工業は今や重要な観光資源になっています。夜間に工場をライトアップする工業団地や、使われなくなって廃墟になった大規模設備に観光客がやってきます。そして日本を代表する町工場の集積地、東京都大田区でも、モノづくりをコンセプトにしたホテルができたり、金属加工会社などが大規模商業施設にオシャレなラウンジをつくったりと、製造業と観光業の融合の動きが芽生え始めています。このような取り組みには、製造業のイメージを良くして人材確保につながることが期待されています。
大田区の町工場をコンセプトにしたホテルが登場
(ホテル・オリエンタル・エクスプレス東京蒲田を上空からみた写真。グーグルマップから、以下同)
大田区南蒲田1丁目3-15に建つ6階建て158室のホテル・オリエンタル・エクスプレス東京蒲田(以下、ホテル蒲田)のコンセプトは「町工場の加工技術を活かしたスタイリッシュなプロダクトと共に過ごす」です。町工場をテーマにしたホテルは世界的にも珍しいのではないでしょうか。
ロケーションも素晴らしく、ホテル蒲田は京急空港線の高架の近くにあり、ホテルの周囲は狭い路地が張り巡らされていて「これぞ東京の下町」といった風情が漂います。ただ、ホテル蒲田はどのように町工場感を演出しているのでしょうか。
(左の草木のうしろの建物がホテル蒲田。ホテルを一歩出れば下町の風景が広がっている)
参照:
https://tokyokamata.hotelorientalexpress.com/concept/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000586.000016207.html
町工場の機械をオブジェにしている
ホテル蒲田を運営している株式会社ホテルマネージメントジャパン(本社・渋谷区)は、大田区の町工場約10社と提携して、製造機械や工業製品などをオブジェのように館内に配置しました。
例えばエントランスには古い旋盤機が置いてあります。各階には、町工場につくってもらった階数サインを掛けています。階数サインは金属切削やアクリル切削の技術を使ってつくられています。部屋番号を記したルームプレートも金属加工ができる地元の町工場が製作しました。大田区の町工場は普段は実用的な製品や部品をつくっているわけですが、「その気になればスタイリッシュなものやアーティスティックなものもつくれる」とアピールしているかのようです。
生産の物語を伝える
機械や工業製品を置いただけでは、宿泊客はその背景にある生産の物語を知ることができないので、ホテル蒲田はスマホのアプリを使って館内の見所を案内しています。このアプリは、客室のヘッドボードや内装に使った針葉樹合板、本来は屋外で使うエキスバンドメタルを配した廊下がどのような意図をもってつくられたのか説明します。
地元の人が使う店を案内
沖縄や北海道などのリゾートホテルが宿泊客に観光名所やアクティビティを案内するように、ホテル蒲田は蒲田温泉や工場労働者向けの大衆食堂、昭和感満載の居酒屋を宿泊客に紹介しています。ホテル蒲田はこれらの地元情報を、大田区観光情報センターや大田観光協会、大田工業連合会青年部連絡協議会から得ています。
一流ホテルをつくっている運営会社が演出している
ホテル蒲田を運営するホテルマネージメントジャパンは、ホテル蒲田以外に国内17のホテルを運営しています。そのなかにはヒルトンやシェラトン、マリオットといった世界ブランドのホテルも含まれています。つまりホテル蒲田は、単に町工場っぽいものを館内に並べたのではなく、一流ホテルをつくっている人たちが趣向を凝らして演出しているホテルなのです。
大田区の町工場7社がオシャレなラウンジをつくった
大田区の町工場7社が、ビジネスの交流の場にするオシャレなラウンジをつくりました。
参照:
https://www.metalism.jp/lounge/
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC07B4B0X01C22A0000000/
https://haneda-innovation-city.com/about/
メッキ、プレス加工、特殊研磨、金型製造、精密板金、特殊塗装、レーザー加工の7社が集結
7社はMETALISM(以下、メタリズム)という、モノづくりの課題解決に取り組むグループを結成しました。その7社は以下のとおり。
■メタリズムのメンバー
- メッキのエビナ電化工業株式会社
- プレス加工の株式会社エムアイ精巧
- ステンレス電解研磨の株式会社金属皮膜研究所
- 金型製造の株式会社タムラエジア
- 高精度精密板金の株式会社藤田ワークス
- 特殊機器塗装の有限会社望月塗工研究所
