機械加工会社は加工部品をつくってメーカーなどの発注者に納品するわけですが、山本金属製作所(本社・大阪市、以下、山本金属)はさらに、自動工場を他社に販売しています。自分たちで構築した自動工場があまりに優れていたので、そのノウハウを他社の機械加工会社に売ることにしたのです。
山本金属は未上場の中小企業ですが、あの日本経済新聞が取材に来たほどなので、自動工場の販売がいかに画期的なビジネスであるかがわかります。モノづくり中小企業の多くは、依然として厳しい経営環境にあると推測されます(*1、2)。それだけに山本金属の戦略は、多くの中小製造業企業の経営者に経営のヒントを与えるはずです。
*1:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/PDF/chusho/03Hakusyo_part1_chap1_web.pdf
*2:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/chusho/b1_1_6.html
日経はどのように山本金属を紹介したのか
山本金属を紹介した日本経済新聞の記事の冒頭は次のとおり(*3)。
■ココが光る 山本金属製作所 機械加工、自動化の技外販~IoTノウハウ、同業に(日本経済新聞、2022年10月6日付)
部品受託加工の山本金属製作所(大阪市)は自社で構築した生産自動化システムを外販するビジネスモデルへの転換を進めている。 工作機械の稼働状況を把握するセンサーや計測システムを独自に開発し、工場の生産ラインに実装。24時間稼働できるシステムを作り上げた。あらゆるものがインターネットにつながるIoT技術として同業者にノウハウを提供する。 |
山本金属が同業の機械加工会社(≒部品受託加工会社)に、生産自動化システムを販売していることがわかります。そして生産自動化システムは、工作機械の稼働センサーや計測システム、IoTなどで構成されていることもわかります。
*3:https://www.nikkei.com/article/DGKKZO64913710V01C22A0LKA000/
販売するのは山本金属自身が使っている工場システム
例えばマクドナルドは消費者にハンバーガーを売りますが、ライバルのハンバーガー店にはハンバーガーづくりシステムを販売することはありません。しかし山本金属は、自社の自動化された工場でつくった部品を発注企業に売る一方で、自動化工場を同業企業に販売します。
山本金属は自社工場内のNC旋盤やマシニングセンターの横にアーム型ロボットに設置して、それで精密金属部品をつくっています。ロボットの前にはモニターが並んでいて、稼働状況や、加工する刃先や軸やアームにかかる負荷や、潤滑油の温度や濃度などを表示。ただし作業者がそのモニターをチェックすることはなく、異常が発生したときにアラートが出るので、作業者はそのときだけロボットのところにやってきます。
ロボットは原則、全自動かつ無人で精密金属部品をつくります。山本金属はこのような生産体制で、油圧機器部品、医療機器部品、工作機械部品、エネルギー・インフラ部品、バイク部品、半導体装置部品をつくっています(*4)。そして繰り返しになりますが、山本金属はさらに、この生産体制全体を同業企業に販売しているのです。
*4:https://yama-kin.co.jp/service/manufacturing
普通の機械加工会社から脱却しなければならなかった
山本金属の会社概要は以下のとおり(*5)。
- 本社:大阪市平野区
- 創業1965年、設立1989年
- 資本金2億1,500万円
- 従業員280人
元はメーカーから注文を受けて機械部品をつくって納める普通の下請けの機械加工会社でしたが、2008年のリーマンショックが転機となりました。受注が半減したことから発注企業頼りの経営に危機感を持ち、自社で市場を開拓することにしたのです。
*5:https://yama-kin.co.jp/company/introduction
ソフトとハードを接続して自動生産へ~自社社員でつくりあげた
しかし、発注企業頼りの経営から自主自立路線への転換は、言うは易く行うは難し。多くの中小製造業企業は、自主自立を理想としながらも、なかなか下請けから脱却できていません。山本金属が最初に取り組んだのは、機械の稼働状況を把握するセンサーの開発でした。センサーで機械の状態をデータ化できれば、データで機械を監視できるようになります。
次に計測システムをつくり、ソフトとハードを接続しました。これによりソフトの運用もハードの運用も自動化できるようになりました。山本金属はこれらをすべて自社社員だけで成し遂げました。研究開発はさらに進化して、今は機械にかかる負荷を振動から推測することに取り組んでいます。
山本金属の事業を詳細に解説~LASはソリューション事業
