初任給はいくらにすべきか

執筆者 | 2月 5, 2024 | ブログ

初任給

製造業における人手不足は政府が心配するほど深刻化していて、それは金属加工会社も同じなのではないでしょうか。しかし金属加工会社の経営者は、人手不足の解決方法を知っているはずです。そうです初任給の額を上げれば人は集まります。

ところが新規採用者の初任給を上げるからには現従業員の給与も上げなければならず、人件費の総額は相当上昇します。それは経営を圧迫するはずです。したがって金属加工会社の経営者は初任給の額を、求職者が魅力に感じながら、経営に悪影響を与えないレベルに設定する必要があります。金属加工会社の初任給の額について考えてみましょう。なお本稿では「初任給」を、新卒者の最初の給与だけでなく、転職者の新しい勤務先での最初の給与も含めることとします。

参照

https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2018/honbun/html/honbun/101014.html

金属加工会社の初任給の相場

一口に金属加工会社の初任給といっても、学歴、地域、経験年数、スキル、職種、企業規模などによってかなり異なります。そこで金属加工会社の初任給の相場を、さまざまな切り口からみていきます。

製造業(高卒)は月18万円強で全体より低額

金属加工業界だけの初任給の平均額のデータは見当たらなかったので、厚生労働省が調査している製造業の額を紹介します。

■2023年3月卒、新規高卒者初任給(月額)

  • 製造業:男性183,000円、女性181,000円
  • 全体:男性186,000円、女性182,000円
  • 建設業:男性192,000円、女性185,000円

この初任給(月額)には基本給のほかに住宅手当などの手当てを含みますが、時間外手当とボーナスは含まれません。製造業は男性も女性も18万円強で、すべての産業の平均である全体より低額です。比較のために建設業を引用しましたが、製造業の初任給がかなり低額であることがわかります。

男性では製造業の初任給(183,000円)と建設業の初任給(192,000円)では9,000円もの開きがあり、1年間の差は108,000円(=9,000円×12カ月)にもなります。さらに基本給は時間外手当やボーナスの額のベースになるので、それらを含めた年収では、製造業と建設業の給与の差はさらに広がると考えてよいでしょう。

大卒者の初任給も確認しておきます。

■2023年3月卒、新規大卒者初任給(月額)

  • 製造業:男性225,000円、女性223,000円
  • 全体:男性228,000円、女性226,000円
  • 建設業:男性234,000円、女性229,000円
  • 不動産業:男性242,000円、女性234,000円

大卒者になると製造業でも男女ともに20万円を大きく超えてきます。ただ全体や建設業の初任給より製造業の初任給のほうが下回る傾向は高卒者と同じです。男性大卒者で最も初任給が高いのは不動産業だったので引用してみました。不動産業の初任給は製造業の初任給より男性は17,000円(=242,000円-225,000円)高く、女性は11,000円(=234,000円-223,000円)高いことがわかります。月17,000円の差は1年では20万円以上の差になります。

参照

https://jsite.mhlw.go.jp/kagoshima-roudoukyoku/content/contents/2023-0620-2_202306.pdf

同業他社との競争だけでなく他産業との競争になる

製造業の初任給が全体や他産業より低額であることは、金属加工会社からすると人件費を抑制できる、と考えることもできます。しかし喜んでばかりもいられません。なぜなら製造業の初任給が低額であるということは、高い給与を求める優秀な人材が他産業を選んでしまう可能性があるからです。金属加工会社の経営者が「ものづくりが好きな若者は給与が安くても製造業に来るはずだ」と考えて初任給を上げないと、業界の枠を超えた人材争奪戦に敗れてしまうでしょう。

個別企業の初任給から相場を読む

続いて個別企業の初任給を確認することで相場を読んでいきます。

東京都下のアルミ鋳物と精密加工のA社は初任給として、月給240,000~400,000円を提示しています。A社のこの求人票の業務内容は5軸加工機を使った金属加工や、汎用測定機を使った外観検査などです。この求人票には初心者歓迎と書いてあるので、金属加工の経験がなくても月240,000円が保証されます。そして経験やスキルがあれば就職してすぐに400,000円の給与が得られる可能性があるというわけです。なお別途、役職手当、住宅手当、時間外手当などが支給されます。

東京都墨田区の撹拌機メーカーB社は、汎用旋盤を使って金属部品をつくる旋盤工員を募集していて、提示している年収は300万~400万円です。この年収を12分の1にして月額にすると月250,000~333,333円となりますが、これは手当やボーナスを含む額になります。求人票には、10年以上の経験と、NC旋盤とNCフライスの経験を歓迎するとあるので、ベテランは月333,333円を獲得できる可能性があります。

地方のものづくりの街の金属加工会社の初任給をみてみましょう。

愛知県で家電部品や機械部品をつくっているC社は、マシニングセンタやNC加工機の操作や、鋳物加工、溶接、表面処理などを行う正社員の初任給に月242,000円以上を提示しています。なお、各種手当を足すと月358,000円以上、さらに夜勤も行うと430,000円以上にまで上昇します。ただしこの求人票の応募条件には3年以上の機械加工の経験があります。

