京都大学工学部は2023年6月、電子工学専攻の野田進教授たちが「フォトニック結晶レーザーの連続動作状態での輝度を大型レーザー並みに高めた」と発表しました。京大らしく難しい単語が並んでいますが、これを翻訳すると「金属を切断できる直径1cmの超小型レーザーを開発した」となります。この京大1cmレーザーは、金属加工などの町工場の生産性を向上させることが期待されています。
参照:
https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/20230615
https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/fxjtuf.pdf
h2 レーザーとは?
フォトニック結晶レーザーや大型レーザーを解説する前に、レーザーとは何かから説明していきます。レーザーは光の一種です。ただ、普通の光は、例えば太陽光などのように光源から四方八方に広がってしまいますが、レーザーは光源から真っすぐ進みます。レーザーには、物質が細く平行に真っすぐそろって流れるビームの性質があります。それでレーザー・ビームと呼ばれるわけです。
参照:
https://www.keyence.co.jp/ss/products/marker/lasermarker/basics/principle.jsp
https://www.cybernet.co.jp/optservice/column/trust/07.html
https://www.ulsinc.com/ja/%E5%AD%A6%E3%81%B6
https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/ryoushi/detail/1316006.htm
用途はさまざま、パワフルなものから弱いものまで
レーザーは種類が豊富で、金属を切断するほどパワフルなものから、ブルーレイやバーコード・スキャンで使われる弱いものまであります。指がバーコード・スキャンが放つレーザーに触れても傷を負わないのは出力が弱いからです。
そして金属切断ビームとバーコード・スキャン・ビームの中間にあるのが、手術で使われるレーザーで、例えば目の角膜だけを切ることができます。手術用レーザーがパワフルすぎると目を壊してしまいますが、弱すぎると角膜すら切れないので、中間のパワーのレーザーが必要になるわけです。
ポイントは光を増幅させていること
レーザーが普通の光と異なる性質を持つのは、光を増幅させているからです。レーザーは、原子が光る仕組みを利用しています。原子は一度光ると周囲の原子が次々と光を生み、これが光を増幅させ大きなエネルギーを持つようになります。
もう少し詳しく説明します。原子は通常、エネルギーが低い状態にありますが、外部からエネルギーを吸収するとエネルギーが高い状態に変わります。しかし高エネルギー状態は不安定なので、低エネルギー状態に戻ろうとして、戻るときに光を発します。これが最初の光になります。
最初の光はほかの原子にぶつかり、この原子も「低エネルギー状態から高エネルギー状態に変わって、低エネルギー状態に戻るときに光を発する」現象を起こします。これが繰り返されることで光のパワーがどんどん上昇しレーザーになるわけです。
一般的なフォトニック結晶レーザーとは
フォトニック結晶レーザー(以下、PCSEL)自体はこれまで存在していましたが、京大の研究チームは、これを製造業の現場で便利に使えるようにしました。そこで京大のPCSELを紹介する前に、一般的なPCSELについて解説します。
特殊な結晶を半導体のなかに入れてレーザーをつくる装置
PCSELは半導体レーザーの一種です。フォトニック結晶は、ガリウムヒ素という物質に微小な穴を数百ナノ・メートルの間隔で開けた人工結晶です。フォトニック結晶を半導体のなかに組み込み、光を増幅させてレーザーをつくる装置がPCSELです。
低出力が欠点だった
一般的なPCSELはすでにロボットの走行に関わる部品に使われていましたが、金属を切断するような高出力にすることができませんでした。したがって今回の京大の研究チームの研究の画期的な点は、出力を大幅に高めたPCSELをつくったことです。
京大はどのように高出力PCSELをつくったのか
京大の研究チームはPCSELが発するレーザーの出力を高めるために、次の4つの工夫などを行いました。
- 斜めに分散する光を出なくした
- レーザーを出すときに発生するフォトニック結晶内の熱の影響を抑制した
- フォトニック結晶の穴の大きさと間隔を調整した
- 効率的にレーザーを絞り込んだ
3.では、円形の穴と楕円の穴を開けたフォトニック結晶を2枚重ねる二重格子フォトニック結晶という構造を考案しています。この4つの工夫などにより、PCSELの高出力時のレーザーの品質劣化と、高出力を出せない欠点を克服することができました。
京大の高出力PCSELの威力と革新性
京大の高出力PCSELは何がすごいのか、その威力と革新性についてみていきましょう。
「大型、低効率、高コスト」の金属切断が「小型、高効率、低コスト」で可能になる
製造現場などで使われる金属を切断するレーザーにはCO2レーザーや固体レーザー、ファイバー・レーザーなどがあります。そして京大の高出力PCSELは、PCSELでありながらこれらのレーザーと同じ出力を出すことができます。つまり、これまでCO2レーザーなどでしか切れなかった金属をPCSELでも切断できるようになったわけです。
CO2レーザーなどは大型、低効率、高コスト(高額)なため、どの町工場でも簡単に購入できるわけではありません。しかしPCSELは小型、高効率、低コスト(安価)です。CO2レーザーなどが京大の高出力PCSELに置き換わっていけば、金属切断の品質を保ったままコストダウンを図ることができます。京大の高出力PCSELはCO2レーザーなどと比べ、大きさを数十分の1程度に、価格を10分の1程度にすることができます。
「町工場に恩恵をもたらす」「スマート製造を変える」
あるレーザーの専門家は読売新聞の取材に対し、京大の高出力PCSELについて「小型だが非力というこれまでの課題を乗り越えたすばらしい成果だ。町工場など今までコストの問題でレーザーが使えなかったところにも普及が進み、多くの恩恵をもたらすだろう」と称賛しています。そして研究チームの野田教授は、デジタル化した自動的なモノづくりであるスマート製造において高出力PCSELはゲームチェンジをもたらす存在になるだろうと述べています。
参照:
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20230615-OYO1T50014/
20年以上にわたる研究の成果
京大の高出力PCSELの成果は2023年にイギリスの科学誌Natureに掲載されましたが、京大の研究チームは1999年に基礎原理の発明に成功していました。つまり二十数年かけてPCSELの精密制御に成功し、実用化の目途が立ったわけです。
ポイントは実用化です。製造業の現場では、長時間にわたって連続的に金属を切断するので、発熱の影響を受けやすくPCSELの動作が安定しませんでした。研究チームの目標は実用化、つまり町工場の人たちに使ってもらえるレーザーの開発だったので、動作の安定性と低コストを兼ね備えた「使えるレーザー」をつくることに成功したのです。
まとめ~京大が町工場のほうを向いていた
本稿の内容を箇条書きでまとめます。
- レーザーは光を増幅させてパワフルにした特殊な光である
- PCSELは半導体のなかに入れてレーザーをつくる装置で、ロボットなどに使われてきたが、金属を切るほどの出力は出せなかった
- 製造業の現場では、金属を切るときにCO2レーザーなどを使っているが、大型、低効率、高コスト(高額)という欠点があった
- 京大の高出力PCSELはCO2レーザーなどと比べて、大きさは数十分の1程度、価格は10分の1程度
- 京大の高出力PCSELが実用化されれば、町工場でも容易にかつ安価にレーザー金属加工ができるようになる
京大のなかに町工場のほうを向いている研究者がいることを知れた、嬉しいニュースです。