金属加工は医療用インプラントでも大活躍!

執筆者 | 11月 2, 2023 | ブログ

インプラント

インプラントとは体内に埋め込む医療器具の総称で、人工関節や人工歯根などがあります。インプラントは健康に関わる製品だけに、製造過程で使われる金属加工は特殊なものや高度なものばかりです。金属加工会社としてはインプラント製造はコストと手間がかかる仕事になりますが、インプラント市場に参入できれば参入障壁が高いため安定した収益が期待できます。

インプラントづくりのなかで行われる金属加工を紹介します。

インプラントとは

インプラントの金属加工を紹介する前に、インプラントそのものについて解説します。インプラントとは、人体の歯や骨などの硬い器官の代用となる人工物のことで、体に埋め込んで使います。人工関節と人工歯根は代表的なインプラントです。

人工関節とは

インプラントが最も多く使われる関節は股関節と膝関節です。変形性関節症や関節リウマチといった病気を発症すると関節が破壊されてしまうので、人工物のインプラントに交換します。

人の膝の関節は、太ももの骨である大腿骨(だいたいこつ)と脛(すね)の骨である脛骨(けいこつ)が組み合わさってできています。股関節は、尻の骨である寛骨(かんこつ)と大腿骨が組み合わさってできています。膝関節も股関節も、2つの骨が組み合わさることでクルクル回すことができ、人の活動を支えています。2つの骨が組み合わさることは機能面では有利ですが、強度面では不利になります。組み合わせる部分に支障が起きると動かなくなりますし、神経に触れると強い痛みが走ります。

人工関節のインプラントは、組み合わさる部分だけを代用します。例えば膝関節であれば、手術で大腿骨の「脛骨と接触する部分」と、脛骨の「大腿骨と接触する部分」だけを取り除き、そこにインプラントを接着させます。人工関節(インプラント)は骨ごと人工物に取り換えるのではなく、骨の一部をインプラントに置き換え骨と一体化させます。

人工歯根とは

歯のインプラントは、歯根の代用品になります。広義の歯は、狭義の歯と歯根から成ります。狭義の歯は口を開けたときにみえる部分のことで、食べ物を噛む部位です。歯根は顎(あご)の骨に刺さっている部分です。本物の歯は、狭義の歯と歯根が一体になっていますが、人工物は人工歯と人工歯根にわかれます。本物の歯の虫歯では、歯根部分が存続していれば、狭義の歯の表面を削って人工歯を入れるだけで済みますが、歯根部分まで虫歯になっていると人工歯根=インプラントに置き換える必要が出てきます。

人工歯根(インプラント)はインプラント体とアバットメントの2つの部品から成ります。インプラント体は顎の骨に埋め込み、いわば土台です。アバットメントは、インプラント体と人工歯(上部構造と呼ぶこともある)を結合する部品です。インプラント手術では、まずは本物の歯を根こそぎ取り除きます。続いて顎の骨に穴を開けてインプラント体を埋め込み、そこにアバットメントを合体させ、さらに人工歯を取りつけます。

したがって歯のインプラントでもやはり、インプラント体と顎の骨を一体化させることになります。

インプラントの複雑な形をつくるCNC旋盤、マシニング

骨も歯も人によって形や大きさが異なるので、人工関節でも人工歯根でもインプラントは複雑な形になったり大小さまざまな大きさが必要になったりします。インプラントにはチタンやコバルト、クロムなどの合金が使われます。これらの金属のかたまりから複雑な形をつくるのに必要なのは、CNC旋盤加工とマシニング加工です。

CNC旋盤とは

旋盤は材料となる金属(以下、ワーク)を回転させて、それに刃(以下、バイト)を当てて削る金属加工法です。CNC旋盤はコンピュータ制御ができる旋盤機器です。CNC旋盤にはワークを固定した主軸を移動させるタイプと、主軸を固定してバイトを移動させるタイプがあります。また主軸が複数ある多軸CNC旋盤は、旋削や穴あけ、中ぐりなどの加工を一気に実施できます。

マシニングセンタ

マシニング加工を行うマシニングセンタは、バイトを回転させて、固定したワークに接触させて削っていきます。バイトをX軸、Y軸、Z軸に動かすことができるので、ワークにさまざまな角度からアプローチできます。コンピュータ制御できる点はCNC旋盤と同じです。マシニングセンタでも旋削や穴あけ、中ぐりができますが、さらにワークの表面にあらゆる角度から接触できるので複雑な形状をつくることができます。

人工歯根の上部の特殊な加工に使うマイクログルーブ

人工歯根の2つの部品のうち顎の骨に埋め込むインプラント体の上部には、マイクログルーブという特殊な溝加工を施す必要があります。

溝を掘って骨との結合を強固にする

インプラント体は顎の骨に埋め込むので、本体表面にネジが切ってあります。ネジを差し込むようにインプラント体を回転させながら顎の骨にネジ込んでいきます。マイクログローブは、ネジの溝とは別に本体上部にだけ掘った溝です。マイクログローブの部分も顎の骨のなかに埋まり、溝があることで表面積が広くなり骨との結合がより強固になります。インプラント体の周囲の顎の骨が成長して溝を埋めていくわけです。

また溝によって、食べ物を噛んだときにかかるインプラント体への圧力を、顎の骨に分散して伝えることができます。顎の骨にかかる力が分散されるとインプラント体が緩みにくくなります。マイクログローブを含めインプラント体をつくるのはCNC旋盤です。

