗装の3工程があります。中塗りは塗料でボディの表面を平らにして、次のベース塗装で使う塗料の発色を良くするために行います。ベース塗装でようやく、販売される車の色を塗ります。クリア塗装は光沢を出すためと、ベース塗装の塗料を守るために行います。

コストダウンの課題もクリア

本塗装では塗りむらができないように、塗料を霧状にして吹きつけるのですが、以前はボディに着く塗料より霧として飛び散る塗料のほうが多いという課題がありました。この課題を解決したのが静電塗装です。ボディをプラスに、塗料をマイナスに帯電させることで、塗料がボディに向かいやすくしました。これにより大幅にコストダウンできました。

なお塗装工程もほぼすべてロボットで自動化されています。以上でボディが完成し、あとはこれにエンジンとシャシーをドッキングすると自動車が完成します。

自動車の性能を決める金属加工

自動車の重さは1.5トンほど。こんなに重いのはこれが金属の塊だからです。そして金属の塊なのに、自動車は金属製工業製品のなかでも圧倒的な性能を誇ります。

これだけのことを可能にしているのは金属加工です。もちろん自動車づくりには電気技術やコンピュータ技術、エネルギー技術も必要ですが、自動車の骨格と心臓を支えているのは金属加工です。金属加工の技術が自動車の性能を決めるといっても過言ではありません。自動車製造を知ると金属加工の重要さがわかります。