続いて、ものづくりの印象が薄い地方の金属加工会社の初任給を確認します。

北海道札幌市の電設資材の金属部品をつくっているD社は、金属の切断や曲げ加工を行う正社員の初任給に月220,000~300,000円を提示しています。これとは別に、資格手当、家族手当、交通費、残業代、ボーナスが支給されます。学歴不問、未経験者歓迎です。以上の4社の求人内容を比較してみます。

 A社B社C社D社
住所東京都下東京都墨田区愛知県北海道札幌市
事業アルミ鋳物と精密加工撹拌機メーカー家電部品や機械部品製造電設資材の金属部品製造
業務5軸加工機の金属加工、汎用測定機を使った検査など汎用旋盤を使って金属部品をつくるマシニングセンタやNC加工機の操作や、鋳物加工、溶接、表面処理など金属の切断や曲げ加工
基本給月給240,000~400,000円年収300万~400万円(月250,000~333,333円) 手当やボーナスを含む月242,000円以上 各種手当を足すと月358,000円以上 さらに夜勤も行うと430,000円以上月220,000~300,000円
その他の条件役職手当、住宅手当、時間外手当、ボーナスなど別途支給10年以上の経験とNC旋盤とNCフライスの経験を歓迎3年以上の機械加工の経験資格手当、家族手当、交通費、残業代、ボーナスなど別途支給

サンプル数は4社と少ないのですが、初任給の相場を垣間見ることができます。

上限額が最も低いと推定されるのは、東京都墨田区のB社と北海道札幌市のD社です。B社は手当やボーナスを含んで月333,333円で、D社は「月300,000円+手当+ボーナス」なので似た金額になりそうです。一方、東京都下のA社と愛知県のC社は、上限額が月40万円をゆうに超えています。

この4社だけからわかることは以下のとおりです。

  • 金属加工会社の初任給の下限額は月20数万円、上限額は30数万~40数万円
  • 初任給の額は経験やスキル、業務内容によって大きく異なる
  • 東京だから高額、地方だから低額というわけではない
  • ものづくりの街の初任給は高額になり、非ものづくりの街の初任給は低額なる可能性がある

新規採用の初任給を上げたら現従業員の給与も上げなければならない

初任給の相場を確認しました。この相場より低い額を提示している金属加工会社は、採用者を増やすには、何をおいても初任給を上げる必要があります。

しかし初任給を上げた結果、その額が入社1年目や2年目の若い従業員の給与より高くなってしまうと、従業員が不満を抱くでしょう。そのため初任給を上げるのであれば、若手社員の給与のベースも引き上げる必要があります。つまり、新規採用者の初任給を上げるための原資は、初任給上昇分だけでは足りず、若手社員の給与の上昇分も加えなければならないわけです。

ベテランの給与はどうすべきか

では、新規採用者の初任給と若手社員の給与を上げたら、ベテラン従業員の給与はどうすればよいのでしょうか。もちろん原資があればベテラン従業員の給与も上げることができますが、それが難しい場合はどうすればよいのか。選択肢は、①ベテラン従業員に我慢してもらう、②能力給を導入する、③①と②の両方を行う、の3つが考えられます。

製造業に限らずさまざまな業界で、初任給と若手社員の給与を上昇させて、ベテラン従業員の給与はそれほど上げない、という傾向がみえ始めています。これは年功序列型賃金体系からの離脱を意味しています。しかし金属加工会社が①ベテラン従業員に我慢してもらう、を選択してしまうと、ベテラン従業員の離職を招きかねません。そこで①と一緒に②の能力給の導入も進めたほうがよい、と考えることができます。

有能で高いパフォーマンスを発揮していたり、管理職に就いて職場をまとめていたりするベテラン従業員の給与を上げて、そうではないベテラン従業員の給与は現状維持か、場合によっては下げていきます。もちろん③(①と②の同時実施)を選択すると、ローパフォーマーのベテラン従業員の離職や労働意欲の低下が課題になるでしょう。この課題の解決は簡単ではありませんが、企業は人件費に上限を設けないわけにはいかず、上限を設ければ分配が難しくなるので、より多く得る人とより少なくしか得られない人が現れてしまうのはやむをえないことです。

参照

https://www.dlri.co.jp/report/macro/236489.html

給与以外の魅力を伝える~求人票の書き方が重要

話を新規採用者の初任給に戻します。金属加工会社の経営者には、初任給を最大限引き上げる以外にも、採用者を増やすためにできることがあります。その一つは、求人票に、しっかりと自社で働くことの魅力を記載することです。

金属加工会社で働く魅力を周知できれば、給与の額を最優先にしている求職者は採用できなくても、「給与額がそれほど低くないならものづくりをしたい」と思っている求職者は採用できるかもしれません。