山本金属の「自動工場を同業他社に販売する」事業とは要するに、機械加工企業が抱える課題を解決するソリューション事業です。同社はこの事業名をラーニング・アドバンスト・サポート(LAS)プロジェクトと命名していて、その内容は次の4つになります(*6)。
■LASプロジェクト(機械加工企業へのソリューション事業)の内容
- 定量的な異常検知手段の確立
- コア技術やノウハウのデータ化
- 生産現場へのIoTの導入
- 自動化生産ラインの導入
1つずつみていきましょう。
*6:https://yama-kin.co.jp/lp/las/
ソリューション1:定量的な異常検知手段の確立とは
定量的とは、物事を数値や数量でとらえる考え方のことです。工作機械に異常が起きていることは不良品が出ることでわかりますが、それでは多くの無駄が出ます。異常を素早く検知できればすぐに工作機械を止めて修理ができますし、異常が発生しそうな現象を検知できれば、異常を出さずに対応することができます。
そのためには定量的な異常検知が必要になります。工作機械にセンサーを取りつければ、切削状況や加工状況、部品の劣化状況の変化を数値で表示できるようになります。つまり工作機械の状況を定量的に把握できます。それらの数値と異常との相関関係を調べれば、ある数値の変化を「異常が発生しそうな現象」とみなすことができ、異常が出る前に対応できます。
これにより自動工場や24時間365日止まらない工場になります。山本金属が開発したセンサーは、工作機械などの加工中の力、振動、工具の温度、周波数、液温、室温などのデータを収集し、定量的に異常を検知することができます。
ソリューション2:コア技術やノウハウのデータ化とは
どの機械加工企業にも必ず匠(たくみ)がいて、その人のおかげで品質が保たれています。山本金属のセンサーを工作機械に取りつければ、匠の技を数値化できるので、そのほかの作業者でも再現できるようになります。工具の状態、工具の寿命、切削条件、被削材、治具、加工現象、加工時間、製品品質などをすべて数値化します。工場内のすべての要素を数値化できれば、その数値を最適化する取り組みができます。それはダイレクトに生産性を高めることでしょう。
ソリューション3:生産現場へのIoTの導入とは
LASでは、工作機械に取りつけたセンサーが集めたデータを、クラウドやサーバーに送ることができます。これがモノをインターネットにつなげるIoTです。クラウドやサーバーにデータを入れておけば、あとはコンピュータで解析や診断ができます。
ソリューション4:自動化生産ラインの導入とは
山本金属はIoT装置を販売、レンタルしたり、自社のエンジニアを顧客の工場に派遣して解析・診断を行ったりしていますが、こうしたサービスを丸ごと提供するのが自動化生産ラインの構築になります。例えば、ある機械加工会社が完全無人化ラインを導入したいと考えたら、山本金属がその機械加工会社の工場に完全無人化ラインをつくります。これこそが、自動工場販売ビジネスです。
まとめ~やっていることはアマゾンと同じ!
山本金属の自動工場の販売(LAS)のビジネスモデルは、自社でうまくいったものを他社に売るというもの。とてもシンプルですが、これを行っている会社は多くありません。マクドナルドだけでなく、トヨタも車のつくり方を他の自動車メーカーに売りませんし、ルイヴィトンもバッグのつくり方を他の革製品メーカーに売りません。
ところがアマゾンは山本金属と同じことをしています。アマゾンは商品のネット販売だけでなく、クラウドというコンピュータ機能を販売しています。これをAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)といい、企業がアマゾンと契約すれば自社でサーバーを持つことなく、AWSのコンピュータ機能を使ってさまざまな業務をコンピュータ処理できるようになります。AWSで自社のシステムを動かすこともできます。
アマゾンは自社のネット販売用に莫大な資金を投じてクラウド・コンピューティングをつくりました。この超高性能クラウドによりアマゾンのサービスの質が劇的に向上し、世界1の小売企業になったのです。ところがあまりに高性能のクラウドをつくったため、自社で使いきれなくなりました。そこで余ったクラウドの機能を他社に販売することにしたのです(*7)。今ではAWSは、アマゾンのもう1つの稼ぎ頭になっています。
山本金属のLAS事業(自動工場の販売)の売上高は、2022年の段階では全体の売上高の1割程度でしたが、2030年までにこれを4倍にする目標を掲げています(*3)。アマゾンが有効性を証明したビジネスモデルなので、山本金属の目標達成も夢ではないはずです。
*7:https://www.publickey1.jp/blog/21/awsamazonsunhplinux.html