さまざまな表面処理

金属のかたまりをCNC旋盤やマシニングセンタで削ってインプラントの形をつくったら、表面処理を行います。表面処理も金属加工の一種です。インプラントの表面は人の体の組織や器官などに直接触れる場所なので、表面処理は相当入念に行われるわけですが、興味深いことに、鏡のようにツルツルに処理する場合と、わざとザラザラにする場合があります。

ツルツルにするための処理:バフ研磨、バレル研磨

膝関節は滑らかに動いたほうがよいので、人工膝関節の2つのインプラントの接触部分の表面は摩擦を極力減らすためツルツルにします。ツルツルにする方法にはバフ研磨とバレル研磨があります。

バフ研磨は、回転するホイールにワーク(ここではインプラント)を押し当てて表面を磨く表面処理です。ホイールの素材は綿やウールで、そこに研磨剤を染み込ませて使います。バフ研磨を続けていくとどのような金属でも表面の凹凸がなくなり鏡のようにピカピカになるでしょう。これを鏡面加工といいます。

バレル研磨は研磨槽(タンク=バレル=樽)のなかにワークと研磨石や研磨剤を入れ、研磨槽を回転させることで磨いていく表面処理です。バフ研磨は人の手で行うため磨きにムラができることがありますが、バレル研磨は機械的かつ全面的に行うのでムラができにくいメリットがあります。

ザラザラにするための処理:ブラスト、化学、加熱、陽極酸化、粗面、多孔質化

表面をツルツルにすることとザラザラにすることは真逆の処理ですが、インプラント製造では両方必要です。インプラントの表面をツルツルにするのは動きを滑らかにするためですが、ザラザラにするのは骨と接着させるためです。歯根のインプラントも関節のインプラントも骨に埋めます。

チタンは生体親和性が高い金属で、つまり体になじみやすい金属なので、体が拒絶反応を起こしません。それでチタンがインプラントによく使われるわけです。しかも時間が経過するとチタンと骨は癒合(ゆごう、付着すること)して、簡単には切り離せなくなります。これを化学的接着といいます。しかし科学的接着が完了するまでには相応の時間がかかるので、その前にインプラントに強い力が加わってしまうと接着できなくなってしまいます。

そこでインプラントの表面にわざと凹凸をつくり、凹の部分に骨の組織を侵入させます。これを機械的嵌合(かんごう、嵌め込み)といいます。表面をザラザラにして機械的篏合を起こしてインプラントと骨を離さないようにして、化学的接着が完了するまでの時間を稼ぐわけです。インプラントの表面をザラザラにする表面処理にはブラスト処理、化学処理、加熱処理、陽極酸化処理、粗面処理、多孔質化処理があります。

ブラスト処理は粒子状の研磨材をインプラントに吹き付ける方法です。例えば、壁にこびりついた泥に向かって砂を勢いよく吹き付けると落とすことができますが、ブラスト処理もこれと同じ原理で表面がキレイになります。研磨材にインプラントより硬い材質を使えば、インプラントの表面に細かい傷ができザラザラします。化学処理は化学反応を利用してインプラントの表面に薄い皮膜を形成する方法です。加熱処理はインプラントを特殊な溶液に漬けて加熱する方法で、これにより骨形成が促進されやすくなります。

陽極酸化処理(アルマイト)はアルミニウムに施す表面処理で、インプラントの表面に酸化被膜を形成します。インプラントに使われるチタン合金にはアルミニウムも含まれているので陽極酸化処理が有効になります。粗面処理は表面をザラザラさせる方法の総称で、多孔質化処理は表面に微小の穴(孔)を開ける方法の総称です。

滅菌

金属加工から少し離れてしまうのですが、滅菌について紹介します。インプラントに菌が付着していると、インプラントは体内に入れるので、菌を体内にわざわざ運ぶことになってしまいます。例えば人工股関節の手術では全身麻酔をかけたうえで、皮膚を切開して骨を露わにして、骨を削ってインプラントを埋めます。したがって骨の周囲で菌が繁殖して感染症を起こしたら、また全身麻酔と皮膚の切開と骨削りを繰り返さなければならず、患者さんの負担は甚大なものになります。

そのためインプラントには限りなく絶対に菌を付着させてはいけません。インプラントをつくっている金属加工会社のなかには、仕上げ作業をクリーンルーム内で行い、さらに高温高圧で滅菌するオートクレーブ処理を行っているところもあります。オートクレーブ処理のあとに密閉梱包して、手術のときに医師が開封するまで開かないようにします。

まとめ~難しいことに挑戦するならインプラント

インプラントをつくるには高度な金属加工技術が必要になります。患者さんの命と健康を預かる医師や歯科医師のインプラントに対する要求は厳しく、したがってインプラント・メーカーは金属加工会社に高い精度を要求します。また金属会社は、単に仕様とおりのインプラントをつくればよいわけではなく、つくり方や工場の在り方までインプラント・メーカーからチェックされるでしょう。

これほどまでに手間がかかるので多くの金属加工会社がインプラントづくりに挑戦しないわけですが、それだけにインプラント市場に参入できれば他社と差別化でき経営が安定します。金属加工会社の経営者が新しいことに挑戦したいと思ったとき、インプラントは選択肢の1つになるのではないでしょうか。