魅力的な文章を紹介

以下に紹介する文章は、実在する金属加工会社が本物の求人票に書いたものです。

  1. 技術を追い求めてなんでもつくれる金属のスペシャリストになりませんか
  2. 取引先はゼネコンや建築会社なので、当社の業績は安定しています
  3. 当社の製品は有名テーマパークや大型JR駅に使われています
  4. スタッフがのびのび働ける環境です
  5. 未経験の方でも安心してキャリアを積んでいけます
  6. 気軽に相談できる雰囲気があり、人間関係には自信があります
  7. 年休120日超、残業は月10時間程度

1は、ものづくりを目指している求職者に刺さります。金属加工会社は求職者に、愚直にものづくりの魅力を伝えていったほうがよいでしょう。2と3は、金属加工会社での仕事が社会に役立つことを伝えています。金属加工会社は事業の性質上どうしても下請けになることが多く、そのイメージは決して良いものではありません。しかし金属加工会社の経営者は、自社製品が社会を支えているという誇りを持っているはずです。求人票にもぜひその気持ちを盛り込んでください。

4、5、6、7は働きやすさをアピールしています。世間には、ものづくりの現場にはいまだに「技術は教わるんじゃなくて盗め」「先輩の背中をみて成長していけ」といった風習が残っていると思っている人がいます。もし、自社がそのような古い慣習をすでに排除していて、合理的かつ効率的に人材育成に取り組んでいるのであれば、そのことをアピールすべきです。「ものづくりをしたいし、手に職をつけたいけど、理不尽な指導は受けたくない」と思っている求職者は、働きやすい工場を探しています。これらの魅力的な文章は、もし自社にも当てはまるのであればそのまま使ってもかまいません。

できることで細かく額を変える

採用者を増やすためにできることはもう一つあります。それは、できることやスキル、経験によって給与の額を細かく変えることです。

上限額と下限額に2倍以上の開きがあってもよい

多くの金属加工会社は、新規採用者の初任給に幅を持たせています。下限額と上限額に2倍以上の開きがあることも珍しくありません。金属加工会社には、高単価製品をつくる仕事や、難易度が高くできる人が少ない仕事、つらい仕事があると思います。その逆に、低単価製品をつくる仕事や、未経験者でもすぐにマスターできる仕事、楽な仕事もあるはずです。

初任給の額は、付加価値の高い作業ができる人に高く設定し、付加価値が小さい仕事をする人に低く設定するとよいでしょう。できることによって給与の額を変える仕組みは初任給だけでなく、現従業員の給与にも採用してもかまいません。

できるようになったら給与を上げる、と約束する

そして、金属加工会社が、できることで細かく額を変える給与体系を導入したら、採用担当者は、低い初任給で採用することになる人には、「入社してスキルを身につけて、この仕事ができるようになればX円上がる」と伝えます。できることによって初任給の額が変わることは合理的であり、誰でも納得できます。そしてできることが増えれば給与が上がる仕組みは、労働意欲を高めるからです。

従業員が「入社当初はできることが少ないので給与は高くないが、できることが増えれば給与が上がる」と思うことができれば、スキル獲得に励むでしょう。初任給を変えるタイミングで、すべての給与体系を見直してみてはいかがでしょうか。

高額表示で釣るのは最悪の方法

悪質な企業は、相場をはるかに上回る額の初任給を求人票に載せます。例えば「基本給月17万~50万円、別途各種手当とボーナス支給、未経験者歓迎、意欲を重視」といった表記には多くの人が悪意を感じるのではないでしょうか。基本給月17万円は最低賃金ギリギリの額であり、金属加工会社の給与としては「安い」という印象があります。その一方で基本給月50万円は、金属加工会社の新規採用者の初任給としては「破格」といえます。

この表記では求職者に「未経験者であっても意欲さえあれば基本給月50万円も不可能ではない」と期待させますが、汎用旋盤にすら触ったことがない人に月50万円も支払える金属加工会社が国内に存在するでしょうか。もし本当に高額初任給を支払うのであれば、求人票に「何ができればこの額を支払う」という内容を詳細に記載すべきです。高額表示で求職者を釣ろうとするのは最悪の採用方法です。

人件費はコストか投資か

人件費はかつては、間違いなく会社のコストと考えられてきました。しかし労働人口の急減により人手不足が慢性化した今では、人件費は投資である、という言葉が広がっています。しかし人件費は投資であるという考え方は、少しキレイごとすぎるきらいがあるでしょう。なぜなら投資であれば、かけたお金を回収しなければならないからです。ところが金属加工会社の未経験新入社員が、会社に人件費以上の利益をもたらすには長い時間がかかります。

人件費が投資であるという考え方は正しいかもしれませんが、「かけたお金を回収するのに長い時間がかかる投資である」と考えたほうがよいかもしれません。国をあげて賃金を上げていこうという動きがあるなかで、金属加工会社の経営者も、初任給の上昇圧力を感じていることと思います。初任給を上げることは必要だとしてもただ額を高くするだけでなく、採用戦略や人事戦略と一緒に考えていく必要があるでしょう。