- レーザー微細加工の株式会社リプス・ワークス
ラウンジとは何か
(メタリズムのラウンジがある羽田イノベーションシティZoneKの外観)
メタリズムのラウンジとは何かというと、大田区羽田空港1-1-4にある羽田イノベーションシティZoneKの208号室につくった、人々が集まる場所です。
羽田イノベーションシティは商業施設やオフィスなどからなる大規模複合施設で、そのうちZoneKはオフィスビルになります。これだけなら単なるビルのテナントを利用したビジネス拠点なのですが、メタリズムは内装にこだわり、高級家具や高級調度品を配置してオシャレなラウンジにしました。
さらにショーケースを設置して、7社の技術がわかる製品を並べています。7社に仕事を依頼したい企業がここを訪れて商談することもできますし、業務提携するときの打ち合わせの場所に使うこともできます。7社は、ビジネスを拡大するきっかけになる場所を華やかにしたのです。
華やかな舞台に打って出た
メタリズムのラウンジがある羽田イノベーションシティについて、あらためて紹介します。
羽田イノベーションシティは、国の国家戦略特区や民間都市再生事業計画に認定された羽田空港跡地の再開発事業の一つです。事業主体は鹿島建設やダイワハウス、京浜急行電鉄、JR東日本などが出資する羽田みらい開発株式会社。敷地面積5.9ha、地上10階・地下1階の建物の延べ床面積は130,000平方メートルにもあります。ここに入居するのは、自動車のテスト走行ができる先端モビリティセンター、藤田医科大学の先端医療研究センター、研究開発拠点、会議研修センター、ライブホール、商業施設、水素ステーション、交流スペースなどです。
商業施設はホテル、レストラン、カフェ、バー、ピザ店、ドラッグストア、スポーツジム、おもちゃ屋、信用金庫といったラインナップで、ショッピングモールのようであり観光スポットにもなっています。このような施設なので、メタリズムのラウンジが入るZoneK208号室の家賃は、もちろん正確な額を知る由もありませんが高額なはずです。ここに、7社の意気込みを感じます。
■7社のメタリズムのラウンジにかける意気込み
羽田発、METALISM、始動。 メタリズムとは、高次元な思想と技術力を有する、ラグランジュ・ポイントに集う、モノづくりのスペシャリストたち。 あらゆるテクノロジーの進展に伴い、製品開発の多様化・複雑化が進むなか、新たな付加価値を創造するべく、志を同じくする7社によって生み出されました。 私たちメタリズムが行うこと、それは「モノづくりにおけるスケールフリーネットワーク」の構築。 分野や業種を超えた「製造業のハブ空港」として、日本の玄関口「羽田」から、世界に向けてイノベーションを発信します。 |
大田区の町工場というと、狭い工場のなかに工作機械が並び、作業者たちが黙々と仕事に打ち込んでいるシーンが思い浮かびますが、メタリズムのラウンジの雰囲気にはそのような地味なイメージはまったくありません。「高次元な思想と技術力を有する」ことや「新たな付加価値を創造」していくことをアピールするには、羽田イノベーションシティという華やかな舞台が必要だったのでしょう。
人材確保にはイメージアップが欠かせない
経済産業省の2017年の調査では、製造業企業の32%が「人材確保が大きな課題になっていて、ビジネスに影響が出ている」と回答しています。これは2016年調査の23%から大幅に増えています。また同じ製造業企業でも、大企業はデジタル人材の確保に課題を持っていますが、中小企業は技能人材が不足しています。技能人材は、まさに工作機械を動かして製品をつくる人なので、技能人材の不足がビジネスに影響を与えるのは当然のことといえそうです。
人材派遣の日研トータルソーシング株式会社は、日本の製造業の現場には、2023年3月現在でも、いまだに3Kのイメージが根づいていると指摘しています。3Kとは、きつい、汚い、危険のことです。製造業の3K問題は数十年前から指摘されてきましたが、いまだに残存しているのです。もちろん製造業企業のなかには、工場内の3K要因を排除して快適な職場をつくっているところもありますが、それでも業界全体に根づいてしまったネガティブなイメージはぬぐいがたいところでしょう。
日研トータルソーシングは、製造業企業が求職者から選ばれる会社になるには、職場の雰囲気の改善が欠かせないと指摘しています。本稿で紹介した町工場をコンセプトにしたホテルやビジネス交流を狙ったオシャレなラウンジは、ネガティブなイメージを払拭する助けになるはずです。もちろん新3Kといわれる「給料がよい、休暇が取れる、希望が持てる」に対する施策も大切ですが、「製造業で働くことは格好良いことだ」と思ってもらえる取り組みも重要になるでしょう。